カレン族銀細工の村と歴史

山岳民族はたいてい古くから継承してきた民族独自の伝統的デザインを持っており、それが施されたシルバーを装飾品として用います。

カレン族銀細工の村近郊の田園風景

カレン族シルバーは古くて新しい

カレン族シルバービーズが世界のビーズ愛好家に知られるようになったのはかなり最近のことです。
同じくタイには古代クメール王朝の時代に端を発するビーズとして近年名を知られるようになったスリンシルバービーズがあるが、それと比べると世界的にはまだマイナーと言えるかもしれません。

カレン族のシルバービーズやアクセサリーが知られようになったのはそれが市場で売られるようになったからです。それまではカレン族シルバーは彼ら自身が身につけ、飾る分量しか作られませんでした。

この一帯に居住する主要な山岳民族はたいてい古くから継承してきた民族独自の伝統的デザインを持っており、それが施されたシルバーを装飾品として用いています。カレン族シルバーもその中のひとつに過ぎませんでした。

多様な刻印、動植物を象った様々な形のカレン族シルバービーズ

山を降りたカレン族シルバー

70年代半ば、ある銀細工師の家族が山を降り、町に自分たちが作ったシルバーを持ち込んで売りました。それがすべての始まりでした。
貧しく、アヘンを栽培し、もたらす山岳民族に対する差別感情がタイ人の意識には潜在しています。そんな中で彼らの装飾品を売るには相当の困難があったことは想像に難くありません。

しかし彼らが持ち込んだカレン族シルバーは徐々に受け入れられるようになり、年を追うごとにゆっくりですが確実に扱い量は増え、銀細工に従事する村人もそれにつれてどんどん多くなっていきました。小さく貧しかった村は今や豊かな銀細工の村へと変貌しました。

今日、世界に流通するカレン族シルバービーズや装飾品はすべてこの村で作られています。
カレン族シルバーを初めて世界へもたらした銀細工師の家族のひとり、スーチャ/Sujaさんは次のように語ってくれました。

カレン族シルバーを初めて世界へもたらした銀細工師の家族のひとり、スーチャ/Sujaさん

カレン族銀細工師のインタビュー

—ここは緑に囲まれた美しい村ですね。この村に古くから住んでいるのですか?

いいえ。私が14歳のとき、両親は私と小さな兄弟たちを連れて、ここから約80km離れたところにあるオンクワイグン(現国立公園)から移住を始めました。
私が生まれ育った村の近くには野生の象も住んでいたんですよ。

—なぜ移住したのですか?

貧しかったからです。農地が少なくまた貧しさゆえにアヘン栽培に手を出さざるえないような状況になり、それを嫌った両親が親戚や同じ村の人たちといっしょに新たな土地を求めて移住することを決めました。
両親が仏教徒ということもあってまずはこの村のそばにあるお寺を目指すことになり、私たちは移動を開始しました。

—なるほど。それは大変でしたね。その村からはどうやってここまで来たのですか?

ほとんど歩いてきました。お寺まで辿りつくのに203日間かかったのを今でもはっきりと覚えています。

—203日間、徒歩ですか!さぞかし大変な旅だったんでしょうね。お寺についてからはその後移動しなかったのですか?

お寺にたどり着きここでしばらく過ごすうちにこのあたりがとても住みやすく、土地も豊かであることがわかり、両親はここで暮らすことを決めました。
しばらくしてからまだ村に住んでいる親戚などを呼び寄せ、最初はお寺しかなかったこの場所に1年後には約200人が住むようになりました。

早朝の寺院にて僧へのお供え
カレン族シルバーの製作道具

—カレン族シルバーを売るようになったいきさつを教えてください。

18歳の時に私はこの村で結婚しました。夫は26歳で、銀細工師の家系の生まれでした。
銀細工は夫のおじいさんから教わりました。
貧しく生活が苦しかったので現金収入を得るため、町で自分たちが作ったカレン族伝統の銀細工や装飾品を売ってみることにしたんです。当然ですが最初は思うように売れず苦労しました。

—きっと大変な苦労をされたのでしょうね。この村の他にもあなた方と同じような銀細工の村はありますか?
この村のまわりでは織物などを作っている村もありますが、カレン族伝統の銀細工を作っているのはこの村だけです。

—そうすると、あなた方家族が初めてカレン族の銀細工を外の世界にもたらしたのですね。今この村にはどのくらいの人がいるのですか?

現在約800家族が住んでいると思います。
10年ほど前から電気も来るようになり生活はだいぶ楽になりました。
ビルマから来ている家族もいくつかあります。

—失礼ですが今お歳はおいくつですか?お子さんやお孫さんはいらっしゃいますか?

今年で44歳です。子供が男2人、女3人の計5人、孫が男4人、女1人の同じく5人おります。

カレン族銀細工の村の老婆と幼子達
花形のシルバービーズを慣れた手付きで作るカレン族銀細工の村の少女

—カレン族の刻印の意味を教えてもらえませんか?

渦巻きは宇宙を表し、これはパドゥアと私たちが呼ぶ花を意味しています。悪霊や災いから身を守るための魔よけや、神や精霊へのお供え物を意味しています。
また生活に身近な動植物や生活道具を象ったものも多いです。
残念なことに刻印の持つ意味は若い人たちにはだんだん忘れ去られています。

—それはとても残念なことですね。私たちの国日本でも、近代化や効率という名のもとに多くの伝統技術や伝統を大切にする心が失われてきました。
カレン族シルバーに初めて出会った時、私はカレン族シルバーの刻印にはそんな私たち日本人の心に何かを呼び覚ましてくれるような不思議な力を感じました。
この大切な伝統をぜひ次の世代に受け継いでいってください。
今日は貴重なお話を聞かせていただいて本当にありがとうございました。