青銅器-神々の紋様と変遷

青銅器芸術は殷代に頂点を極め、龍や鬼神の奇怪な抽象文様を施した青銅器が多数製作されました。

龍や鬼神の奇怪な抽象文様を施した殷代の祭礼用青銅器

龍や鬼神の奇怪な抽象的文様

紀元前1600年頃、黄河中流域に興った殷(商)王朝。
中国の青銅器芸術はこの頃に一種の頂点を極め、龍や鬼神の奇怪な抽象的文様を施した青銅器が多数製作されました。
くわっと見開いた目、大きく裂けた口、獰猛な爪、太く曲がった2本の角。怪物のようなこの文様は獣面文または饕餮(トウテツ)文と呼び表されています。

獣面紋にはいくつか興味深い特徴があります。第一に左右対称を原則とし、向かいあった二つの動物の側面が鼻梁で突き合わさって一つの動物の正面になっています。

向かいあった二つの動物の側面が鼻梁で突き合わさって一つの動物の正面となる饕餮文(獣面文)

眼は心を見透かし、相手を威嚇する

第二に顔面から飛び出した大きな眼。眼は心を見透かし、相手を威嚇します。眼を怖れるのは動物の本能です。力を宿す眼を表現するためひときわ大きく誇張されました。最後に獣面紋の体や地紋を埋めつくす雷紋や過紋の幾何学文様。この雷紋や過紋は器面に表された神像に「気」が充実していることを示しています。

さまざまな動物の要素を取り入れた怪物のような獣面紋。それは当時怖れられていた鬼神または最高神の「帝」そのものとも言われています。「帝」というと後世の図像や現在の感覚から人間の姿を想像しますが、古代において神々や神話の聖帝は奇怪な姿で表されることが多いのです。人間を凌ぐ存在である神々であれば当然、容姿も人間を超えた特異なものでなければならなかったでしょう。

饕餮文(獣面文)と呼ばれる文様が施された殷代の祭礼用青銅器

金色にまばゆく光る青銅器

青銅とは銅と錫(スズ)の合金です。銅は錫を混ぜることによって銅のみよりも硬度を増します。さらに融点が低くなるので溶かして加工しやすくなります。加えた錫の量によって、硬度と色が変化します。錫の量が多くなるほどに硬度は増し、赤銅色から白銀色に輝くようになります。錫の割合は器物の用途によって決められます。硬度を求められる武器や輝きを必要とする鏡には錫が多く用いられました。

牡牛の首を象った殷代後期の祭礼用青銅器

祭器に求められたのは輝きと色でした。青銅という名は銅が錆びると緑を呈することから名づけられ、今日見る青銅器の多くは鈍い緑色をしています。しかし祭器に用いられた青銅は金色です。ピカピカに磨き上げられた青銅器群が祭壇に並びまばゆく光るさまは、人々に畏敬の念を起こさせたことでしょう。

青銅器が大量に出現するのは殷(商)、西周、春秋、戦国時代です。食器、酒器、水器、楽器、馬具、農具、工具、銅鏡などに用いられ、中国の輝かしい青銅器時代を作り上げました。

饕餮文(獣面文)、雷文/渦文で装飾された殷代後期の鼎形祭礼用青銅酒器

殷代の青銅器

殷代の青銅器は酒器が圧倒的に多く祭器として用いられました。
殷では祭政一致の政治が行われ、甲骨占いによって示された神の意志により万事が決定されていました。
酒は祭祀に欠かせないもので、卜占の際、火を焚き、青銅器に酒を満たし、肉を供えて神や祖霊を迎え、飲酒によって一種のトランス状態に落ちることで神の神託を聞きました。

神々に対する信仰心に満ち満ちていた時代であったからこそ、神々と交歓する青銅器には並々ならぬ心血が注がれたことでしょう。殷代の青銅器に鬼気迫る傑作が多いのも当然と言えるでしょう。

飛び出した大きな一対の眼を持つ饕餮文(獣面文)

周代の青銅器

殷を滅ぼして取って代わったのが「周」です。周は最初、殷王朝に仕えていましたが、紀元前11世紀反旗を翻し、異民族や諸国と結託して殷を滅ぼし周王朝を樹立しました。
周は文化的には殷のように発達しておらず、独自の青銅器技術も持っていなかったため、周の初期は前代の殷の装飾を踏襲しました。