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2007/05


 桜便りが終わるころ、景色はあっという間に緑色のグラデーションに覆われ、毎年のことながら命の輝きやみずみずしさを感じずにはいられません。萌黄(もえぎ)色はちょうどこの時期に出会う黄緑色のこと。萌葱とも萌木とも書かれます。
 ところで萌黄色は古くから用いられており、『平家物語』にはこの色が若々しさを表現する色としてうかがえる話があるのです。それは七〇歳を過ぎた武将、斎藤実盛が出陣をするときに、敵に老体を見破られないようにと赤地錦の直垂(ひたたれ)に萌黄威(おどし)の鎧をつけるというもの。赤に黄緑とは、何と鮮やかなカラーコーディネートでしょうか。確かに黄みがかったグリーンにはこれから伸びてゆく若者のイメージがありますから、若武者と思わせるには大いに役立ったことでしょう。でも一番の効果は、身につけた本人の気持ちにあったのかもしれません。現代を生きる私たちも、いつもより華やぎのある色合いの服装をしてみると、どこからともなく元気や勇気がわいてくるのは誰もが実証ずみですから。
 この萌黄色よりやや濃いのが若竹色、さらに明るく濃くなると青竹色。そして、松葉色、常盤色などと、緑の深まりや落ち着き具合から感じる印象に、私たちはふと“人生の刻”を重ね合せ、ときにその色に癒されたり、励まされたりしているようにも思います。
 ということで…。今のあなたは、そしてその気分に似合うのは、どんなグリーンですか?

  


浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」第1版第22刷を拠り所としています。
今回の萌黄色の色味としては、同書のP116をご参照ください。


(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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