Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.16

私は私の道を歩めるように

ご主人は、私が知らされていなかった直実さんの過去を語ってくれた。

直実さんは昔から”ああいう性格”(ご主人は直実さんの全てを一括りにしてそう表現した)で、職場でのトラブルが絶えなかった。

自分の信念を決して曲げず、やりたいと思ったことはなんとしてもやろうとする彼女の姿勢は組織の中では異分子となった。

彼女が私くらいの年齢の頃体調を崩した原因を、彼女は「働きすぎたから」と言っていたけれど、実際には会社での人間関係の不和から来るストレスの方が大きかったと思う、とご主人は言った。

私はその頃の直実さんを思った。

やりたい仕事をやりたかっただけ。

それだけなのに、どういうわけか会社に行けなくなりベッドに寝ていることしかできない自分がいる。

彼女はどれほどの大きな絶望の中にいただろうか。

「そんなあいつを慕ってくれる人たちもいたんだ」

ご主人のその台詞に、私は心臓がどきっと波打つのを感じた。

「だけど、そういう人たちともあいつはうまくやれなかった」

それはどういう意味だろうと、私の鼓動は速まった。

「彼らは直実の夢に乗っかることで、自分も何か大きな夢を追っているような気持ちになってしまうんだな。

次第に方向性が合わなくなったり、彼らが直実に巻き込まれていたことに気が付いたり、彼らから直実への要求が大きくなりすぎたり…。

そうなってしまうともう終わり、という人間関係を繰り返してきたんだ」

――あなたは期待しすぎよ。

耳の奥に、あの時の直実さんの声が蘇った。

私は”彼ら”だったのだ。

直実さんの夢に乗っかり、あたかも自分自身が成長しているような甘い錯覚を味わい、挙句の果てに直実さんにもっともっと夢を見させてくれと要求した。

なにが、”なりたい自分”だ。

私は自分の蜜のために彼女を傷つけてしまったことを、ただただ恥じた。恥じれば恥じるほど、涙が溢れて止まらなかった。

そんな私には構わず、ご主人は続けた。

「だからboar's coffeeを作った。直実がなるべく摩擦なく生きていくためにね。

不器用なあいつが自分のやりたいことをやるには、この形しか思いつかなかった。

僕と直実の2人の手の届く範囲内で、夢を追っていけばいい。

僕はそう思っていたんだけどね」

「直実さんは、」

私は泣きながらご主人に問いかけた。聞きたいことはたくさんあるのに、涙が止まらない。

「なぜ、私をboar's coffeeに置いてくれたのでしょうか。

そんなに傷ついた過去があって、これ以上そういうことが起こらないようにboar's coffeeを作ったのに、なぜ私と一緒に働こうと思ったのでしょうか。

私が彼女を傷つけてしまうかもしれないのに」

ご主人は腕組みをしてうーん、と唸ると、しばらく答えなかった。

変わらず穏やかに川が流れ、私がようやく泣き止み、日差しが少し強まったころ、ご主人はようやく口を開いた。

「諦めたくなかったんじゃないかな」

「何を…?」

「人間の可能性」

ご主人は空を仰ぎ見た。遠い高い空に、鳥が一羽飛んでいる。

「こんな自分でも、一緒に前を向いて歩んで行ける人がいるかもしれない。

どちらか一方に寄りかかるのではなく、各々が描く未来像を共有しながら協力しあえる人がいるかもしれない。

そんな人となら、もっともっと大きな夢が描けるかもしれない。

そんな自分自身も含めた、人間の持つ力を、あいつはどうしても諦めきれないんだよ」

希望。

私はその2文字が頭に浮かんだ。

苦しい過去を持ちながら、それでも光のある方を見たくなる。

それは直実さんの生命力であり、同時に彼女が持つ傷の深さを物語るものでもあった。

そして彼女が希望を描く相手に、私を選んでくれたということが心の底から嬉しく思った。

「私、直実さんに会いたいです」

気が付いたら、その言葉が口を突いて出てきた。

「会って、ちゃんと謝りたい。

私は直実さんに頼ることで、自分の自信のなさやモヤモヤした気持ちを直視することを避けていたんだと思います。

謝って、たくさん話して、それで私は…」

言葉がうまく出てこなかった。

それで私はどうしたいのだろう?

結局、どうなりたいのだろう?

「私は、私の道を歩めるようになりたいです」

抽象的な言葉だったけれど、それは私の胸の底にすとん、と落ちて収まった。

ご主人はそんな私の様子を見て頷くと、「行こう。直実が待ってる」と言って、立ち上がった。

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疲れた心にそっと寄り添って

Flor

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