漆のものについて
     
明月椀・尚古堂・山本哲|和食器の愉しみ・工芸店ようび
ようびの品物をお求めいただくお客様にぜひ御理解いただきたく思うこと

 ようびは漆本来の塗面の美しさと強さを重んじるために、上塗をした後の磨きを一切ほどこしていません。これは塗立、塗放し又は真塗と言い、塗師にとって一番緊張を強いられる塗り方です。
けれどもこの塗り方は最大限の努力をしても必ず何らかの問題が発生します。塗りむらが見える、朱溜りが出る、空気中の微小な浮遊物がくっついたまま乾く、木の中に含まれている空気が吹き出して塗り面にくぼみが出来る、これらを節(フシ)と云って上塗師は出来る限り注意深く節揚げをする(鳥の羽根の軸先を使って微小なブツブツを取ること)しかしそれには限界があり、完璧にこれを回避することは出来ないのです。その上その日の天候、湿度、気温によって微妙に塗り面の仕上がりが違ったり、縮みという現象が起こったりいたします。しかも日本産のよい漆ほど敏感に反応します。
 何故このような危険を侵しても、この塗り方にこだわるかと申しますと、強くて美しいことが本来のぬりものの姿だからなのです。
そのような難点をなくしてしまうために、全部を一挙に解決する方法があります。呂色磨きです。塗り面をピカピカに磨いて一切の問題をなくしてしまう方法です。
 輪島漆器組合の公式文書にはこう書かれています。

【呂色研出】
上塗(真塗)を研ぎ炭(桐炭)で先に平坦に研ぎ、漆をすり込み磨きをくり返し行い、鏡のように透明なつやを出す。やわらかな肌を脂で毛すじほどの傷も残さずみがき上げる技術を云う

とあります。
 ぬりものの最上のものとして、技術的に一つの世界を築き上げ、呂色師と云う特別な仕事として成り立って来ました。今も最上のものとしてその世界はあります。
 しかし私は塗り物とはそんなものではないと考えています。ビカビカに磨き上げられ少しの傷も許さないぬりものは本統のものではないと思います。飾りものではない日常の器として、そんなものはお客様にお渡ししたくはないのです。
 まして今は高分子化学によるミクロ単位のみがき粉が出来、それほど高度の技術がなくても磨くことが出来ることになり、商品の殆んどが磨かれたものになり、この呂色の表面は漆の艶として受け入れられていきました。すべてのトラブルが消えてしまうという商業的進化をとげたのです。
 しかしこのような本来の美しさややさしさから離れたものを見るのは悲しいことなのです。漆の世界にとって深い深い病根のようにさえ思えるのです。
 暈がかかったようなモワッとした美しい塗り面、刷毛が通った後の朱溜まりムラの美しさ(漆よりも朱の方が重いため起る現象です)そんな人間の手の跡がぬりもののやさしさであり、価値なのだと思うのです。ピカピカで均一で何のトラブルもないもの、こんなものは私にとって何の魅力もないもので、お客様にお渡しすることは出来ないのです。

工芸店ようび 店主 真木
ようびの漆器のお取り扱いについて→お椀