オヤジ徒然 2022年

福島県で頑張っています、店主の佐藤哲也と申します。
この度はご注文 本当に有難うございます。心から感謝申し上げます。以下、オヤジのひとり言です。ご容赦

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「ポンコツオヤジ」        2022年5月17日

とにかく最近体がポンコツになってきた。昔は熱が出ようが腹が痛もうが一晩寝れば治ったものでした。二日たっても三日たってもよくなる気配を感じない。

面倒と思いながらお医者様へ行くが口裏合わせたかのように「薬だしておきます」のお言葉。内科は2件、耳鼻科・整形外科・最近泌尿器科も増え。薬の量が半端ではない。テレビで思わず買ってしまったサプリも足すと毎朝15個もの薬を飯のように飲んでいる。

まだ60そこそこ、まだポンコツにはしたくはない。気持ちは30歳40歳の時と同じであるが、食欲やその他の欲は少しずつ減っているのも実感。いままでトンカツはロースの厚切り飯は大盛り何を食べるにも早食いであった。

「カレーは飲み物」と言う意見にうなずいていたが、最近の私は食事は野菜から米もよく噛んで食べる。早寝早起きラジオ体操。酒は控えて1合までにとしております。
世の中の幸せ「平穏無地」が一番我が身も「平穏無事」目指してまいります。
オヤジのひとりごとです。


「井上陽水の声」        2022年4月21日

初めて井上陽水を聞いたのは中学生の時いまから40年も前、友人が「これ聞いてみて」とレコードを貸してくれた。「心もよう」のシングルレコードだった。ステレオとは程遠い卓上におくプレーヤー、針を乗せ流れてきた曲に最初はなぜ友人がわざわざ私に聞いてほしいと持ってきた意味が解らなかった。

それも失礼と思い2回3回と聞いていると出だしの「ドドド・・さみしさのつれづれに・・」にいままで感じたことのない自分の心の動きに驚いた。この変な旋律と澄んだ声にはまってしまった。「どっぷり陽水」の出来上がりである。

田舎ではラジオとレコードでしか聞くことができない井上陽水LP「もどり道」「センチメンタル」「氷の世界」を買ったやすもののギターをなんとかお年玉をためて買い陽水の曲を覚え、人気のいない倉庫で弾いて歌った。どこをどうやってもあの声にならないがいつぞやCMで陽水が言った「皆さんお元気ですか」をまねたら友人が「そっくり」と言ってくれた。

てれたが嬉しかった。ありころから40年ずっと聞いている。1980年ころの井上陽水の曲ばかり聞いている。「帰れない2人」「能古島の片思い」「傘が無い」などなかでも「傘が無い」は私の中では名曲である。店を閉めてから無観客一人ライブを行うが「傘が無い」は定番曲でありアンコール曲でもある。
ちなみに今の私は「傘はある」が「金はない」である。
オヤジのひとりごとです。


「テレビのスイッチ」      2022年4月8日

1970年ころのテレビはリモコンはなく、選局するにはテレビの右下の丸い盤をガチャガチャンと回すのだ。ガチャポンのように。地方ではテレビ局はNHKとローカル1局か2局、人気番組となると銭湯から人が消えると言うからものすごい視聴率だったろう。

そしてテレビからの情報は全て真実というのが常であった。ドラマの悪役やプロレスの悪役などは本当の悪党と思い込み、道を歩いていても石を投げられたという話もあったらしい。

ド庶民はテレビは嘘つかねえし、ましてや国が庶民に嘘つくなんてまっく考えもしていないのだから、お国や新聞やテレビや地元の代議士さんを信じるのが当たり前であった。何も情報の無い時代では仕方のないことかもしれない。

いまは逆にネット テレビ SNSなど情報多すぎです。今思えば昔のニュース・事件・発表間違いだらけでした。これもプロパガンダの端くれだったんだと思います。ド庶民はド庶民なりに時代の風に流されながら、テレビやお偉いさんの言葉を疑いながら真実と信じ込み、言えない文句をぐっとこらえて生きてきた。

それが我が身を守る道と信じて。 「庶民はつらいね」
※最近やっとプロパ・・・の意味がわかったオヤジ記す


「ウクライナ」         2022年3月23日

どうしてだろうな、なんでだろうないつもいつもニュースを見るたび思う。昔の日本もそうだった。しかし今の時代あるはずがないと思っている。何万人もの命と引き換えがどんな理由 正当化であろうが許されるはずがない。

ほんの数人の意思が何万人何千万人を不幸にするこれが成り立ってしまう。人間の沙我、襲われたら立ち向うこれが当たり前かもしれないが、襲われたら逃げるも当たり前でありたい。

人の考えは違って当たり前だが命は1つしかないのは同じ。主義主張で人を殺す、そんな理屈があるはずがない。面子はいらない未来を担う子供の為なら卑怯者 臆病物 裏切り者と呼ばれても俺はそうする。気分を悪くされた方がいるでしょう。謝ります。
オヤジのひとりごとです。


「鶴瓶の家族に乾杯」       2022年3月10日

もう25年やってるNHKのバラエティー。丁度 店を閉め、晩御飯の時間帯のTV8時ごろテレビをつけると民放はこれでもかというくらい「うるさい」。お笑いかグルメかクイズか歌と相場が決まっていて、うるさくてかなわない。

チャンネルぐるぐる回して結局NHKになってしまう。鶴瓶さんはすごいなどんどん知らない人の心の中に入っていく。みんな嬉しそうにしている。乱暴で命令調に聞こえる口調なのにみんな心を開き笑顔になっていく。俺もこうなりたいな、なれたらいいなと思いながらいつも見ています。

以前 吉幾三さんと話して後日頂いた書に「幸せは与えてるもの」「自分の幸せは少しでいいよ」と書かれていた。幸せとは人をどれだけ幸せにしたかなんだ。自分だけが楽しんだって楽しくない。自分だけが幸せになったって幸せじゃない。

人を不幸にしての幸せは絶対ない。そう思うニュースがまた流れています。皆 笑顔がいいですよね。世界の幸せを祈念いたします。
オヤジのひとりごとです。


「嘘だらけの世の中」       2022年3月2日

ホモサピエンスとはラテン語で「賢い人」という意味です。何万年も前のご先祖が「賢い人」であるならいまの人類はなんだろうね。嘘はつくは争いや戦争をするは。国家だ政治だ主権だ権利だと偉そうなこと立派なことを言いながらまったく「賢くない」。

人、ひとりひとりは皆心優しくいい人のはずだが何千年たっても嘘ついて争いし続けているじゃないか。人の言葉の半分は「嘘」だと言った学者がいたがそれは本当かもしれないですね。国家や政府の言葉はもっと嘘が多いかもしれない。

「※※の真実」なんて何十年もたってから出てくるのは政府により隠された事実がこんな後から出てきては嘘だらけの社会の中で生活しているのかと思ってしまいます。俺たちの大昔の先祖様も悲しんでいるだろうなぁ。

とにかくコロナでも紛争でも後から「※※は本当は※※だった」なんてないことを祈っております。みんな幸せに暮らせますように。人類皆兄弟だといいですね。
オヤジのひとりごとです。


「オヤジの新資本論」        2022年2月16日

「利益」とは何かと聞くと企業と言われる方々は金(マネー)だと答える、利益に「ご」をつけて何と読む?ご利益(ごりやく)ですね。自分だけの力だけではない結果がでたとき「神様のご利益」があったそう思ったこといままで何回かあったろう。

敬語を付けるだけで意味が変わることはない。利益は神様のご加護であることは太古の昔からです。お金が沢山積んであります。沢山取ろうと手ひらを大きく広げ掴もうとするとたいしてつかめないものです。手のひらを上に向けて手のひらにお金を乗せてもらえば何倍もお金が手の上に乗るんです。

手のひらを上に向けると動作はやっているようであまりやっていない。やってごらん。感謝する心が芽生えるだろ。そこから得られる恩恵が「利益」つまり「ご利益」なんだよ。いつもそう思っております。感謝の気持ちなくて利益はありません。お金の流れだけを追いかけた現代の資本論は崩壊します。
マルクスに怒られそうなオヤジのつぶやき。


「世の中捨てたもんじゃねえはず」 2022年2月8日

コロナに翻弄されて3年目に突入。いろいろな業種・仕事がとん挫しているのに、はた目からはさほど社会の中の困窮が見えてこない。何故なんだろう、補償でなんとか持ちこたえているのか。いや、ほんの一部だけのはず。

いままでは事業で売り上げ2割3割落ちたら大赤字になり廃業に追い込まれるの必然だったが、困窮している人や業種が見えなくなってきている。コロナの影響を受け困窮した者たちは社会の中のほんの数パーセントなのだろうか?大方の人達は窮せずなのだろか。

コロナで全部が影響を受け困窮してしまっては立ち直りできないが、大方が大丈夫ならなんらかの受け皿がある、ということで将来が期待できる。東北大震災の時、影響を受けたのは数%の国民だった。私は福島県の人間だがあきらめかけたあの時、多くの励ましを受け今こうしている。

ならば、コロナで影響を受けているのが数%であれば必ず立ち直りできると信じよう。いま困窮している人たちや業種はあるだろうが、必ず新しい道が開けると信じよう。人間やっていてよかった、世の中すてたもんじゃねぇと思えたら最高です。
オヤジのひとりごとです。


「何でもハイハイ戦術の巻」     2022年2月2日

昼夜ひっくり返ってる母につきあい寝不足気味である。早く寝床につかせるために店の閉店時間を30分早くしました。30分早く食事を済ませ寝床に連れて行けばと思案したが、そこは筋金入りの認知症。すぐさま布団から起きて「ここはどこ」「家に帰ります」とそれを5〜6回は繰り返し、やっと就寝時間は午前3時がざら。

本人は歌を歌うは歩き回るは、私を振り回してもしっかり朝7時に起きはデイケアに行っています。送り出した私はそこでぐったり。そんなことを繰り返しておりましたが。最近「何でもハイハイ戦術」に変えたのです。ここは※※だよねと聞かれれば「そうだよ」これは※※か? と聞かれれば「そうだよ」。

全て「そうだよ」に変えたところ母の質問も減りました。認知症には否定をしないのが良いとは聞いていましたが本当です。最近、妻にも「そうだね」と相槌を打つ癖がでてしまいます。するとこちらも穏やかで平和な時間が増えてまいりました。良い副反応です。みなさまどうぞお試しください。
オヤジのひとりごとです。


「オヤジのガキの頃」        2022年1月25日

大人がみんな大きく立派に見えたガキの頃いつも怒られないようにとおとなしくしずかにしていた。5歳の子供の目から見える大人の世界は不思議だった。会う人により顔や言葉が変わりえばってみたりペコペコしていたり。喧や大声は当たり前にあった。理由はわからないがただ自分が偉いんだと言いたいだけと感じていた。大人たちの態度は人によりよくもころころ変わるものだと思った。

大好きな叔父がくると嬉しかった。初めてプリンパフェを御馳走になった。目の前に現れたキラキラガラスのなかにプリンがフルーツとお城を作っていた。生クリームの美味しさに目がひっくり返った。混雑している駅の食堂の外は排気ガスの匂いがしている側溝はドブになり蓋もないところが多い、汚い。ゴミ・タバコの吸い殻は当たり前のように道端に落ちていた。

ヤクザもいる。偉そうに歩く人もいる。粗末な服で何も言わない大人もいる。酒と鶏肉が最高の御馳走の時代。1965年は現在とまったく違う世界だった。田舎では一人暮らしはほとんどなく何人かで暮らしてる。上下関係がありどの場所にもリーダーがいた。金が無くても何もなくてもなんとか暮らせた。清潔でプライバシーがある今の時代もよいのだろうがガキの頃感じたのは「温かい生きる」である。

いまのこの時代どこか「孤独で冷たく」感じる。便利を追求した現在なんでも速くなっている。こまま進んでよいのだろうか。コロナ・地球環境破壊もその反動ではないのかとそんなこと思いながらじゃまなマスクをつけ直しガキの頃を思い出していた。
2022.1月 オヤジのひとりごとです。


「久々の家族勢揃い」        2022年1月13日

うちのバカ息子たちが家を出てから正月も盆も帰らずにおったが30日に突然 次男が帰省大晦日に長男が連絡もなしに帰省してきた。ここ数年家族全員が揃う事もなく息子らがいないのにも慣れてきたところ。突然の帰省あわててしまった。息子たちは友達に会いに行ったのか半分も家にはいなかったが本当に久々に家族が揃って年越しをした。

久々に妻のキーキー声もでて以前の風景がよみがえった。正月とは無事1年を過ごせたことへの感謝の時間年末に来た「喪中欠礼」のハガキで友の死を知り驚きと悲しみで年末を過ごしたが正月は私が1年生きた証でありそれに感謝する時間であろう。今年の年始は風が冷たく強かった。特に大晦日から元旦にかけて寒かった。

うちのバカ息子二人にまとめて会うのは次はいつになることやら。コロナも収まり穏やかな日よりの時にまた家族が揃う事を期待している。毎年のことだが「新年あけましておめでとうございます」この一行を来年も再来年もずっと先まで続けられますように。神様お願いいたします。
2022年 正月 浜田屋オヤジ記


ここまで 読んでいただきありがとうございました。
ひきつづき、お買い物をお楽しみください。
※誤字・脱字ご容赦              店主 佐藤哲也


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