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ものづくりを訪ねる
スガハラ / ものづくりを訪ねる

土屋鞄の本店がある東京都足立区から、車でおよそ2時間。静かな時間が流れる、千葉県・九十九里にある「スガハラ」のガラス工房に向かう。取材班が到着したのがちょうどお昼休みが終わる時間だったようで、工房からすこし離れた食堂からお揃いのTシャツを着た職人やスタッフが工房へ戻っていく様子を見かけた。

菅原工芸硝子「スガハラ」のガラス製品は、ひとつひとつガラス職人によってハンドメイドで作られている。美しい曲線を描く輪郭だけでなくガラスが落とす影もまた、きれいな表情を見せる。

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「これは“ネコツボ”といって、日本独特のツボなんです。猫の背中みたいだから、ネコツボ。工房の炉のなかにこれが10本、すっぽり入ってます」
工房を案内してくださったのは、菅原工芸硝子の専務取締役である菅原裕輔さん。説明の途中でふと出た菅原さんの「ここ、夏は大変ですよ」ということばの意味は、工房に一歩足を踏み入れた瞬間、わかった。

工房に入り、最初に目に飛び込んできたのは、大きな炉。赤々と燃える炉の様子は、とてもダイナミック。ここが繊細なガラス商品が生まれる出発点なのかと思うと、あらためてガラスを扱う職人の力強さを感じた。

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「それぞれチームにわかれて作業しています。多いところで6人くらい」
工房の真ん中あたりに炉があり、そのまわりには数名で構成された作業チームがいくつも取り囲んでいる。 炉からガラスの種をとり、いろんな手法で形をつくり出していく。吹いて丸くしたり、プレスして薄くのばしたりと、方法はさまざま。そして最後は、2時間半かけてゆっくりと冷ます。

しばらく見学していると、職人の動きがやはり目を引く。 およそ30名ほどいる工房内の職人のなかには、ガラス種をつけた吹き竿を運んだり、次の作業工程がスムーズにいくようにガラスをこちらからあちらに移動させる方がいる。とにかく機敏な動き。ひと同士がぶつからないのかと心配になりながら様子をみていたが、みな絶妙にすれ違っていく。工房全体が躍動しているようだった。

機械的な動き、とはちょっと違う。その無駄のない動きも職人技。

「ぐちゃぐちゃしているようですけど、なるべく無駄のないようになってるんです。うまく、リズムよく流れるように」

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入社までガラスづくりの経験がない方も、もちろんいるという。
「何が最初難しいかって、竿を均等にまわすのが難しい。ガラスは柔らかいものなんで、均等に回さないとたれてきちゃうんです」 だいたい2年目くらいでできるようになる、というその作業は工房では簡単に行っているため勘違いしてしまいそうだが、もちろんすぐには習得できない技術。慣れた手つきで同じ形を何度も何度もつくり出していく様子は、手品のようだった。

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「ガラスって不思議な素材で、動かなくなっても“液状”なんです」

ガラスは、およそ1,300度で水あめのような状態に。固いイメージのガラスだが、熱されてとろんとなったところを、はさみでぱちんと切る光景がなんとも不思議だった。 そして600度くらいになると、固まって動かなくなっていく。固まってから、形をつくるものもあるという。

“いいガラス”とは、どんなものなのだろうか。

「あまりガラスに負担をかけるような形をやると、絶対にきれいじゃない。ガラスがまあるく膨らんで、というなかでどこまできれいにいける範囲か。ガラスは透明なので、厚みの違いなどが全部見えてくるんです」

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スガハラは、毎年およそ200点の新作を発表している。その製品の多くのデザインは、つくり手であるガラス職人たちが担当しているという。
「ガラスは変わった素材なので、うちは職人がデザインをします。ガラスにとって新しいことやきれいなものって、絵からは生まれにくい。ガラスに触れながら遊んだりすることで、生まれてくるんです」

デザインするうえで、なにか決まりごとはあるのだろうか。
「唯一の条件は、暮らしのなかで使えるものです」

デコラティブなものや、流行りを追ったものづくりではない。ガラスにとってきれいなことや新しいこと、ほかにないことを見つけていく。ベテラン職人も1年目の新人も、そんな想いをもちながら自由に開発している。

意外なことに、毎回コンセプトやテーマは設けていないという。
「最終的な目標は、暮らしのなかで使っていただいて、なんか会話がはずむね、一日の疲れがやわらぐね、とかささやかな幸せを感じるねというものでありたい。でも、ひとそれぞれに感じ方は違います。どういう完成系の商品がそれを生むか、ということではなく、いろんな可能性をつくりたいんです」

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「ガラスは生きている」「ガラスと会話する」

スガハラのwebサイトには、このようなことばが載っている。
取材前からとても頭に残っており、ぜひ職人の方の目線でどういう感覚なのかお話をうかがってみたかった。

工房内で快く取材を受けてくださったのは、ガラス職人歴がもうすぐ50年になるという、塚本 衛さん。もくもくと作業する手をとめることなく、しかしながらとてもていねいに質問にこたえてくださった。
「たとえば、こうなってくれよこうなってくれよ、と思いながらきれいに仕上げる。話をするわけじゃないんですけど、想いを伝えてつくってるんですよ。語りかけるっていうんですかね」

うまく思うように完成したときは、出来上がったときに“よかったな”というガラス側からの答えがかえってくる。めったにないけれど、気にいったものができたときには特に感じるという。

1,400度の炉のなかに素材が入っている12時間は、いいガラスをつくるためにはとても大切な工程だ。泡や不純物が入らないように、きれいなガラスを炉のなかから竿で取り出すのは難しい。

「かたちを生成する前から、戦いなんです。ガラスは生き物ですから」うまくいくように、ぶつぶつ語りかけながらつくりあげていく。

塚本さんは、ガラスの道に入ってからもう50年近くになる。それだけ長く続けてきた塚原さんにとって、ガラスはどのような存在なのだろうか。
「ガラスの魅力を知るのに、20年くらいかかったかな。そこから、生涯自分がこれにかけて本気でやってもいいなって思った」
熱いからいやだったんだけどね、と笑みをこぼしながら教えてくれた。

20年。それだけ長く続けて見えたガラスの魅力。
きっと、つくり手だけが感じることができる、ガラスの内側の世界があるのだと思う。
「自分の努力だけで思うようにはなりませんけども、ガラスもいくらかそれにこたえてくれる。それがいちばんの魅力ですかね。やればやるほど、自分の技術もあがる」

「みんなから、職人はガラスを知ってるように思われてるけども、まだまだ知らないところのほうが多いんですよ。つくってるときにまだまだ発見するんですよね。生涯かけてやっても、半分もやりきれない」

塚原さんにも、“いいガラス”についてお聞きすると、
「見た目で感動するようなもの。これ使ってみようかなとか、これ美しいな、きれいだなって心惹かれるもの」という答えが返ってきた。

「職人は、みんなそういうことを考えてやってるんですよ。ただ達成できないだけで」
長くガラスと向き合う塚本さんからのそんなことばには、とても重みがあった。

「こういうので飲むと、同じものを飲んでもこれで飲むとひと味もふた味も違う。ただ“使える食器”じゃなくて、使うと楽しいとか、あのグラスで飲みたいなとか、そう思えるものがいいと自分は思っています」

オイルヌメ革に触れていただきました。

「これ、なんにでもなりそうだね。触った感じが、すごく愛着があるというか。もてばもつほど手になじむ気がしない?」

塚本さんは、オイルヌメ革を手で触れたりまとったりして質感や厚みを体感。ご自身が扱うガラスと似てると感じる部分についても教えてくれた。

「もてばもつほど、これじゃなくちゃだめだってこだわりそう。そういったところはガラスと似てるね。これじゃなきゃだめだって思える。そういう素材だね」

塚本さんとチームを組む女性職人の川原可奈子さんは、ふだん革の財布を使っている。大きな一枚革を見て、そのサイズにとても驚いていた。
「使えば使うほど、味がでそうですよね。もったらずっと長く使う、ずっと持っていたいと思えるものだと思います」



菅原工芸硝子
千葉県山武郡九十九里町藤下797
TEL 0475-76-3551
url. http://www.sugahara.com/


菅原工芸硝子の、ものづくりに関するそのほかの記事はこちら >> 今日のコラム 「柔らかいガラス」の感触を、自分の手で楽しめる体験教室へ。