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2008/3


 光、風、空気。春の訪れは目にみえないところからはじまるのでしょうか。土のなかで虫たちがモゾモゾと動きだす時期をいう啓蟄(けいちつ)は二十四節気の一つで、毎年三月六日ごろ。寒さも和らぎ、表情もつい緩むこの時分を表す言葉に「山笑う」「桃はじめて笑う」というものがありますが、草木の命がふくらみ成長していく様子を「笑う」と表現するとは、なんて素敵なのでしょう。その桃の花の色を指す桃色は、少し赤みの入った可愛いピンク。あどけない少女が花咲くようにふわりと微笑んだような色合いは、春のはじまりを喜ぶのにぴったりな感じがします。
 このように桃や桜といった可憐な花々が順々に春の到来を教えてくれるわけですが、美しい名を持つ「風」も季節の移り変わりを告げてくれます。それは二十四番花信風(にじゅうしばんかしんふう)と呼ばれる中国から伝わったもので、二十四節気の小寒(一月六日ごろ)から穀雨(四月三十日ごろ)までを五日間ごとに分けて、それぞれに吹く風を「春を呼ぶ風」として花の名をつけたもの。風には一番から二十四番までがあり、たとえば一番の風の名前は梅花(うめ)。二番以降、山茶花(さざんか)、水仙、瑞香(じんちょうげ)とつづき、三月に入ると、李花(すもも)、桃花(もも)などの風の名が連なります。
 風が運ぶ花便りは、色彩の豊かさだけなく、甘い香りまで届けてくれそう……。イメージの世界に遊びながら、本格的な春を心待ちにしたい今日このごろです。


  


浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」第1版第22刷を拠り所としています。
今回の桃色の色味としては、同書のP17をご参照ください。


(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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