店主の佐藤哲也と申します。
この度はご注文 本当に有難うございます。心から感謝申し上げます。以下、オヤジのひとり言です。ご容赦


■2021年のひとり言 ↓      2021 2020 2019


「コロナとオリンピックと狸」    2021年7月29日

浜田屋の狸おやじは福島の田舎町でひっそりとただひっそりとデブでいる。目の前に食い物があれば手を伸ばし用もないのに冷蔵庫を開けている。近所のセブンイレブンにおにぎり1個を買いに行ったはずが手に持ちきれないほど何らかの食べ物を買ってくる。

人に「太ったね」と言われればコロナのせいにし「コロナで運動できないので」と言い訳。嘘だ。もっともらしくコロナのせいにしている。4年に一度が5年なってしまったオリンピックすごいと思う事がある。勝っても負けても「感謝」の言葉が出る。「ありがとう」と言う。本当に素晴らしい若者たちだ。

なにか自分に不利になりそうになれば愚痴と言い訳をし誰かのせいにする。私を含めて大勢の大人たちは彼達に見習わなければならない所がある。これからの社会はコロナで大きく様相がかわるだろう。決して以前と同じにはならない。

今のオヤジたちが未来を生きる子供たちの架け橋になれるかなれないか。そう、この試練は世界に蔓延した我欲に対してのオリンピックかもしれない。
オヤジのひとりごとです。


「やめるなあきらめるな 必ず方法はある」
 2021年7月15日

狸おやじの名刺の裏に「やめるなあきらめるな 必ず方法はある」と記してある。そんなに難しいことではない。石にもかじりつけとかスポコンのように「根性」「意地」そんなに真剣に向かっていたら体も身もボロボロになってしまうぞ。オヤジはそんなすぶとい神経持っていない。

なのに我が信念「やめるなあきらめるな 必ず方法はある」である。どんな問題に直面してもこうしてごらん。ゆっくりでいいんだよ前に進むよ。とまってもいいんだよ。何度休んでもいいんだよ。いろいろ考えてみよう。こうしたらいいな。ああしたらいいな。こうなったらいいな。ああなったらいいな。

どんどん考えよう。どんなことだって答えは1つじゃないよ。
ただし1つだけ約束してくれるかい。あきらめないやめないって。そうしたらどんなことでも解決できるよ。
オヤジのひとりごとです。


「寝小便から子供達の未来へ」   2021年6月30日

子供のころからおしっこを我慢できない。これが悩みである。小学校の時授業中であろうが、朝礼であろうがいつも心配していたのは「おしっこ」であった。子供心に「この場でトイレに行くと恥ずかしい」いけないとなると益々心配になってくる。そうすると股間がもそもそし行きたくなってくる。これがつらかった。

大人になっても心配でいる。外のトイレは頭の中にマーキングしている。5歳のころまで寝ションベンをしていた。母は私を病院や針灸に連れて行った。縁側には毎朝、布団が干してあった。母は決して私を怒らなかったが、そのころの周囲の目がトラウマになっているのかもしれない。

今でもトイレは近くて困っているが寝てしまえば朝までトイレに起きることはないので、決して病気ではなく心理的であろう。きっと「おもらし恐怖症」なのだろう。5歳の魂と言うが大人になって五歳までの記憶をたどっても、記憶に出てくる大人たちはみんな豪快で私をかわいがってくれてた。

よい幼年期であったろうがいつも言われていた言葉があった。「オマエは跡取りだ」皆から言われていた。大学を出てもすぐ家に帰り酒屋を継いだ。自分の中では当然で何の不思議もないことであった。潜在意識とか深層心理とか言うが、この言葉だけで私の一生が決まっていた。五歳までの潜在意識が60歳を越してもあるのだろう。

いつも「ションベン」を気にしているし今こうして家を継いでいる。5歳の記憶で今を生きている。今の幼少期の子供たちはどうなのだろう変な潜在意識が入らないことを祈っている。コロナで変わっていく大人たちを見ている。マスクをしなければならないと言われ。酒を目の仇にされている。

会話はネットでするもの叩き込まれている。世の中は変わるのは当たり前であるが、接触が無い心の無い世界が正しい世界と潜在意識に叩き込まれた子供たちの将来に不安を感じる。未来の世界は技術・化学・医療の進歩はすごいだろうが、それが人として生きていける世界なのか怖い気がしている。
オヤジのひとりごとです。


「銀の匙」                2021年6月8日

息子に何か良い本があるかと尋ねたら、中 勘助氏の「銀の匙」をすすめられた。まだ読みだしたばかりであるが、私でも昔過ぎて難解な言葉が多い。しかしどんどん本の中に引き込まれる感覚がある。昭和の空気の匂い 生活の風景がどんどん目の前に広がっていく。

薄焼けた紙の中に現れる街並みと登場人物が頭の中で実在しはじめた。蝉のとまる電柱も蓋のないドブも入れ墨の兄貴たち、ひしゃげ声の見世物小屋の呼び込みも、どんどん形になり私の前にあらわれてくる。ジュマンジである。

リアルタイムばかりの現代通販でも今日注文すると明日届く急いでなくても明日届く。世の中すべて早すぎるんだ。待つ楽しみも悩みの時間もなくなっていた。少年漫画の懸賞に応募し翌月号の当選結果をのぞき見する楽しさや、憧れの人が通る時間帯の路地に心の時間を奪われた少年時代が懐かしい。

「銀の匙」を手にした時、光が走り私を昭和に放り込んでくれた。これから何が現れるのだろう。ロビン・ウィリアムズのように逃げるのか立ち向うのか。大人にすれば小さなことも子供の時は大事件である。

さて欠けた茶碗に日本酒ついで続きを読もう。内気で泣き虫で弱虫の私に戻れるかも。こんな時代なら戻れなくてもよいのかもしれない。呪文は「ジュマンジ」
オヤジのひとりごとです。


「でも納得できない」          2021年5月18日

酒を扱う飲食店さんが軒並み閉店を考えています。飲食店ではマスクを外し話も盛り上がる、感染しやすいので閉店してほしい。政府の言い分は解ります。何しても減らないコロナ感染は皆の協力なければ収まらない。よく理解しています。コロナの医療が崩壊している。また崩壊寸前。これもよく理解しています。しかしすべてに対してお国の立ち振る舞いには納得できない。

感染が始まってから2年。ワクチン接種率世界最下位ランク。軽すぎる非常事態宣言。パンクはするは当たり前のワクチン接種システム。年寄りだらけの地方は都市部以上に怖がっています。スーパーや施設に入らない限り密になる方が難しい田舎町なのに。その田舎町は死亡率が都市部の5倍(オラの福島県)

みんな頑張っているのだが、方向性も指針もはっきりしないお国の立ち振る舞いにはどうしても納得できません。何が悪いのでしょうね。何でできないのでしょうね。情熱も信念も伝わってこないから皆さめてしまっています。

最後に感染された方と医療の方にしわ寄せがきます。私たち頑張りますから「安全」でないことは知っていますから。どうぞ政治をされている皆様。ただ「安心」と「信頼」をください。お願いします。現場で頑張っている皆様へ…気持ちで書いてしまいました。
申し訳ありません。
オヤジのひとりごとです。


「不思議の国のアリスになった母」 2021年4月24日

毎日「ここはどこ」「貴方はだれ」と言う母。母は86歳認知症である。1年前から一人でぶつぶつ話をしている。相手がいるらしく「そうだね」「そうだよ」と相槌を打つ。しかしその話をよく聞いてみるとあまりに正確で驚く。私は「不思議な国のアリス」と呼んでいる。

アリスの世界では母の20歳の頃らしい。どこどこの誰々がどうした。隣のミヨ子さんはどこの家に嫁いで、そこの家には・・がいて 職場は・・で、親戚の・・は誰と誰・・。母の女学校時代のことも話す。前の席の・・さんは・・でとか先生の名前 同級生の名前が出てくる。全て当たっている。

女学校の時英語が得意だったらしく英語も話す。目をつぶり誰か見えない人と話をしている。全て的を得ている。ふっと目をさまし私に言う言葉は「ここはどこ」「家に帰ります」目を覚ますと周りの人は全て初めて会う人らしく不安でいる。目を覚ました時この世界は不安な世界で、目を閉じいろいろな人と語る時が一番幸せな時間なのだと最近気がついた。

母は「不思議な国のアリス」になった時がいちばんの幸せなのかもしれない。私はコロナや不安政治のこの世の中では、母が独り言を言うと安心するようになってしまった。
オヤジのひとりごとです。ご容赦を。


「狸のコロナ太り」          2021年3月31日

狸とは吾輩のことである。小さな店に鎮座「狸」は浜田屋オヤジである。コロナのせいにしてしまうが とにかく今の楽しみと言ったら食べることしかない。金はないが美味い物は食いたい。近所のスーパーに閉店間際にでかける といろいろ安くなっている。しめしめ。こんな生活を繰り返しておった。

昨日医院に薬を貰いに行った。前回の採血の結果を見てお医者様が言われたのです。
「完全・完璧な太りすぎ」「痛風の瀬戸際」「肝臓のオイル漬け」
薬が増えてしまった。ここ数年 体が重いのでスポーツはしなかった。酒の量はほどほどであるがとにかく肉が好きである。

スーパーの見切り特価を見つけてはほくそえんでおったが、これは何とかせねば認知症の母の面倒も見られなくなったら大変である。まだ若いはずと油断していたが 本物のオヤジに半歩突入したと肝に命じるその時が来たと。自分の頭に叩き込んでおこう
オヤジのひとりごとです。ご容赦を。


「白浜の薄磯海岸」          2021年3月11日

車で20分の道のり、町から左右に田んぼを挟んだ道をすぎ小山の上に不思議な大きな池のある。沼の内地区を過ぎると一気に新しい光景が現れる。新しい道路、真新しい300mの丘がある。丘には小さな松の木が等間隔に並んでいる。海抜10メートルの防潮堤である。500m先には観音様のように塩屋崎灯台が見える。左に見える海岸は薄磯海岸である。

子供連れの家族づれ、バイクの若者たち青い綺麗な海辺の光景だ。10年前この地区には海岸に3メートルほどの防波堤があった。海と住宅地は近かった。住宅地の200m後ろは山である。前は海、後ろは山低い防波堤のこの町に5mの津波が来た。昼間は若者は町に働きに行き海辺の町には年寄りが多かった。高台までは遠かった。

私は10年前まで毎週この海に釣りに来ていた。所々に磯があるこの場所は私の恰好の釣り場であった。ヒラメ・イシモチが釣れた。2011年3月11日私はあの時から釣り竿を持たなくなった。釣りをしなくなって10年でも月に一度はこの海に通っている。認知症の母の手を取り新しい防潮堤を歩く。

防潮堤の上から見える海は昔と同じく青くキラキラと素敵な海原を見せてくれている。認知症の母は何もわからないが「母さん海に行こう。」と言うと、うなずいてついてきてくれる。白い砂浜で小学生の姉妹が走っている。お父さんが追いかけお母さんが笑っている。昔に見た光景があった。昔、何があったとしてもみんな海が好きなんです。
私もまた来ます。海に…。

オヤジのひとりごとです。ご容赦を。


「駅ピアノ・街角ピアノ」      2021年3月1日

世界の空港や駅・街角に置かれた自由に弾けるピアノ。NHKのこの番組が始まると仕事の手を休める。一台のピアノが大きなロビーに置かれている。出勤途中の方や通学の学生や夜勤帰りの方が恥ずかしそうに座り弾き始める。自分に語りかけるように嬉しそうに弾いている。

演奏後、言葉が短く流れる。撮影スタッフの質問の声は入らない。演奏した方の素朴な答えがまたよい。
「これから・・の仕事です」
「都会に出て30年・・」
「失業中で・・・」
人それぞれに過去があり夢があり希望が短く語られる。

「私・・・なんです」の言葉でその方の小さな歴史が垣間見える。
騒がしいTV番組が多いこの時代、定点カメラで撮られているピアノから流れる曲は弾く人の人生なんだろうな。私は仕事の手を休め椅子を倒しコーヒーを片手にいろいろな物語を想像する。私は静かなこの番組が好きです。
オヤジのひとりごとです。ご容赦を。


「記憶の中の地震」          2021年2月18日

2月12日深夜11時、母の面倒を見ながら仕事をしていた。「あっ地震」・・あれ、こりゃまずいかも。だんだん揺れが大きくなっていく。酒屋であるからガラス瓶だらけ、ガチャガチャの音がドンドン大きくなり酒がドミノ倒しのように倒れていく。10年前のあの時と同じ光景が目の前に現れた。

不思議に怖くはなかったがバジャン・ガチャンと音がするたび「チクショウ」「チクショウ」と叫んでいた。揺れ具合からこれ以上大きくはならないと変な確信があったが、酒が割れる音がするたび10年前を思い出し「チクショウ」と大声をあげてていた。「チクショウ」は酒の破損ではなく思い出す記憶に言っていた。

母の頭を抱えながら地震が収まるのを待った。テレビではすぐ「津波の心配は無い」と言ってくれた。これで本当に落ち着いた。店の床は酒の海となりガラスが散乱していたがなぜか私ぱ怒りもせず。「どれどれ 仕方ないなぁ、掃除するか」「まず腹ごしらえ」とラーメン食べテレビの緊急放送を他人事のように見ていた。

掃除時間24時間、壊れた酒70本、破損ガラスの重さ50キロ、使用した古新聞500枚。特に悔しくもなく一人で淡々と片付けをした。自分でも不思議なくらい平気だったのはきっと10年前があまりに酷だったからかなのかも知れない。あと20日でまた3月11日が来る。そのほうが今回の地震よりいやだと思っている。
オヤジのひとりごとです。ご容赦を。


「男は度胸 女は愛嬌」       2021年2月9日

男は度胸、女は愛嬌と昔は言った。世を渡るために口下手な男は行動と度胸で女は愛嬌で家庭を守った。生き抜いた。男は女に口ではかなわないことを知っている。洞察力でもかなわない。たまにチラリと出る本音を女性は見逃してはくれない。

体力が不要となったこの時代行動力と度胸で引っ張ることは出来なくなった。どんどん男が弱くなってしまった。いまや「女は・・・だ」と言えは袋叩きにあう。下手にお世辞を言えばセクハラだと言われ、視線が下がればセクハラだと言われ。男にとっては住みにくくなってしまった。

男女平等ではないと言うがバランスではないのだろうか。体力と行動力で勝る男と知恵と機転に言葉で勝る女、一緒に生きていくにはお互いを認め合う事だろうな。あやまっている森元総理を攻める世論にも、菅総理を攻める蓮舫氏にも、なぜそこまで攻めるのだろうと思う。
オヤジのひとりごとです。ご容赦を。


「蓄膿症の手術 昔は拷問」     2021年1月25日

小学校のころ鼻が悪かった。鼻をかむにテッシュはない花紙または新聞紙である。学校の成績が悪いのは鼻が悪く酸素が脳に届かないからだなどとまことしやかに言われ、13歳の身にて田舎の耳鼻科で手術を受けることになってしまった。

言われるまま手術台にあがり受けたのだがオカルト映画か地獄の絵図そのままの手術。ノミと金槌が覆いかぶさってきた。いまでも思い出すだけで背筋が寒くなる。昔の手術とはまさに「拷問」であった。術後は顔が腫れあがりタコ八郎そのままであった。

さらなる恐怖は包帯換への時である。鼻の奥にくっついたガーゼを一気にはがす。アーともウゥともつかない声と涙が止まらない。そんな苦行を乗り越えたからかいまは鼻の通りは悪いが鼻づまりが無い。あれから48年いまマスクをしなければならないご時世になってしまい、息を鼻半分、口半分でしている身にはマスクは苦しい。

何十年も忘れていた鼻の通りの悪さ13歳の夏の手術台の恐怖体験をコロナのせいで思いだしてしまった。マスクしなくてよい時が早く早く来ることを願うばかりです。
オヤジのひとりごとです。


「今年は酒を仕込みません」     2021年1月13日

「ウラメシヤ~」です。オヤジの地元の銘酒「又兵衛さん」から残念な連絡が入りました。「今年は酒を仕込みませんでした」
えーーー(~_~;) と言う事は、あの絶品「幻の平さん吟醸生」もあのウメェ〜「しぼりたて原酒」も楽しみにしている「いろりばた」も今年は発売されない(@_@;)

誰よりも地元の酒を愛してやまないオレにとってあの「しぼりたて」が飲めない。酒を仕込まないから「又兵衛の酒粕」もない。ないない尽くしです。自社杜氏さんのいる酒蔵は量を減らしても酒を造れるが、杜氏さんを呼んで4ヶ月寝泊まりして造っていただくが又兵衛さんはそうはいかない。

寂しい限りです。何もない田舎町で唯一の観光拠点スパリゾートハワイアンズも閑古鳥鳴いていると言う。海辺の魚市場も観光客さんいないと言う。これは本当に「やばい」菅総理!国民みんな腕組みして首倒してますよ。

安部さんも口八丁の妖怪だったが、菅さんは見えない見えない座敷童子のようだ。原稿朗読「ガースー」にリーダーを感じず不安だけが増してくる。コロナも菅さんもどちらも困ったものだと思う。日本の緊急事態宣言とはこんなものなのか。

有事が起きた時もきっと「みなさんこんにちは、ガースーです」「専門家の意見を聞き最善な手を考えます」「皆様には命を守るご協力お願いします」となるんだろうなぁ。不安だけが増してくるこの冬。春が待ち遠しい。ああ「ウラメシヤァ~」

オヤジのひとりごとです。
お目を汚してしまいました。すみません。


「本当に困った」            2021年1月7日

正月に1人で店番をしていたら電話が鳴った。がんばっている小さな酒造メーカーさんの専務さん。飲食店と地元の酒屋さんに卸ている。大都市の居酒屋さんにも納めているが「本当に困った」と、飲食店さんへ12月に納品がない。大都市ほど注文が無い。

実は美味い日本酒の半分は飲食店さんが使っている。酒の席がコロナで奪われている。居酒屋さんは死活問題だがその後ろにいる酒蔵、漁師、畜産、農家も困っている。ではこれは突然起きたことなのかと言うとそうではない数か月、半年前に想像がついていた。

毎日入ってくる海外の情報を見ていたら想像がつく。冬になれば拡大することもわかってた。知っていたのに準備ができない。まるでうちのバカ息子のようだ。日本人の欠点に困ったときにはお上が何とかしてくれるという意識がどうしてもある。

でもそのお上は後出しジャンケンばかりしている。それでもまたお上に頼ってしまう。私たち自分でできることもっとあるはず戦後も震災も乗り越えてきた。かならずこの窮地も乗り越えられる。皆で頑張ろう。
オヤジのひとりごとです。


ここまで 読んでいただきありがとうございました。
ひきつづき、お買い物をお楽しみください。
※誤字・脱字ご容赦              店主 佐藤哲也


2021 2020 2019