プロローグ
6月初旬、西川産業から1通のメールが届いた。
「アイスランド弾丸ツアー」
添付書類を見ると旅行会社からの旅程表と見積もりで、旅程表は「アイスランド弾丸ツアー」である。弾丸ツアーはないだろうと思いつつも、4泊6日の強行軍でやはりタイトル通りのきつさなのだろうかと不安になる。
今回は、当社で販売している羽毛の宝石と言われる「アイダーダウン」が採れるアイスランドへ原料供給の背景を確認するのと実際に現地を訪れることでお客様により良い商品をお得に届けるための交渉を行うことが目的である。
しかし、3月の東日本大震災に加え、5月には昨年に続きアイスランドで火山が噴火し周辺の空港が閉鎖されるという騒ぎがあったので、決行するかどうか最後の最後まで迷い、最終決定したのは6月に入ってからで、出発日の約10日前であった。
同行者は西川産業布団課から若手で英語が堪能ということで、イギリスにも留学経験のある片山氏が選ばれた。
6月18日 (1日目)
5：00 起床
6：00 自宅を出発
6：20 松茂停留所からバスで関西国際空港へ向かう
9：00 関西国際空港で片山氏と合流
10：55 フィンランド航空で出発 飛行時間10時間15分
今回はフィンランドのヘルシンキとロンドンを経由してアイスランドへ至るルートである。
西へ西へと太陽と追いかけっこをしながらの旅なので、進んでも進んでも、見た目上、実際の時間よりも時間がかかっていないことになる。
関空から10時間以上かけてフィンランドのヘルシンキに到着するがフィンランドの時間は15時過ぎ、実際は10時間以上かかっているものの、時差のお陰で4時間ほどの経過に見えるのである。
機内ではエコノミークラスを利用するが、ほぼ満員で狭くて非常に辛い思いである。
それでも個別のモニターがついていたので、映画を2本見て、本を1冊読み終えながら時間をつぶす。
食事も2度出てきたが、あまり美味しくない。
やっとの思いでヘルシンキ空港に到着したので、ご飯を食べようということになって、ハンバーガーを頼むとこれが高くて16ユーロ、2,000円近くする。（飲み物は更に別料金）
量は非常に多いものの味はこれも今ひとつ。
17：55 3時間弱の乗り換え待ちの後、引き続きフィンランド航空を使用してロンドンへ
19：30 3時間少々の飛行時間で、予定より30分ほど遅れてロンドン ヒースロー空港へ到着
元々、ロンドンでは2時間ほどしか乗り換え時間がなかった上に30分遅れ、しかも第3ターミナルから第1ターミナルへ移動しての乗り換えなので、小走りでの移動となり非常にハード。少し汗をかく。
しかし、結局、乗り換え予定のアイスランド航空便も30分程、遅れたので走った意味はあまりなかった。
21：30 ロンドン ヒースロー空港出発
23：30 アイスランド ケフラヴィーク空港到着
約3時間のフライトを経てアイスランド ケフラヴィーク空港に到着する。
冷戦の終結と共に撤退したが、元々ケフラヴィークにNATO軍の補給基地があったため、国際空港もレイキャネース半島の先に位置するケフラヴィークにあるのである。
空港には現地ガイドが迎えに来ており、ここから更に車で40分かけて首都レイキャビックへ向かう。
空港外へ出ると、深夜にもかかわらず白夜のためまだ明るい。
途中、車外を見ると溶岩地帯が広がり別の星に来たような錯覚に陥る。
また、大規模なアルミニューム製造工場が途中にある。
現在、このアルミニュームがアイスランド最大の輸出品であるとのこと。オーストラリア等からボーキサイトを輸入し、豊富で安価な電力を使って加工したアルミニュームを輸出しているようである。
アイスランドは電力の約70％が水力発電、残りの30％が地熱発電とクリーンエネルギーによる発電の先進国である。
24時過ぎ、アイスランドエアホテルへ到着。
レイキャビックにある国内線空港に隣接したホテルなので、窓から空港が見える。
長い旅の末にたどり着いたが、私にとっての6月18日は33時間あったことになる。乗り物には合計、21時間乗り、家を出てから約27時間かけてやっとホテルに到着したのである。
さすがに疲れ果て、腰も痛くなったので、この日はお風呂にも入らずに就寝。
6月19日 (2日目)
5：30 起床
お風呂の蛇口をひねると温泉が出てくる。
水道水は冷たくて美味しい。
電源は差し込み口が日本と全く形が違うので、フロントでコネクターを借り、インターネットは無線LANがうまくつながったので仕事を始める。
7：00 朝食
7：30 ホテルの周辺を散策
海まで出て貝殻を拾ったり、丘を歩いてウサギに出会ったりする。ウサギは元々いるのではなくペットが野生化したものということ。
非常に空気は美味しく、静かな朝である。
レイキャビックは人口12万人、首都としては世界最北に位置する。
首都としての人口は少なめであるが、全人口が30万人強であることを考えると、アイスランド1の大都市であることには間違いがない。
9：30 出発
本日からのガイドさんは、マユミさん。アイスランド人と結婚し、アイスランドに住んで25年がたつとのこと、既に日本語より、アイスランド語の方が上手いようだ。（アイスランドに正式な姓はない。通常は父親の名前に男ならサン（息子）、女ならドーテル（娘）とつけることで姓のような役割を果たしている）
車は国道1号線を北に向けて走るが、高速道路はなく全て一般道。
しかし、進むにつれて車がほとんどいなくなり、時速100�卻振僂�らいで走っているように思える。
車窓から見る風景はどこも素晴らしく、自然の雄大さを感じる。
景色の良いところで写真を撮ろうと思うが、どこも素晴らしいので、結局はどこで撮影して良いのか分からないほどである。5月まで雪が降っていたということで、氷河以外にもあちらこちらに雪が残っている。
途中で某SF・冒険小説にも出てくる有名な山が遠くに見えるということで写真を撮る。
季節と天候が良いのでこれほどはっきり見えるとのこと。この日の天気は、風が強いが今年に入って1番の天気といって良いほどだということで、私の日頃の行いが良いということが証明される。
約2時間半かけて12時過ぎにとある海岸に立地するH氏のお宅に到着。
H氏は牧場経営をと同時に、アイダーが巣作りする無人島を所有しアイダーダウンの採取、精毛、輸出を行っている。アイダーダウンを採取し、輸出する前に、自宅でアイダーダウンを機械と人手を使い4行程に分けて精毛しているのだが、現場で精毛行程をまず見学する。
第一行程
採取してきた羽毛に100℃程度の熱をかけ、羽毛以外のものを乾燥させて、ふるい落としやすくする。
第二行程
遠心力により大きなゴミをふるい落とす。（3〜4回繰り返す）
第三行程
遠心力とメッシュにより更に細かいゴミをふるい落とす。（ある程度のゴミがなくなるまで）
第四行程
人の手によりネックフェザー等の小さな異物を取り除く
精毛機械は全てアイスランド製で、現在は生産されていないとのこと。
アイダーダウンの製毛行程を見学した後に、H氏の敷地内にある私有の教会を見せていただく。（アイスランド国内で私有の教会はここだけとのこと）
この教会は非常に古い教会で、残っているドアは1460年のものだそうである。
彼の一族が代々守ってきているとのことで、ここで彼ら一族のルーツとアイダーダウンの歴史を聞かせてもらう。
彼の一族は11世紀からこの地域に住んでおり、彼で28代目、デンマーク王室の流れをくみ、この地方の領主的な存在であったとのこと。
いつ頃からアイダーダウンを採取して布団を作り始めたのかはよく分かっていないが、15世紀頃には、デンマーク王室に子供が生まれるとアイダーの羽毛で布団を作り、彼の一族が献上するのが習わしだったようで、それにまつわる当時の話も残っているようである。
教会の見学後、13時半頃から食事。
食事はH氏のお母さん手作りのアイスランド伝統料理。
アイスランドでは子羊の肉、ジャガイモがなんといっても重要な食材である。
H氏には製毛行程の見学中と食事前にブレニヴィンという強いお酒を勧められる。
ブレニヴィンはフーサヴィークという植物で作られるスピリッツであるが、40度を超えるアルコール度数で非常にきつい。他のみんなが一口で飲み干すので、私もこれに倣う。
本来、酒はあまり好きではないが、農場を視察するとほぼ間違いなく、世界中共通でお酒を振る舞われ、おもてなしを断るとしらけてしまうのが分かるので、仕方なく飲むが、2杯もいただくとふらふらである。
おまけに食事の飲み物はワイン。
ゆっくり食事をすませ、酔いも醒めた後、いよいよアイダーの営巣地を視察。
この日は、天気は晴れているものの風が強く、ボートで島には渡れないため、半島側での営巣地を視察する。
アイダーとはケワタガモの一種で、北極海周辺で生息し、希少種のため、アイスランドでは禁猟とされている。
では、その禁猟とされているアイダーの羽毛をどのように採取して、羽毛布団の原料にするかというと、アイスランドでのアイダーの営巣地は非常に寒冷で、草を敷いただけの場所では地面から冷えがあがってくるため、母鳥が自分の胸毛を巣に敷き詰めてその上に卵を産むので、その羽毛をひな鳥が巣立って不要になると人間がいただくということである。
人は希少種であるアイダーが外敵であるワシ、キツネ、ミンクといった動物に襲われないようにこれらを駆除することでアイダーを守り、アイダーと人はこの意味において共生関係にあると言える。
H氏と寒風の吹きすさぶ海岸をアイダーの巣を探して歩くが、なかなか見つけることができない。
今年は寒さが強かったので、アイダーの巣作りが少ないとのこと。
アイダーは20年以上の寿命を持ち、毎年、同じ巣に戻り子育てを行うとのことである。
昨年までに巣作りが確認されている場所にはオレンジ色のペインティングがされているが、どのペインティングの場所にも巣がほとんどない。
丹念に調べて、いくつかの巣作りが終わった跡を見つけた後、抱卵しているアイダーを運良く発見できる。
17時頃、H氏の自宅に戻り、コーヒーをいただきながら話をしてから帰途につく。
19：45 ホテル到着
20時から食事へ向かう。ホテルからレストランまではタクシーで5分程度であるが、14.5クローナ（約1,000円強）で非常に高い。
ガイドのマユミさんによると世界でも有数の物価が高い国らしく、それでも通貨危機の後はクローナ安で日本円との相対的な物価は低くなっているとのこと。
夕飯はシーフードレストラン フーマルフースへ行く。
ロブスターを食べるとのことだったが、出てきてみると車エビ程度の大きさ。アイスランドのロブスターは全て天然とのことで、大きさはこんなもんだということ。
しかし、身だけで、爪が出てこないのはどうしたことか。
21：00 食事を終えホテルに戻る。当然、白夜なので明るい。
仕事をしてから23時に就寝。