【楽天市場】Shopping is Entertainment! : インターネット最大級の通信販売、通販オンラインショッピングコミュニティ 店長の部屋Plus

記事詳細

2016/02/24 19:49

『湯島聖堂 日本初の政府主催博覧会開催される』  

湯島聖堂と言えば孔子、佐藤一斎、佐久間象山を
思い浮かべる方が多いかと思います。

ですが、今日は江戸時代の学問所でなく明治になってからのお話をします。


明治5年(1872年)3月10日、初めて文部省博物局主催の博覧会が開催されました。
1872年と言えば、横浜―新橋鉄道開通、官営富岡製糸場開業の年でもあります。

江戸幕府が倒れ、明治時代が始まる10年ほど前からは福沢諭吉、
渋沢栄一ほか、多くの日本人が洋行するようになりました。
パリ万博など博覧会の盛況に、日本での博覧会開催を積極的に
進めようという新政府要人も多くなっていました。


オーストリアから1873年開催のウイーン国際博覧会へ招待され、
その準備の意味合いもあり意欲的に進められました。


その会場になったのが
今の東京 御茶ノ水駅近くにある湯島聖堂大成殿です。

翌年ウイーンに持っていくことになる可能性も高く、
新政府も民間からの出品を望んでいたのですが、
実際には政府関係者からの出品が多かったといいます。

それはさておき、

開場してみると大勢の客でごった返し、
しばしば入場制限をする必要に迫られました。
開催期間10日間の予定が10日延長され、
それでもまだ足りなくなり、4月30日まで延長されたのです。

博覧会の一番の目玉はあの"名古屋城の金の鯱(シャチホコ)"です。
名古屋城の天守から取り外し宮内庁に保管されていたものですが、
文部省主催の博覧会ということで出品されることになったのです。

しゃちほこ

金の重量約45Kg、高さ2.7メートル、高さ4、5メートル
あろうかという板ガラスをはめ込んだケース内に展示されたその姿は、
他の展示品を圧倒し、さぞや壮観だったことと思います。
ウイーン博覧会に展示されたのは当然のことです。


勾玉も出品されました。
明治の初めごろはヨーロッパやアメリカからのものは珍しく、
皆が欲しがった反面、お城や神社仏閣などの仏像、美術工芸品などの
多くは著しく評価が低かった頃です。

そんな時世でしたが、展示し多くの方々に閲覧していただくに
相応しいものの一つとして選ばれているのは注目に値します。

最終更新:2016/02/25 11:08

コメント 0件

ページ上部へ

翡翠専門店ジョイテック

カレンダー

2016年02月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29

 

過去の日記

2021年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月
2020年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月
2019年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月
2018年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月