袴腰折敷と秀衡紋椀
袴腰折敷は辻嘉一著「懐石傳書」(婦人画報一九六八年版)にありました写真で知っていて、なんて魅力的な形だろうと思っていました。辻嘉一氏の御紹介で、秀衡椀の高名な蒐集家菅原氏のお蔵(その頃一の関駅近くの橋本旅館にありました)に入れていただいた時、この本歌(おそらく室町時代のもの)がそこにありました。許可を得て私は夢中で寸法をとり、写し作りを御了承いただきました。
寸法は正三角形ではなく、3ヶ所の角切の寸法、その絶妙な寸法のありようを奥田達朗さんに報告し、何としても作りたいと思いました。仙台の富士フィルムの方にお願いしてレントゲンを撮り、木取りのありようを見せて貰ったのもよい思い出です。
今回お見せしているものは、当時の木地を奥田志郎さんが仕上げたものです。これを最初におすすめした所には残念ながら行きませんでしたが、その話を聞いて下さり受け入れて下さったところに買っていただき、ようびに少し残っていたものです。
秀衡椀はご存知の通り三つ椀(飯・汁・向)ですが、作者の奥田達朗さんが蓋付の大椀として作りましたもので、見込みの深さを重視して作りました。寸法もこの折敷にぴったりで、文様は古い秀衡椀の写しです。箔絵の豪華さからあまり日常使いじゃないわねと思われますし、実際にはお雑煮椀などにおすすめしてきたものですが、時にはこうして惣菜と思われるものを盛ってみても「器」の威力が引き立ちます。器というものの一つのたのしみ方かと思います。
店主の私は雑煮椀として、七草粥椀として、あずき粥椀としてたのしみ、三月ひなまつりにはちらし寿司を盛り、七月二十五日には天神祭の汁白天にかいわれ大根をと幾度も使います。
工芸店ようび 店主 真木