←前月へ 次月へ→ 

2006/10



 秋の空にさざめく波のようにやさしく広がるいわし雲。夕暮れどきにふと空を見上 げると、雲は淡くてやさしい色に染まっていました。つかのま見入ってしまうその色 は朱鷺色とでもいったらいいでしょうか。それは桃の花の色から幼い女の子を連想す るとすれば、もう少し大人になった女性を感じる風情。サーモンピンクからほんの少 し艶やかさを消した色味といってもいいかもしれません。朱鷺色はその名が示す通り、 鳥の朱鷺(鴇とも書きます)から名づけられた色名。朱鷺は全体がほんのり紅色を感 じる白い羽毛に覆われていますが、とくに風切羽は何とも言えない上品なうすいピン クを呈しています。羽を広げて大空を優美に飛ぶ様を眺めて、いにしえの人たちはこ の色に美しい名を与えたのでしょう。鳥の羽から生まれた美意識は脈々と伝えられ、 今でも女性の和装には欠かせない色の一つになっています。
 ご存じのように1983年、佐渡に残っていた野生の朱鷺はついに日本の空から消えま した。学名をニッポニアニッポン(Nipponia nippon)というぐらいですから、かつ ては日本中で見ることができた鳥で、水田にいる小動物を食べ、日本人の暮らしに深 く関わった存在です。その証の一つとして「日本書記」にも登場するほどです。
 今、大切に飼育されている朱鷺が野生に返されて、秋の夕暮れにとけ込むような色 の翼でゆうゆうと舞う日が来ますように。色を思うこころに再び気づかせてくれます ように…。




浅野屋呉服店では色についてより正確にイメージをお伝えし、また、お客様の 思いにより近い色の感覚を共有させていただくために、小学館刊「色の手帖」 第1版第22刷を拠り所としています。
今回の朱鷺色の色味としては、同書のP4をご参照ください。

(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)
 ←前月へ エッセイTOPへ

 次月へ→