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少し肌寒さを感じる10月のある朝。横浜市金沢区・金沢工業団地の一角では、いつものように「ドスン、ドスン」「ガン、ガンガン、ガン・・・」という地響きのような鈍い音が響いていた。ここは、プロご用達の中華鍋のメーカーとして有名な『山田工業所』の工場兼事務所だ。
「こんにちはー!お邪魔しまーすっ!」
機械類の生み出す大きな音に負けないよう、やや声を張り気味に挨拶しながら工場内に入っていく。工場の中は、表の明るさとは打って変わって、かなり薄暗い。見渡すと、成人男性の背丈の倍以上はありそうなかなり大型の機械がいくつも並んでおり、作業服を着た工員さんたちが忙しそうに立ち回っている。
”山田の中華鍋” ・・・・。中華料理のプロフェッショナルや、厨房機器の専門家ならその名を知らない人はいないだろう。何せ、同じ横浜市の中華街で「8割」のシェアを誇る日本随一の中華鍋メーカーだ。プロキッチンでも常に高い人気を誇り、購入したお客様から「買って良かった!」という声を最も多くいただくアイテムの一つでもある。山田工業所の中華鍋の特徴は、日本で唯一”打ち出し式”を採用しているということ。多くの工場が採用している”プレス式”と異なり、鍋の”場所”によって厚みを自在に変えているという、まさに”こだわりにこだわった”一品なのだ。
「音がうるさくて驚いたでしょ?」
そう言ってニコッと笑うのは、山田工業所の社長の息子さん。その日、我々プロキッチンスタッフの工場見学の案内役を務めてくださった方でもある。「とりあえず、基本の片手中華鍋の作り方をお見せしますね。」ということで、我々は息子さんから山田工業所独自の”中華鍋の製造工程”について説明していただいた。(残念ながら工場内は”マル秘”ということで撮影は叶いませんでした・・・。)
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山田の中華鍋の作り方を簡単に説明しよう。
(1) まず鉄板をおおまかに中華鍋の形に形成する。(ちょうど麦わら帽子をひっくり返したような形になる。)
(2) それを一つ一つ専用の機械で何度も何度も叩き、さらに場所によって厚みを変え、中華鍋の鍋部分を形作る。
(3) 取っ手を付け、刻印を押し、形を整える。
その後、ツヤだしの液剤をつけ、乾燥させて出来上がり。
中華鍋はみんな最初は一枚の鉄板だ。それを一つ一つ叩いて成形していく。しかもただ「叩く」のではなく、そこには驚くような秘密が隠されていた。なんと山田工業所では、一つの鍋につき「5千回叩く」というのだ。鍋の種類によってその回数は異なるとはいうものの、大量生産品に比べると気が遠くなるような手間と時間のかかる作り方だ。手作業だから、どうしても一日に作れる数は限られてしまう。それでも職人による”打ち出し式”にこだわるのは一体なぜなのか・・・!?
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中華料理を作ったことがある人、中華料理を愛する人ならご存知だろうが、中華は”火力が命”。一瞬にして鍋の温度を上げ、材料に最適の熱を加えて仕上げることが最重要ポイントとなる。そのため、”山田の中華鍋”は底を”厚め”に、そして火の先があたる鍋のカーブの部分を”薄く”仕上げてある。
よって熱の伝わりが素早く、かつ均一になり、料理が格段に美味しく仕上がる・・・という訳だ。 |
また、鉄はそうやって叩かれると分子が細かくなり、強度が増す。さらに表面に細かい凹凸が出来るので、油なじみがよく、焦げ付きにくく、おまけに軽さが出るという。試しに簡単な野菜炒めでも作ってみるとよくわかるのだが、市場に出回っているプレス式のものと比べると、その差は驚くほど明白だ。
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いかにも”ベテラン”といった面持ちの工員さんたちは、一日中ひたすら鉄を打ち、成型し、取っ手をつけ、刻印を押し、再調整して・・・という作業を繰り返していく。とてもシャイで、寡黙。「写真を撮らせて欲しい」と頼んでも、なかなか応じてくれない。でも何か質問すると、言葉少なに、でも真摯に答えを返してくれるのが印象的だった。フト目をやると、彼らの作業服や手は真っ黒だった。『日本一の中華鍋』を生み出すその手を撮りたい・・・と一瞬思ったものの、控えめな彼らには断られる気がして、結局言えずじまいになってしまった。
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工場内の説明が終わり、事務所で社長にいろいろお話を伺っていると、あっという間に数時間が経過。そろそろおいとましようか・・・と思い始めた頃、社長から嬉しい提案が・・・。なんと、「工場内の写真を撮らせてあげられなかったから、誰かスタッフのスナップでも撮る?」というのだ。お言葉に甘えてお願いしたところ、スタッフの誰か・・・どころではなく、”工員の皆さん”が一旦作業の手を止めて、わざわざ工場入り口まで大集合してくれたのだ!! |
ファインダー越しに見る彼らの照れくさそうな笑顔が、なんだか、やけに眩しかった。
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山田の中華鍋 |
山田工業所の社長インタビュー |
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