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2008/09


 朝夕の暑さが和らぐころになると、食べ物も服装もそれまでのあっさりとした感覚から、どこか奥行きや面白味のある趣に興味がわくものですね。
 さて、今回は新橋色(しんばしいろ)。これは緑みのある青で、例えるならば爽やかさと艶やかさをミックスした空色といった感じでしょうか。新橋とはお察しのとおり、東京の新橋のこと。明治末期から大正時代にかけては、新橋は実業家や政治家といった名士が訪れる花柳界で、その華やかな世界に生きる東京新橋の芸者たちが、このブルーを好んだことから色名となっているそうです。ちなみに新橋色はそれまでの天然染料ではなく、合成染料を用いたものだったことも感性の鋭い女性たちの心をとらえた理由だったようです。
 ところで、ほかにも地名が色名になっている例はないかと探してみたら……、ありました! その地は遠く、英国のケンブリッジ。ここは言わずと知れた名門ケンブリッジ大学のあるところですが、その大学のスクールカラーをケンブリッジブルーというのです。色目は偶然にも新橋色とよく似ていて、もう少し鮮やかにした感じ。余談ですが、ケンブリッジを漢字で表現すると剣橋と書くとか。“橋”という思いがけない共通点があるのも面白いですね。
 洒脱さも格式も表せるブルーは多くの人に好まれて、しかも、その微妙な違いのなかにそれぞれの感覚や志を託せる色。そして、そこには人生の輝かしい季節を讃える“何か”が潜んでいるような気がしませんか。


  


浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」第1版第22刷を拠り所としています。
今回の新橋色の色味としては、同書のP138をご参照ください。


(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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