Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.2

新たな出会い

ここ最近の休日は、近所にできたコーヒースタンド・boar's coffeeに通うことが専らルーティンになった。

溜まった家事を片付けて、ゴミ捨てついでに外に出て、今日もコーヒーを買いに冬空の下を歩く。

「悠ちゃん、こんにちは。今日は何にする?」

スタンドのご夫婦は、私のことを覚えてくれたようだ。

”いらっしゃいませ”ではなく”こんにちは”と出迎えてくれて、”悠ちゃん”と呼んでくれる。優しい叔父叔母がいる親せきの家に遊びにきたような感覚が少しくすぐったいけれど、心が温かくなる。

私よりひと回りほど年上であろうその夫婦は、いつも穏やかな雰囲気で、ご主人が淹れてくれるコーヒーは私が今までに飲んだどのコーヒーよりも美味しい。

「寒いから、ラテで」

オーダーすると、奥さんが「はぁい」と答え、ご主人はお客と目を合わせてコクリと頷く。そのタイミングがいつもほぼ同時で、この夫婦の阿吽の呼吸を見られるのもこのスタンドの醍醐味だ。

季節はほぼ真冬。

晴れ渡った太平洋側特有の青空に、寒さを乗せた風が吹く。

つい最近まで、休日と言えばぐだぐだと家事をして、疲れを取るという名目で寝てばかりだった。それがこんな素敵な休日を過ごせるようになったのは、間違いなくboar's coffeeに出会ったおかげだ。

私はインテリア関連商品を扱うネットショップ専門の小売業を営む会社で、デザイナーとして働いている。デザイナーといってもデザイン業に専念するわけではなく、商品の梱包・発送や在庫管理もするし、お客様から問い合わせがあれば対応する。

社のメンバーがそれぞれ職能を持ちながらも、基本業務は全員で協力して行っていくそのスタイルが私は気に入っている。

全員が協力してよく働く会社だと思う。

だけど、この冬は例年にも増して忙しく、平日は必死にわき目も降らずに働いて、休日は泥のように寝てしまう、といったスタイルが定着してしまっていた。

ご主人が淹れてくれたラテを受け取って、コーヒースタンドの前に置かれているベンチに腰掛ける。スタンドだから客席はないのだけれど、私はここに来るといつも帰りがたくて、こうしてついつい長居をしてしまう。

働くご夫婦や行き交う常連さんを眺めながらゆっくりとラテを飲んで、そろそろ帰ろうか、と立ち上がりかけたとき、客足が途切れたタイミングで奥さんが店内から出てきた。

「悠ちゃん、これ試してみてくれない?」

奥さんが手渡してくれたのは、小さな透明のラッピング袋に包まれた焼き菓子だった。

「これは…、カヌレですか?」

「そう!」

嬉しそうに頷いた奥さんの顔は少し上気していて、まるで少女のようだった。

「お店で出そうと思ってるの。コーヒーに合うように外側はしっかり焦がして、でも中はもっちり食べ応えがあるように…ってイメージで試行錯誤してて。よかったら食べてみて、感想を聞かせてもらえない?」

「…私でいいんですか?」

「もちろん。うちのお店の味をよく知っている人に試してほしいの」

お菓子に詳しいわけでもないのに…と、胸の中を不安がよぎる。

「常連さん皆さんに聞いてみてるの。感じたことをそのまま伝えてもらえたらとっても嬉しいな」

私の心中を見抜いたのか、奥さんがそうフォローしてくれた。

私の反応で全てが決まるわけではないことに安心して(考えてみれば当たり前だ)、私はカヌレを手に帰途についた。

家につくと、ダイニングテーブルの上にカヌレを置いて、窓際のスツールに腰掛けた。カヌレは、3時のおやつに取っておこう。

このスツールは私が考えごとをする時の定位置だ。

私の頭からは、カヌレを渡してくれた時の奥さんの表情が離れなかった。

おそらく40代後半だと思われる彼女だけれど、まるで10代の女の子のようなキラキラした輝きがあった。彼女と同世代の女性で、あんな雰囲気の人には会ったことがない。生きていく上での思い悩みや気苦労、疲れや諦観が、全く感じられないのだ。

(ご主人によほど愛されてるのかなぁ)

そんな浅はかな考えが一瞬浮かんだけれど、そんなわけはない。彼女の爛漫さが世間知らずに育てられたお嬢様のような部類ではないことは、彼女の仕事ぶりを見ていればすぐに分かることだ。

(年齢って、あんな風に重ねられるものなんだな)

それに引き換え私は…と、どこか卑屈になり始めている自分に気が付いて、私は思考を振り払おうとスツールから立ち上がる。

そうだ、そろそろカヌレを食べてみよう。

袋からカヌレを取り出してしばらく眺める。濃い焦げ色が食欲をそそる。一口かじり、咀嚼する。

「…ん?」

予想外の味わいに、私は顔をしかめた。

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考えごとには、スツールを

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