ドルドラ(フランツ) Drdla, Franz

生没年 1868-1944 チェコ
辞書順 NML作曲家番号 26008
  • 商品番号:BIDD85037

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    発売日:2023年10月20日

    CD価格:2,025円(税込)

    Biddulphレーベルが注力しているレオポルト・アウアー門下のヴァイオリストの復刻の中でも、特に多いのがミッシャ・エルマンの復刻。今回はSPからLPへの移行が進んでいた時期の音源を集めています。 78回転のSP盤に代わる毎分33+1/3回転、直径30cmのLP盤をコロンビアが実用化したのが1948年。RCAは対抗策として翌1949年に毎分45回転、直径17cmのEP盤を市場投入しましたが、優勢となっていたLPに押され、間もなくLP発売に踏み切ります。 1-4はそうした初期のLPのうちの一つ。優美なモーツァルトと火花の散るようなパガニーニというエルマンの両面を聴くことができます。パガニーニは当時、演奏者独自の版で演奏することが多く、ここに収録されたエルマン版はピアノ伴奏付きで、冒頭にピアノのイントロが置かれ、最後の第11変奏の代りに4つの変奏とコーダを独自に書き足しています。このカプリースはEPでもリリースされ、トラック11はそのB面に収められていました。ヴァイオリンを緩急自在かつ表情豊かに歌わせるところは、さすが自作自演と感心させます。 5-10はエルマンのアメリカ・デビュー40周年を記念した「A Tribute To Mischa Elman On His 40th Anniversary」からの復刻。これはSP3枚、EP3枚でリリースされ、更にLPでも発売されたもの(LP発売時にはマスネのタイースの瞑想曲とドヴォルザークのユモレスクが追加されていました)。 12-15はGreat CombinationsというEP5枚組からの復刻。戦前からアメリカで流行していたスター歌手とスター・ソリストとのデュオをフィーチャーしたアルバムです。5枚の内2枚がエルマンに充てられ、他はマリアン・アンダーソンとピアティゴルスキー、ロバート・メリルとメニューイン、エツィオ・ピンツァとミルシテインという内容でした。 いずれのトラックでも(パガニーニでさえも)エルマンならではの余裕を感じさせるフレージング、効果的に使われるヴィブラート、そして定評の「エルマン・トーン」と呼ばれる柔和さを失わない美音が堪能できます。

  • 商品番号:8.111410

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    発売日:2020年02月28日 NMLアルバム番号:8.111410

    CD価格:1,600円(税込)

    1925年、電気式録音によるSPレコードが発売されたとき、クライスラーはまだ活動の絶頂期にありました。この第9巻には1927年から1928年にかけての一連の録音を収録。当時52歳のクライスラーの円熟した技巧と美しい音色が余すことなく捉えられています。 アルバムには自作の「ジプシー・カプリース」の最初の録音や、1928年ニューヨークで録音が行われたエルネー・ドホナーニの大曲「ハンガリー牧歌」の他、彼の弟フーゴを伴いベルリンで録音された、一連のピアノ三重奏曲版の演奏も聴くことができます。

  • 商品番号:8.111398

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    〈クライスラー 録音全集 第5集〉
    クライスラー(1875-1962)
    1919年-1924年 詳細ページ
    [クライスラー/ビクター管弦楽団/パステルナック - 録音:1919年-1924年]

    KREISLER, Fritz: Complete Recordings, Vol. 5 (1919-1924)

    ■器楽曲(ヴァイオリン)

    発売日:2013年03月20日 NMLアルバム番号:8.111398

    CD価格:1,600円(税込)

    1919年から1924年にかけての、クライスラーの珠玉の録音集です。1914年に勃発した第1次世界大戦で、重傷を負い除隊後はニューヨークに戻ったクライスラーですが、アメリカにとってオーストリアが敵国だったため、演奏活動は自粛し、そのかわりにオペレッタ「りんごの花ざかり」の作曲などに力を入れていたのです。その後少しずつ演奏会を再開しますが、やなりまだ「敵国人」とみなす米国在郷軍人会からの反発もあり、なかなか思うような活動はできなかったようです。しかし、この録音が行われた頃には理解も進み、彼は思う存分美しい調べを奏でていたのです。