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2007/04


 出会いと別れが交差する季節。桜が咲き、やがて散る四月は、微笑ましさと淋しさ がそっと手をとりあっているような感じがするものです。  淡くやさしく、どこか幻想的な雰囲気が宿る色…。桜色は日本人がもっともイメー ジしやすい色でありながら、一言では尽くせない広がりと奥行きを持っています。晴 れやかに輝く日の桜並木に思いを馳せる人もいれば、春の雨に濡れて、水たまりの縁 に肩を寄せあう花びらを想像する人もいて、それぞれの心のなかの風景は、それぞれ の桜色で染められているのです。でも、もしも天に神様がいるのなら、空から見たこ の時期の日本という国は、うっすらと桜の色のベールで覆われていると感じるはずで す。  以前読んだ安房直子さんの童話のなかに、桜の花影に住む女の子の話がありました。 この子はたぶん桜の精なのでしょう。仲良くなったみみずくに、緑のスキップがやっ てきたら私は消えてしまうのだと告げるのです。みみずくは一生懸命に寝ずの番をす るのですが、ふと眠ってしまったすきにそれはやってきて、目覚めると女の子の姿は なくなってしまいます。  匂うような美しい色に包まれるとき、私たちは一瞬、ファンタジーの世界に生きて いるのかもしれませんね。そう、緑のスキップがやってくるまでの、とても短い時間 のなかで…。
  


浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の
思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」
第1版第22刷を拠り所としています。

今回の桜色の色味としては、同書のP18をご参照ください。



(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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