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2010/06/22 12:02
前回ご紹介した私の宝物はこれです。
6月3日、東京国際ミネラルフェア会場にて益富地学会館の藤原 卓 さんよりいただくことができました。
この時はわからなかったのですが藤原さんは正倉院の宝物を検査された方だったんです。
この報告書が発行されたのは昭和63年(1988年)です。
この報告によれば
「正倉院宝物の材質調査が初めて行われたのは昭和28年~昭和30年であって、対象の宝物を動物質、植物質、鉱物質に分け、
天然の鉱物、岩石は益富が、ガラス、釉(ゆう、うわぐすり)は故朝比奈貞一、故山崎文雄と山崎一雄が担当した。
その後非破壊的なX線解析装置が正倉院事務所に設置されるとともに、石製宝物の再度の材質調査が計画され、
昭和59,60両年度にわたり筆者らがこれを担当した。
調査方法は肉眼による他、実態顕微鏡、紫外線発光などを利用し、正倉院事務所によるX線解析結果解析結果をも参照した」
とあります。
「筆者ら」とは益富寿之助(日本地学研究会館館長)、山崎一雄(名古屋大学名誉教授)藤原 卓(日本地学研究会研究員)
とあり、藤原さんは正倉院の宝物を検査した当のご本人だったんです。
さて この本から金銅杏葉形裁文に飾られているまがたまの挿図を掲載させていただきます。
金銅杏葉形裁文とは「どうばん」というご本尊のそばにある一種の旗印とともに吊り下げて飾られているものです。
勾玉がこのように寺院内部の一部に飾られていたことをあらわすもので興味深いですね。
勾玉が身につけるものから仏教伝来により寺院の一部分の飾りに使われたということはたとえその例が少ないにせよ
古墳時代以前と比べて文化や価値観の大きな変化があったことを表しています。
三種の神器の勾玉とは明らかに違いますね。きっと。
また、勾玉の紐穴が上だけでなく下にもあいているのはこれを見て良くわかりました。
しかしこれを見て新たな疑問がわいてきます。
それはまたの機会に!
最終更新:2010/06/22 12:02