こころとからだの健康タイム・対談編28-1

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 このコーナーでは、エヌ・ピュア社長・鳴海周平が各界を代表する人生の達人との対談を通して、「こころとからだの健幸」に役立つ様々な情報をご紹介しています。毎日の健幸にお役立ていただけましたら幸いです。

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Vol.28 ゲスト:青木宏之先生 【1】

1984年、筑波大学で開催された日仏国際会議にて、武道の中でも幻の技として知られる「気の遠当て」を披露し、「気ブーム」のきっかけをつくった、新体道・創始者の青木宏之先生。書道家であり、瞑想法の指導者としても知られる青木先生に「こころとからだの健康」についてお伺いしました。

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鳴海周平(以下 鳴海) 武道の達人として数々のエピソードをお持ちの青木先生には、以前からいろいろとお伺いしてみたいことがあり、今日はとても楽しみにして参りました。青木先生は、20代という若さで当時所属されていた空手流派の最高段位に推挙されたわけですが、そもそも空手を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

青木宏之先生(以下 青木) こう見えても、私は小さい頃ずいぶんと身体が弱かったんですよ。(笑)だから外で遊ぶことも出来ずに、家の中でずっと絵ばかり描いているような子供でした。大学では、以前から興味のあった演劇部に入ったのですが、演劇というのはそれなりの体力を必要とするんですね。そこで、体力をつけるために体操部に入ろうと思ったのですが、通っていた大学には体操部がありません。そこでたまたま目に止まった空手部の門を叩いたわけです。ところが、空手部の練習が予想以上にハードでしてね、演劇どころじゃないんですよ。(笑)すっかり空手漬けの毎日になってしまいました。おかげで体力はずいぶんつきましたね。結局、演劇は出来なかったんですけど。(笑)

鳴海 演劇のための体力づくりがきっかけだったんですか。(笑)
それにしても、大学に入ってから始めた空手で、10年も経たないうちに流派最高段位に推挙されてしまった、というのは驚異的なことですね。どんな練習をされていたのでしょうか?

青木 量的にも相当な練習をこなしていましたが、飛躍的に伸びた最も大きい要因は、師匠である江上茂先生との出会いでした。大学2年生の時に、あるトラブルがあって上級生が全員退部してしまい、私が主将を務めることになりました。この時に、指導顧問として空手の名人・江上茂先生に来て頂けることになったんです。
空手の名人・江上茂先生との出会い

青木 江上先生は、沖縄から日本に空手を伝えた船越義珍先生のお弟子さんで、太平洋戦争中は、陸軍中野学校で諜報、謀略の要員達に空手を教えていました。生徒は、たった一人で敵地へ潜入して、とても危険な任務を果たす人達ですから、本当に実戦的な空手を指導していたわけです。ですから「どうしたら、もっと技を効かせることが出来るのか?」ということをずっと研究してこられたんですね。
そこで気付かれたのが「身体の力を抜く」ということでした。
江上先生がまだ血気盛んな頃、とんでもなく強い人がいるという噂を聞いて合気道の開祖である植芝盛平先生の道場へ出向いていったそうです。そこで「スキあらば倒してやろう」と思っていたところ「誰でもいいから、この手を握ってごらん」と言われて、すかさず腕をとりにいったのですが、飛びついた瞬間に投げられていました。植芝先生は、身体の小さなお年寄りでしたから、江上先生は悔しくて仕方がないわけです。そこで再度挑戦したそうですが、またしてもあっという間に投げられてしまい、「この人にはとてもかなわない」と思ったそうです。身体の大きい、小さいは関係ない。力の強い、弱いも関係ない。ここで「力ではない何か」が大切だということを学んだということでした。

鳴海 江上先生は、合気道の道場で「身体の力を抜く」ということに気付かれたんですね。
実は私も合気道に興味があって、少々学んでいた時期がありました。やはり力任せに技をかけようとしたり、相手の技に力づくで対抗したりしようとすると、いとも簡単に投げられてしまいます。道場では「気を合わせる」という言葉がよく使われていました。

青木 「力ではない何か」とは、まさに「気」のことですね。力むと「気」が感じにくくなります。当時大学でやっていた空手は固かったですから、「もっとふにゃふにゃになれ!!」って、よく言われました。(笑)
師匠の言うとおり、身体の力みがなくなると、技が効いてきます。そして「気」が感じやすくなるんですね。私たち人間の身体は「気の発信機」であり「受信機」でもあります。ですから私は、気を感じる訓練を兼ねて、弟子達に「スキがあったら、いつかかってきてもいい」と言っていました。稽古中に弟子達が、今か今かと様子を伺っているのが、殺気としてわかるわけです。(笑)
もう一つ、江上先生から教わった方法が「瞑想」です。世の名だたる武道家は瞑想を修行の糧にしていたようです。幕末に活躍した山岡鉄舟は「剣禅一如」と言って、剣術と禅(瞑想)をひとつのものとして捉えていましたし、宮本武蔵も「五輪書」の中で瞑想の大切さについて述べています。
私は、江上先生から「力を抜くことで気を活用すること」そして「瞑想によって無の状態になること」の2つを教わったおかげで、飛躍的に空手が上達したのだと思います。

鳴海 短期間で流派の最高段位を極められた背景には、江上先生の教えを「自らの心身を通じて本当にわかろう」とする深い探求心があったんですね。おそらく想像を絶するような、様々な体験を重ねて来られたのだと思います。
武道における幻の技ともいわれる「気の遠当て」を体得されたのも、こうした深い探求心の賜なのでしょうね。離れたところにいる相手を、気だけで飛ばしてしまうという「遠当て」を体得された時のお話を聞かせていただけますか?

28-2.jpg砂浜での稽古風景青木 団体稽古の最中のことですが、いつものように「イチッ、ニイッ」と気合をかけていた時に、私のスキを見つけたのか一人の弟子がかかってきたんです。ところが、私が攻撃をしていないにもかかわらず、気合を発した瞬間に吹っ飛んでうずくまってしまいました。それは何度繰り返しても同じでした。その日は、とても心が澄んでいた状態だったので、私が発した声と共に強い気合が発せられていたんですね。「これが『遠当て』か!」と思いました。
人間にはもともと防衛本能ともいうべき「気のバリア」が張り巡らされています。これはその人の意識、心の境界線であり、生命力そのものとも言えますが、1、2分の間に何十回も強くなったり弱くなったりを繰り返しているんですね。それは0・01秒くらいのごく短い時間、ほんの一瞬なのですが、こういうタイミングをめがけて、私の生命力を結集してその相手に「気」をぶつけるわけです。それで相手は吹っ飛んでしまう。このタイミングは、別な言い方をすると「相手と一体になったと感じる時」とも表現出来るかもしれません。

鳴海 青木先生の「遠当て」は、国際的なシンポジウムや国家予算のついたプロジェクトなどでも研究の対象となって、いくつもの論文が発表されているそうですね。「気」の存在が明らかになってくるのも、そう遠い話ではなさそうです。