Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.10

悠の違和感

直実さんのぼんやりした様子は、その頃から日に日に目立つようになっていった。

本人もそれを自覚しているのか、お客さんがいる前ではいつもの直実さんで、この間のようなオーダーミスをすることはなかった。

それでも、お客さんが途切れた合間合間や閉店後にはぼーっとしていることが多く、もともと少しでも時間があれば新商品の試作をしたりスタンドの内外を掃除したりと細々と動き回る人だったから、私は心配でならなかった。

「直実さん、疲れてるんでしょうか?」

折に触れてご主人にそう尋ねてみたけれど、明確な答えは返ってこなかった。

アルバイト募集の張り紙がようやく完成したので、終業後にスタンドを尋ねてみることにした。いつもなら家に直行する時間だけど、口実を作って直実さんの様子を確認したかった。

スタンドには閉店を示すシャッターが降りていたけれど、シャッター脇の扉の窓から灯りが漏れていたので中に誰かいることは明らかだった。

「こんばんは」

扉をノックしながら呼びかけてみると、中から直実さんが顔を出してくれた。

「悠ちゃん!」

私は彼女の表情を見て、心の中で胸をなでおろした。その表情は、私がまだいちお客としてboar's coffeeに通っていたころに見ていた、少女のような輝く笑顔そのものだったからだ。よかった、ちょっと疲れていただけで、もう元の直実さんに戻ったのかもしれない。

「どうしたの? 何か御用?」

「アルバイト募集の張り紙が完成したので、持って来ました。遅くなって申し訳ありません」

そう言いながら差し出すと、直実さんは「週末で良かったのに!わざわざありがとうね」と言いながら内容を確認する。

「うん、うん。必要な情報は全て載っているし、デザインも可愛くて素敵。これ、明日の朝貼っておくね」

「よろしくお願いします。あの…」

「悠ちゃん、明日も仕事でしょう? 遅くに寄ってくれてありがとうね。気を付けて帰ってね。私はもう少し仕事していくわ」

―― バタン。

「…え?」

閉められてしまった扉を前に、私は立ち尽くしていた。

扉の上に取り付けられたストリングライトが、冷たく光っている。

(あれ? なんか…、なんだか…)

今、何が起きたのだろう。

いつも通りの直実さんだった。遅い時間にも関わらず、元気そうな笑顔を見せてくれた。アルバイト募集の張り紙も喜んでもらえた。気遣いの言葉も、いつもの彼女らしかった。

(だけど…だけど…。なんだろうこれは)

私は自分の胸の中に留まる感情を言い表す言葉を探した。

(…違和感)

そうだ、違和感だ。

いつもの彼女ならば、きっと扉を大きく開いて中に招き入れてくれるだろう。

仕事帰りの私のことを気遣いつつも頭の中はお店のことでいっぱいで、試作品の味見をして欲しいだの、来月はこんな季節のキャンペーンをしてみようだの、興奮しながら語ってくれる。そこに、まあまあ落ち着いてといった様子で、ご主人がコーヒーを差し出してくれるのだ。

そうやって、和やかだけれど刺激的な時間を積み重ねながら、私たちはboar's coffeeを良い店にしてきたのだ。

(私にはまだ話せない内容の仕事だったのかな…)

そんなものがあるとは今までの経験上思えなかったけれど、きっと何か致し方ないわけがあるのだろうと自分に言い聞かせながら、まだ肌寒さが残る家路を急いだ。

アルバイト募集の張り紙は翌日早速直実さんによって張り出され、数日のうちにすぐに応募が集まった。仕事の速い直実さんによってすぐ面接が行われ、1人の採用が決まったのは、ものの1週間後のことだった。

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夜の空間を彩るあかり

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