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2007/10


 深まりゆく秋、歌舞伎の世界をちょっと垣間見ませんか。四十八茶、百鼠といって、茶とグレーのバリエーションをとことん楽しんだ江戸時代の人々の感性に出会います。

 さてここで問題です。芝翫、璃寛、路考、梅幸、団十郎といえば何の名前? そう、答えは歌舞伎役者ですね。彼らの名前がそれぞれ色名につながり、芝翫茶(しかんちゃ)、璃寛茶(りかんちゃ)、路考茶(ろこうちゃ)、梅幸茶(ばいこうちゃ)、そして団十郎茶(だんじゅうろうちゃ)として呼ばれています。

 たとえば芝翫茶は、ややくすみのある赤みがかった茶色。希代の名優と讃えられた初代中村芝翫(一七七八〜一八三八)の好む茶色が、芝翫茶として巷に流行しました。璃寛茶は上品な印象が漂う少し緑がかった暗い茶色で、これも美男で人気の高かった初代嵐璃寛(一七六九〜一八二一)が好んだ茶色にちなんで名付けられた色。さらに、路考茶といえばコクのある茶色といった感じで、その名の由来となった王子路考(一七四一〜一七七三)は美貌の女形(おやま、女性役)。その人気ぶりを示すかのように「いっ
そもう 路考が出ると いっそもう」という艶っぽい川柳まであったとか。ちなみに梅幸茶は緑っぽい茶色、団十郎茶は歌舞伎の定式幕にある萌黄、柿、黒の三色のうち、柿色に近いものです。

 当代一流の役者の名を色名に冠するという、何とも粋な感覚。芸能や芸術に磨かれてきた日本人の感性がそこに潜んでいる気がします。

  


浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」第1版第22刷を拠り所としています。
今回の芝翫茶(しかんちゃ)の色味としては、同書のP54をご参照ください。


(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)



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