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2008/6


 生い茂った緑、そして雨。大地にとって潤いのある季節は、人にとってはときにその湿り気にうんざりする時期でもあります。あっさりと控えめな色目の洋服や持ち物を身につけたくなる……、そのような心持ちになる人も多いことでしょう。
 香る色、と書いて香色(こういろ)。目に見えない「香り」で表現するとは、なんて素敵なのでしょう。この色は一般的にはべージュを差しますが、香料となるチョウジ(丁子・丁字)の煎じ汁で染めたもの、あるいはキャラ(伽羅)など香木で染めた染め色の総称ともいわれています。ちなみにチョウジの樹皮などを用いて染めた丁子色は赤みの強い黄色でキャラメルにも似た色合い、キャラで染めた色はそれを少し抑えた感じです。
 いずれにしても香色は平安貴族に好まれていたようで、『枕草子』や『源氏物語』などの文学作品にも見つけることができます。また『太平記』『光悦本謡曲・道明寺』の一節には香色は僧侶の袈裟の色として使われていたことがうかがえます。華やかさはないけれど品の良い色は、まさに芳香が匂い立つような感覚で人々に受け止められていたのでしょう。
 香色をベースにした色名として、少し薄いものを薄香(うすこう)、赤みの勝ったものを赤香(あかこう)、濃く焦げたような色味を焦香(こがれこう)というものもあります。繊細なカラーバリエーションにふわりと思いを馳せるのも、風雅なひとときになりそうですね。


  


浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」第1版第22刷を拠り所としています。
今回の香色の色味としては、同書のP78をご参照ください。


(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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