こころとからだの健康タイム・対談編18-3

head.jpg

 このコーナーでは、エヌ・ピュア社長・鳴海周平が各界を代表する人生の達人との対談を通して、「こころとからだの健幸」に役立つ様々な情報をご紹介しています。毎日の健幸にお役立ていただけましたら幸いです。

HOME > 対談編 > 18-3

前のページに戻る目次次のページへ

Vol.18 ゲスト:日高晤郎さん 【3

18-8.jpg

18-7.gif

鳴海 「幸せ感じ上手」っていい言葉ですね。他にもこころとからだの健康について、晤郎さんがふだんから心がけていらっしゃることはありますか?

日高 「学ぶという気持ち」も大切かもしれません。
僕は好奇心が旺盛なので、学ぶことに関してもかなり貪欲なんです。週に1度の放送で紹介するために、最低でも本は5冊、DVDも5本は観ています。僕自身が好奇心をもって楽しんでいる様子をそのまま楽しんでいただく、というのが番組の考え方の中にありますから。古今亭志ん朝が弟子に「噺家(はなしか)は歩きながら貯金できる」って言ったことがあるらしいですが、我々芸人にとっては、日常のすべてのことが噺のネタになるんです。だからどんなことにも好奇心をもっているというのは特に大切なことなんですね。6代目尾上菊五郎は「まだ足りぬ、踊り踊りてあの世まで」という辞世の句を詠んでいます。生涯踊り続けた人が、最後までこう言っていたといいますから。生涯現役の芸人であり続けるために、僕はこうした好奇心と向上心を常に持ち続けていきたいと思っている。それが健康にも良い影響を与えていることは確かじゃないですかね。

鳴海 いつまでも「学ぶ」という姿勢がある人は確かに若いし、輝いています。
晤郎さんのそうした好奇心と向上心が、「日高晤郎ショー」を作り上げているわけですね。だから毎週新しい情報を、様々な切り口でとりあげていくことが出来る。

日高 同じことで笑ったり、話し合ったり出来る家族、夫婦、仲間っていいですよね。
とても幸せなことだと思うんです。「日高晤郎ショー」が、そういうひとつのきっかけになってくれたら、こんなに嬉しいことはないですね。

鳴海 晤郎さんの番組を通じて、「幸せ感じ上手」になってくれる人達がもっとたくさん広がっていくといいですね。今日はどうもありがとうございました。

18-9.jpg

(季刊ぶんぶん通信Vol.18 2005年夏号)

日高晤郎さんプロフィール

18-10.jpg18-11.jpg


昭和19年2月28日生まれ
昭和35年 大映京都撮影所演技研究所に入所。
昭和36年 「江戸へ百七十里」で師・市川雷蔵の相手役でデビュー。
昭和40年 大映を退社し上京。数々のTV映画にゲスト出演
昭和42年 クラウン・レコードから「流れ者小唄」でデビュー。声優として、洋画の吹き替えで「007ゴールドフィンガー」「ロシアより愛を込めて」のショーンコネリー役や、チャールズブロンソン、ポールニューマンなどの声もつとめたことがある。
昭和58年 STVラジオでの3時間枠で「日高晤郎ショー」スタート、翌年から現在の9時間放送になる。

著書に「日々幸せ感じ上手」「言葉のビタミン」(共に中西出版)などがある