Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.13

決別

ご主人がコーヒー器具を洗う手を止めて真っすぐこちらを見ている。

直実さんは何のことを言われているのか分からないといった表情だ。

「…物事には、順番があると思うんです」

思ったより低い声がでてしまってまずい、と思った。

だけど、もうこうなってしまった以上、自分を止めることもできなかった。

「ここ最近、直実さんが何かに一生懸命取り組まれていることは分かっています。それにここは直実さんのお店ですから、直実さんがやりたいようにされたらいいと思います。私にあれこれ口を出す権利はありません」

だけど、と私は一息区切る。

その先の言葉が、うまく出てこない。

「今日はとっても大変でした。…とっても」

私は分かってほしかったんだろう。

人手が足りなくて疲弊してしまったこと。

直実さんが今何に夢中になっているのか知りたいと思っていたこと。

ここ最近ずっと、寂しい思いをしていたこと。

「ごめんね悠ちゃん、だけどね、」

「直実さんは分かってないんです」

彼女の言葉をさえぎって強い声が出た。

だめだ、このままでは言わなくてもいいことまで言ってしまう。

「分かっていない…?」

直実さんの眉が少し寄った。

「何を分かっていないって言うの?」

「…私は、直実さんのようには生きられません」

ご主人が手に持ったままだったコーヒーサーバーを作業台に置く。

こと、と小さい音がした。

「私、ずっと考えてました。直実さんがどんな自分になりたいのって聞いてくれた日から、私はどうなりたいんだろう、どうすれば直実さんや飯島くんのように生きられるんだろうって、ずっとずっと」

直実さんは何も言わずにこっちを見ている。

「だけど、分からないんです。boar's coffeeで働くことにあんなに可能性を感じたのに、今は辛いばかりで、なりたい自分だなんてちっとも見えてこない。直実さんには私みたいな人間の気持ちはきっと分からないんです。だから、」

「悠ちゃん、あなたちょっと休みなさい」

ぴしゃりと言われて、私ははっと息を呑んだ。私と直実さんの視線が冷たく交わる。

「…嫌です」

私は絞り出すように答えた。

「あなたは期待しすぎよ」

その言葉が私の胸をえぐるように刺さった。

「boar's coffeeに…、いや違う。私に、期待しすぎよ」

今まで見たこともないような険しい目をしている直実さんと対峙しながら、私は言われていることの意味が理解できなくて、何も答えられないまま立ち尽くしている。

「大丈夫よ。私もちゃんと土日にはお店にいるようにするし、飯島くんもだいぶ任せられるようになったしね。直近で頼みたいデザインの仕事も特にないから」

…これは突き放されている。

私は今までに感じたことのないような分厚い壁を、直実さんとの間に感じた。

「酷いです。そんな言い方」

それ以上、うまく言葉が出てこなかった。

私はエプロンを外して荷物をまとめ、それ以上何も言わずスタンドを出た。悠さん、と後ろからご主人の声が追ってきたけれど、私は振り向かなかった。

ここ数か月間、私の中に積みあがっていた柔らかくてあたたかいものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。崩れてしまうと、もうそこには何もなかった。

私は心の中に空洞を抱えながら、ひとしきり泣いた。

気が付くと空には月が出ていて、細い三日月がどこまでも冷たく白々しく、あたりを照らしていた。

Story's item

コーヒーのアロマと味を存分に引き出して

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