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2009/06


 梅雨の頃から夏にかけて、散歩中、ふと目に留まる瑠璃色の花。路傍の石ならぬ、路傍の花とでも呼びたくなるこの植物の名は露草で、小さな花ながらも印象的な色で人のこころをひきつけます。
 さて露草色(つゆくさいろ)とは、まさに露草の持つ鮮やかなブルーのこと。万葉の昔、露草は原始的な摺り染めに使われたそうですが、露草の青い色素は水に触れるとすぐに流れ、光に当たると褪せやすいため、万葉の貴人たちはこの露草に託して、人の気持ちの移ろいやすさをいくつも歌に残しています。しかも露草は朝咲いて、午後にはしぼむ一日花。はかなさを愛でる日本人の感性にマッチしているのかもしれません。
 ところで水と光に弱い露草ですが、その脱色しやすい性質を活用した例もあるのです。それは友禅染で必要な下絵用の絵の具としての活かし方。吉岡幸雄著『日本の色辞典』によると、まず梅雨の頃、露草のなかでも少し大きめの花を持つ大帽子花を朝早くから摘み集めます。つぎに花びらを手で揉んで絞り、その青い汁を美濃産の和紙に何度も塗っては乾かして「青花紙」をつくります。これをちぎって水に浸すと美しい青色が溶け出して……。そして、この液で描いた下絵は水に出会うとたちまち消え、その役目を終えるのです。
 まるで命の美しさを青から無色へと変えるかのような、露草のマジック。水に溶ける瞬間、いったい「青」はどこへ行くのでしょうか。
  



浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」第1版第22刷を拠り所としています。
今回の露草色の色味としては、同書のP170をご参照ください。


(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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