episode.7
新しい日々
次の休日、早速私はショップカードのイラスト画を持って、boar's coffeeに赴いた。
ノートにラフに描いただけのものだったけれど直実さんもご主人もいたく喜んでくれて、是非店で使わせてほしいと申し出てくれた。
「やらなきゃと思ってたんだけど、全然手が付けられなくて…。
近々デザイナーさんにお願いしようかと話してたところだったの!」
直実さんの喜びようはまるでプレゼントをもらった小さな子どものようで、大好きな人たちに自分の得意なことで喜んでもらえることの幸せをしみじみと感じたところで、私は胸の高鳴りをなんとか抑えながら切り出した。
「直実さん、もしよかったら、今後もお店のお手伝いをさせてもらえませんか?」
「…え?」
直実さんはポカンとしている。ご主人も、作業の手を止めて私のほうを見ていた。
心臓がドキドキと大きな音を立てている。
私が肩で息をしていることに気が付いたのか、ご主人がそっとコーヒーを差し出してくれた。
「直実さんとお食事して、私すごく考えて、悩みました。今の私の心のモヤモヤは何なんだろうって…。
毎日に大きな不満はないし、やりたかった仕事もできてるのに、なんでこんなに気分が晴れないんだろうって」
直実さんとご主人は真剣な顔をして聞いてくれている。
「私、どんな自分になりたいかを見失っているんだと思います。今も悪くないし、別にこのままでいいかってどこか現状維持になっていて…。
これからどんな人になっていきたいか、どんな場所でどんな人たちとどんな仕事をしたいか、以前はすごく考えていたのに、いつの間にかそういうことを考えることすら辞めちゃってたんです」
一気にまくし立てるように話してしまって、私は軽く息切れする。コーヒーを一口飲んで、なんとか早鐘を打つ心臓をなだめた。
「悠ちゃん、すごいよ。よく考えてくれたんだね、とっても嬉しい」
直実さんは優しい目でそう言ってくれた。
「悠ちゃんがお店を手伝ってくれたら、こんなに頼もしいことはないよ。是非お願いしたいな。ね?」
直実さんがご主人に同意を求めると、ご主人もこくりと頷く。
「じゃあ…」
「そうと決まれば早速仕事仕事!
まずはショップカードのデザインから検討しましょう!」
直実さんのさすがの動きの速さに、私はつい笑ってしまう。
ご主人も私と目を合わせて、こういうやつなんだよ、とでも言うようにニヤリと笑った。
壁の時計の振り子が静かに揺れている。ふと見上げると、いつの間にか日付が変わってしまっていた。
あの日以来、土日のどちらかはスタンドで接客や商品開発のお手伝いをする日々が始まった。幸い私の会社は副業を禁じてはいなかったので、会社には今までどおり勤務しながら平日の夜にboar's coffee関連のデザイン作業を進めている。
今日は木曜日。週後半の疲れを感じつつも、私は新商品のパッケージデザインに没頭している。往復する時計の振り子に励まされ、私の中には確かな熱が宿っているようだ。
スタンドの仕事は山のようにあって常に寝不足気味だ。特に本業が忙しい時期にはやることが多すぎて頭がパンクする。だけど私はちっとも辛くなかった。
だって、こんな感覚は久しぶりだったのだ。
毎日がワクワクする感じ、大好きな人たちと同じ目標を共有する感じ。
大人になってからひとつひとつ零れ落ちていったそんな感覚に、私は夢中になっていた。