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浅野屋丁稚塾
番頭への道「その66 十二単の名残」

先日の成人式の晴れ着や、パティーなどにお召しいただく着物の 襟元でアクセント的に使われている重ね衿。

これって、何の意味合いで付けられているか知っていますか?

この話をし出すと、平安時代まで遡らねばなりません。

答えは、今日の丁稚塾のタイトルになります。

少し話が逸れますが、黒の留袖の正式な着方は下着と呼ばれる 白の着物と黒の紋付の裾模様の着物を重ねて着ることなんです。

念のためにお話しておきますが、下着は長襦袢とは異なります。

長襦袢を着た上から、下着と留袖を2枚合わせ袖も通した上で 重ねて着るわけです。

当然おはしょりも2枚合わせて始末します。

そうすると、上前の衿のところに下着の白のラインがおはしょり まで細く覗いた形になりますし、袖の振り・裾にチラリと下着が 覗くことになります。

黒留袖の場合、最近は比翼仕立てにすることが多くなりました。

この比翼仕立てと言うのは、衿・袖・裾の本来ですと下着が 見えるところに、さも着ているかのように見せるパーツを縫い 付けた仕立て方になります。

身頃の部分は抜いてありますし、それぞれのパーツが本来ある べき位置に縫い付けてありますから、着付けがしやすいという 利点があります。

ただ、これは本来の姿を簡略化したものになります。

また、デメリットとしては比翼仕立ての場合は一部二重になって いるわけですから畳んだ時に凹凸が大きくなり、用心しないと着物に 変なたたみ癖が付くことになります。

平安時代の十二単は貴族の女性や女官の礼装でした。
それが時代と共に徐々に簡略化され・・・一般人も着るように なり、この流れが進んだと言うことです。

12枚から表地と下着の2枚に・・・
下着を合わせて着ていた時代から、比翼仕立てになり、衿と上前 の衽のみの付け比翼へ・・・・

さらに、一番目立つ部分の衿の部分だけ・・・と言う具合になった訳です。

ですから、改まった席では重ね着の名残として衿だけを重ねる今の 着方が多くなってきたと認識してください。

これも念のため・・・
重ね衿と半衿とは全く違いますから注意してくださいネ。

半衿は上前下前の着物の衿の衿に覗いて見えるもの。
重ね衿は半衿と着物の衿の間に位置し、上前は帯のところまで、 細いラインになって見えている物になります。

そして、着物と重ね衿との色合わせのコツは着物の地色の濃淡で 合わせる方法・着物の挿し色と合わせる方法などが間違いの無い ところですが、更に上級を目指すなら、平安時代に行われていた カラーコーディネイト「色襲」を参考にするのも良いですね。

「色襲」で、検索してみてください。季節の草花をイメージした 色の組み合わせがホームページで紹介されています。

目から鱗が落ちるほど、古人の美意識の高さに驚かされます。

その季節にしか咲かない草花の色の組み合わせは季節感を演出する にはもってこいです。

そんな先人の知恵や知識を参考にして、センスを磨いてくださいネ。

頑張ってください!・・・目指せ 大番頭!!


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