Rakuten EXPO 2018

楽天市場出店者やECに関連する多様なビジネスパーソンが一堂に会し、最先端の情報を交換しながら、明日につながる学びを得る「楽天EXPO 2018」。「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート」にある「ジャパン・パビリオン(日本館)」でディレクター(取締役)を務め、現在は「大人の寺子屋 縁かいな」代表である上田比呂志(うえだ・ひろし)氏は、その経験から、ディズニーに見られる「おもてなし」の真髄を紹介してくれます。世界中のゲストを魅了するために行なっている「ディズニーの仕掛け」とは、一体どんなものなのでしょうか。

上田 比呂志 氏
大正時代の老舗料亭に生まれ、幼い頃より家業を手伝い、“おもてなし”のいろはを受け継ぎ育つ。
1982年に大手デパート(株)三越に入社し、同社の社内研修制度で全国の応募者12,000名の中の11人に選出され、フロリダディズニーワールドにて「フェローシッププログラム」に参加。一年間、世界11カ国の人々とディズニーユニバーシティに通いディズニーマネジメントを学ぶ。
帰国後、三越日本橋本店にて企画を担当し、その後、グアム三越社長兼ティファニーブティック支配人、フロリダディズニーワールドエプコットセンターのジャパンパビリオンディレクター(取締役)を歴任する。サラリーマン時代に国内外合わせてのべ2,500名以上の人材育成・マネジメントに従事。
2005年(株)三越を退社後、日本独自の文化であるおもてなし精神やディズニーメソッドを取り入れたコーチングスタイルを確立。
2008年 大人の心と感性を磨く「大人の寺子屋 縁かいな」を設立し、現在は、これまでの経験をもとに、講演・企業研修・執筆・パーソナルコーチング・複数の企業顧問に加え、2020年東京オリンピック、パラリンピックに向けて東京都が主催するおもてなし親善大使育成塾の講師など多岐にわたり精力的に活動中。

【著書】
・ディズニーと三越で学んできた日本人にしかできない「気づかい」の習慣(クロスメディア・パブリッシング)
・料亭、三越、ディズニーを経て学んだ
日本人が知っておきたい心を鍛える習慣(クロスメディア・パブリッシング)
・「気がきく人」の習慣(アスコム)
・部下の心が動くのはどっち? 結果を出すリーダーの選択(ナツメ社)

著書はこちら(楽天ブックス)

ディズニーと日本の知恵に通底するもの

ディズニーには「ディズニー・マジック」という言葉があります。「マジック」というのは「タネ」や「仕掛け」です。人を楽しませるために、ディズニーにはタネも仕掛けもたくさんありました。今日の1時間ではとても伝えきれませんので、その一部を紹介します。

ディズニーは様々な顧客満足度調査で高い評価を獲得しています。例えば、「東京ディズニーランド」の年間来場者数は3,120万人ですが、リピート率が非常に高くなっています。2回以上の方が95%、10回以上の方が60%、30回以上が20%。驚異のリピート率ですよね。30回以上の方は年間パスポートを持っていて、1年間で30回以上来園します。年間30回以上ということは、1年のうち1ヶ月をディズニーで過ごしていただいているということです。すごいですよね。

皆さまも商売をされていてリピーターを獲得したいと考えていると思いますが、「新規顧客がリピーターになる仕組み」と「リピーターがヘビーユーザーになる仕組み」は、実は別のものです。ディズニーはその仕組みを持っているので、新規顧客をリピーターにし、リピーターをヘビーユーザーにすることができるのです。では、どんなことをやっているのか、その一例を見ていきましょう。ディズニーのホスピタリティの基本は「コミュニケーション」になります。これを仕組み化・構造化することにより、お客様に満足度を与えながらヘビーユーザーを育てているのです。

この「コミュニケーション」の中で、最も大切にしているのが「キャスト同士のポジティブ・コミュニケーション」です。デイズニーでは従業員を「キャスト」と呼びます。お客様は「ゲスト」ですね。働いている人が、いかにポジティブで、いかに積極的に働いているか。自分が楽しんで働いていない人は、他人を楽しませることはできないのです。心が潤っていないのに、誰かの心を潤すことは、まずできないと考えていいでしょう。最近、日本でも言われるようになりましたが、「CS(Customer Satisfaction;顧客満足度)」を上げたければ、まず上げるべきは「ES(Employee Satisfaction;従業員満足度)」なのです。

働く人の満足度をいかに上げていくか。私の祖母が言っていた「働くとは傍を楽にすること」という言葉と通じます。日本の古(いにしえ)の知恵というのは、ディズニーが実践していることと通じる部分があります。私は「なるほど」と思いましたね。働く人が満足してくると、いきいきと働くようになりますから、お客様への接客も楽しくなり、その気持ちがお客様に伝わるわけです。

意外と気づいていない「怒る」と「叱る」の違い

コミュニケーションの手法として「サンドイッチ法」というものがあります。これは、誰かに対して何かを指導しなければいけない時の手法です。「指導する」という行為を「褒める」という行動で挟んでいるため、こう呼ばれています。ディズニーでは、このような愛称を使うことが多くあります。人というのは、私も含めて、良い面も悪い面も持っています。良い面ばかりの人はいませんね。であれば、人と接する際は、まずその人の良い面を見てあげて、それから悪い面を指導しようということです。

「君のこういう部分は素晴らしいと思うよ」とまず良い面を褒めます。そこで褒めるだけでなく指導を入れるのです。「でもね、君がディズニーで学んできたことで、ゲストを楽しませるために足りていない部分はないかな?」という形で問いかけます。そして彼自身に考えさせるのです。心理学が多分に作用していますが、人間というのは自分自身の欠点をズバリ指摘されると嫌な気持ちになります。そうならないために、自分自身で気づいてもらうわけです。そして本人が気づいたことを実践させて、私はその様子を見ています。そして実際にゲストに喜んでもらえたら、後で褒めるのです。「ゲストのあの笑顔、最高だったよね。このサービスをこれからもキープしていこう」と。

アプローチで褒めて、指導で本人に考えさせて、クロージングで褒める。そうすると、彼には褒められた印象しか残らないので、モチベーションを維持することができるわけです。指導というものが何を意味するか。怒ったり、叱ったりというイメージが強いですが、当然それだけではありません。指導というのは、「中長期的に見て、その人が良い方向に向かうように、行動変容させること」です。

ディズニーでは、人を行動変容させるために最適なアプローチというものを、心理学や脳科学を駆使して作り上げてしまいます。それがアメリカ企業のやり方です。すると「では、ディズニーでは怒ったり叱ったりすることはないんですか? それはアメリカだから通用する方法じゃないんですか?」と聞かれます。私たちも「叱る」ことはしてました。しかし「怒る」ことはありませんでした。

「怒る」と「叱る」の決定的な違いは何か。「怒る」というのは「感情をぶつける」ことです。感情をぶつけてしまうと、相手も感情を返してくるだけになってしまいます。これは争いにしかなりません。「叱る」は「物事を正す」ことです。お客様に多大な迷惑をかけてしまった場合などは、ビシッと叱らなければなりません。でも、考えてみてください。「叱る」という行為は非常に難しいですよね。

自然と「おもてなし」ができるようになる秘密

「叱る」ということを繰り返していくと、相手は3つの行動パターンを取ります。まず第1のパターンは「叱る人からの逃避」です。「あの人はガミガミと口うるさいから、関わらないでおこう」ということですね。第2のパターンは「自信喪失からの鬱状態」です。叱られ続けると、人は自信を失っていきます。「自信」というのは「自分を信じる」と書きます。自分を信じることができなくなると、人は鬱状態に陥ります。鬱になるのは、圧倒的にこのパターンが多くなっています。第3のパターンは「奮起」です。「叱る」というのは、本来、この反応を引き出すために行いますが、「怒る」という感情を伴った行動になりがちです。

そのため、ディズニーでは「褒める」という行為を主体にしつつ、ここぞという場面で「叱る」という行為を使うようにしています。同じ事柄で叱られるとしても、その叱る人によって、素直に聞けたりイラっとしたりと、反応が異なることがあると思います。この違いは、一体どこから生まれていると思いますか? それは「信頼関係の有無」ですね。信頼している人から叱られると、人は素直に聞くことができます。普段コミュニケーションがない人に捕まえられて、いきなり叱られたら、それはイラッと来ますよね。つまり、この「サンドイッチ法」というのは、「肝心な時に叱るため」にやるものなのです。相手の良い面を理解した上で、今日だけは叱るということです。すると、叱られた方は「この人はいつもは紳士的だけど、今日は叱られた。ということは、よっぽど自分が悪いということだから、気をつけよう」と思うわけです。こうした方法論を、心理学や脳科学を使って整えているところが、ディズニーの凄いところです。「サンドイッチ法」を使うことで、叱る方も、叱られる方も、メンタルが落ちることなく、人間関係が円滑に回っていきます。

つまり、「やる気の法則」というのは、「相手を認める」ところから始まるということです。私は様々な国の人たちをマネジメントしてきましたが、文化が違って、言葉が違って、肌の色が違っていても、褒められて嬉しくない人は誰一人としていませんでした。「相手を認めて、褒めてあげる」ということは、人間としての原理原則なのです。

接客業というのは「人を喜ばせる喜び」がある仕事です。長く接客業に携わって思うのは、この仕事の醍醐味というのは「自分の行動によって、お客様が喜んでくださる」という点にあるということです。それによって、自分の存在意義が明確になります。「自分がいるから、お客様が喜んでくれている」と思うと、そこに感謝が生まれます。すると、もう辞められなくなるんですね。

人は「楽しい」行為は、他人から言われなくても自発的にやります。接客という行為を一度でも「楽しい」と感じてしまうと、黙っていても「おもてなし」をするようになるのです。環境と舞台を整えて、その「楽しい」という経験をさせてあげることで、自然と「おもてなし」をする方向へと導くことができるわけです。

値引きも商品説明も必要としない売り方

ディズニーでは「ゲストとのストーリー・コミュニケーション」ということもやっています。ディズニーも企業ですから、収益を上げてお客様に還元しなくてはなりません。では、ディズニーはどのようにして収益を上げているのでしょうか。

ディズニーでは「儲ける」「収益性を上げる」という面を、あまり全面には押し出していませんね。ディズニーでの収益源として思い浮かぶのは、テーマパークの「入場料収入」だと思いますが、これは収益全体の35%ほどに過ぎません。実は収益の大部分を占めるのが「物販」と「レストラン」からの収入です。ディズニーというの、実は「物売り」なのです。あまりイメージがないですよね。なぜ、「物販」と「レストラン」の収入が高いかというと、ディズニーではディスカウント(値引き)しないからです。そして商品説明もしません。ディスカウントもせず、商品説明もしないのに、自然と物が売れていくわけです。

皆さま、この秘密を知りたいですよね。ディズニーでは、「お客様のニーズを引き出し、自然と物が売れていく仕掛け」があるのです。私は百貨店で働いていましたが、百貨店では商品説明は当たり前、値引きも当たり前でした。ディズニーでは、それと全く逆のことをしているわけです。私はびっくりしました。それでもゲストはそれこそ山のように商品を買っていくわけです。キャストは何をしているかというと、品出しとレジ打ち、そしてお越しになったゲストにお声がけをするだけです。商品説明をすることも、ほとんどありません。

では、何もしないのに商品が売れてしまうのでしょうか? 物販は収益の核ですよ。それが、一見、何もしていないように見えて、次々と売れていくわけです。これは何を意味してるのでしょうか? 例を上げてみましょう。ディズニーには「カリブの海賊(The Pirates of The Caribbean)」*1というアトラクションがあります。楽しまれた方も多いかと思いますが、アトラクションを楽しんで出口を出ると、すぐそこにショップがありますよね。「プーさんのハニーハント(Pooh’s Hunny Hunt)」*2でもそうですよね。

*1 カリブの海賊(The Pirates of The Caribbean) | 世界の各ディズニーパークにあるアトラクション。ウォルト・ディズニー自身が生前、設計に携わった最後のアトラクションとしても知られる。バトーと呼ばれるボート型ライドに乗船し、カリブ海の海賊の抗争と財宝を巡る冒険を体験する。2006年に実写版映画の設定に合わせて、アトラクション内の登場人物に変更が加えられた。

*2 プーさんのハニーハント(Pooh’s Hunny Hunt) | 東京ディズニーランドにあるディズニー映画「くまのプーさん」をテーマにしたライド型アトラクション。蜂蜜を入れる壷である「ハニーポット」を模したライド(乗り物)に乗車し、ディズニーアニメーションの舞台となった「100エーカーの森」を冒険する。

「モノ」が欲しくなるための「コト」づくり

ディズニーと他のテーマパークとの決定的な違いは、ほとんど全てのアトラクションが家族全員で楽しめる「ファミリーエンタテインメント」であるということです。普通、遊園地ではお子様だけが楽しんで、親御さんはその様子を見ています。それで満足しています。ところがディズニーの場合は、大人もアトラクションを楽しんで同じ体験をして、テンションが上がります。そして「いまのアトラクション、楽しかったね!」という話をしながら出口まで来ます。すると、そこにいま楽しんだアトラクションのグッズが売られているわけです。

お客様は、その商品が欲しくて買うわけではありません。楽しかったという思い出をその商品に封印して、いつまでも思い出すために買うのです。タイムカプセルのように、思い出をとどめておくために商品をお持ち帰りになるのです。家に持ち帰って、その商品がリビングルームにあると、「ああ、あの時、楽しかったね」と思い出すことができます。心理学では、これを「アンカリング(Anchoring)」*3と言います。こうして商品を見ることで「また来月、ディズニーに行きたいね」という話になるわけです。

ディズニーでは、物語をつくり、自然と商品を買っていただく仕掛けをし、ご家庭に帰ると商品がリピーターを生み出す、という仕組みになっています。これが「ストーリー・コミュニケーション」と呼ばれるものです。ディズニーはこのコミュニケーションを意図的に行っています。これこそがディズニーの「おもてなし」なのです。「おもてなし」というと接客のことだと思いがちですが、そうではありません。「どのようなストーリーを作るか」というのが、ディズニーにとっての「おもてなし」なのです。このストーリーがたくさんあればあるほど、商品は売れるということが、はっきりとデータに出ています。

旅行でもそうですよね。旅行の思い出が多ければ多いほど、たくさんのお土産を買いたくなりますよね。別名「美術館方式」とも言われています。美術館でも、鑑賞したばかりの絵ハガキなどがあると、つい買ってしまいますよね。あれはハガキが欲しいわけではありませんよね。その時の思い出を留めておくために買うわけです。

少し前までは「モノからコトへ」ということが盛んに言われていましたが、これからの時代がどうなっていくかというと、「コトからモノへ」と変わります。つまり、先に「コト」を作るわけです。その「コト」に意味があれば、皆さまの「モノ」を買っていただけます。他と違う「コト」をつくることにより、その「モノ」にバックボーンができるわけです。

いまの時代、インターネットの発達により、あらゆるものが時間と距離を超えて、瞬時に手に入ります。すると「コトからモノへ」という考え方が必要で、まずどのように「コト」をつくるかが重要になってくるわけです。一見すると必要がないものが、必要になってきます。なぜなら、その人にとっては価値があるからです。これが、ディズニーがやっている、ひとつの「おもてなし」のスタイルです。

ディズニーのショップでは、上から下まで、棚いっぱいに商品を並べます。私がいた百貨店の常識では、一番下まで並べてしまうと商品を取りにくいので、通常は在庫をしまっておくストックボックスにします。では、なぜディズニーでは下まで商品を並べると思いますか? それは、下の方の棚に小さなお子様向けの商品を並べるからです。いつでも、ゲストが喜ぶ商品を、手が届くところに並べておきます。ディズニーでは、ゲストの年代や消費形態を分析して、陳列棚の棚割りを行なっているのです。つまり、自然と売れていく仕組みの裏には、このようなデータ分析による裏付けがあるのです。

*3 アンカリング(Anchoring) | アンカー(錨)と呼ばれる先行情報によって判断が歪められ、アンカーに近づく心理状態のこと。認知バイアスの一つであり、係留とも呼ばれる。