Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.9

いつもと違う様子

私は自宅でほぼ真っ白なPC画面を睨みつけている。

アルバイト募集の張り紙の制作は、遅々として進まなかった。

いつもならサクサクと進められそうな内容なのに、何故か途中で手が止まってしまう。

(スタンドに新しいアルバイトが来るのが嫌なの…?)

今の3人での心地よいスタイルを崩されるような気がするから?

…だとしたら、幼稚すぎる。

まるで駄々をこねる子どものような自分に、ぐったりと辟易する。

(違う、理由はそれだけじゃない)

できれば将来自分もお店を出したいとか、コーヒー業界で頑張りたい人がいいな。

そういう人の方が私たちも刺激になるし、任せられるようになるまでが速いから。

私は心の奥底に沈殿する直実さんの言葉を思い出す。

(私はそういう人にはなれない…)

もし直実さんが希望するような人材が現れたら、私は今まで通りboar's coffeeで笑顔で振舞えるだろうか。

そんな人を前にして私が思うのはきっと ―― 劣等感や、嫉妬。

(でも、仕事は仕事なんだから、やらないと)

私は頭の中に浮かび上がる嫌な予感から目を背けて、もう一度PC画面に向き合った。

張り紙がなかなか仕上がらないことをご主人と直実さんには謝りつつ、土日になるとboar's coffeeに通っていた。

ここで接客をしていると、心が和む。

私が直接会えるのは土日にやってくる常連さんだけだけど、みんな気さくで良い人だし、このスタンドに通って一息つくことが生活の一部になっている人ばかりで気が合った。

「ドリップ1杯、ラテ1杯、お願いします!」

ご夫婦の常連さんのオーダーを直実さんに伝え、会計をしてもらう間に次のお客さんの注文を聞く。

「あがったよー」

ご主人がドリンクが出来上がったことを知らせてくれたので取りに行くと、そこには2杯のドリップコーヒーが用意されていた。

「あれ? 確かドリップ1、ラテ1だったと思いますけど…」

「え、ほんと?」

ご主人が直実さんから渡されたオーダー票を見てみると、そこにはドリップ2と記載されていた。

「ちょっと待ってね」

ご主人はそう言い残し、別の常連さんと話している直実さんに確認しに行く。

「あれ!? やだ、ごめんなさい!」

直実さんはすぐにオーダーを間違えてご主人に伝えたことに気が付いたようで、注文したご夫婦のもとに駆け寄って詫びを入れていた。

「珍しいですね、直実さん」

と、私は既にドリンクを作り直し始めているご主人に話しかけた。

「そうだねぇ、珍しいねぇ」

ご主人はラテ用の豆をミルで挽きつつ、視線を上げずにそう言った。

夕方4時ごろ、土日のピークを越えて、閉店まであと1時間だ。

いつもならお客が途切れた合間に閉店作業を進めている直実さんが、珍しくスタンド内に置かれたスツールに腰掛けていた。

「直実さん、大丈夫ですか?」

疲れたのだろうか?

今日は珍しくオーダーミスもしていたし、私は彼女のいつもと違う様子が気になった。

「悠ちゃん、ごめんね。違うの、ちょっと考え事をしちゃってただけ」

「…そうですか」

そう言いつつ直実さんは立ち上がっていつもの作業に戻ったけれど、やはりその表情は少し浮かないような気がした。

(忙しくなって、疲れてるのかな)

だとしたら、アルバイト募集の張り紙は早急に作らなければならない。

私は頭の中で張り紙制作作業のシミュレーションをしつつ、その日は閉店までスタンドを手伝った。

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今宵の作業も、この灯りの下で

Reactor desk-arm light

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