Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.12

春の日差しと、溢れる不満

「今日もいないんですか?」

自分の声色に不満がにじみ出てしまったような気がして、私ははっと口をつぐむ。だけどご主人は何も意に介さない様子で、「そうだねぇ」とだけ答えた。

直実さんは、ここのところスタンドにいない時間が増えた。

平日は飯島くんが出勤できる日は基本的にご主人と飯島くんに任せているらしく、土日であっても客足が伸びないと予想される日は不在がちだ。しかも今日は飯島くんをお伴に連れていて、私とご主人の2人でお店を回さなければならないとのことだった。

「土日に2人で営業だなんて…」

つい、ぼそりと不満が漏れてしまう。

お店にいない間何をしているのか、私は何となく聞けずにいた。聞きづらい雰囲気が、最近の直実さんにはあった。

悠ちゃんはどうなりたいの?

開店の準備を進めながら、私は初めて直実さんと食事をしたときのことを思い出していた。

あの時、彼女がそう問いかけてくれたから、私はただ繰り返される日常に変化を起こそうと思えたのだ。boar's coffeeを手伝ってみることに光の筋を感じ、それを彼女が受け入れてくれて、私は新しい自分になれるような気がした。

(結局、私は何も変わっていない)

あの時の直実さんの問いかけに、私はいまだに答えられない。

私は何がしたかったんだろう。boar's coffeeでどうなろうとしていたんだろう。

僕は日本のお客さんが海外のコーヒー生産者をもっと身近に感じられるようなお店を作りたいんです。

自分が飲む1杯のコーヒーの裏側にどんなストーリーがあるのかを知れたら、コーヒーはもっと美味しくなるはずだから。

自分の夢についてそう語った飯島くんは、きっと今頃直実さんに目を輝かせながら同行していることだろう。

彼の真っすぐなエネルギーに晒されると、ますます自分がふがいない存在のような気がしてしまう。

「どうぞ、悠さん」

気が付くとすぐ横にご主人が立っていて、朝一番のコーヒーを差し出してくれていた。透き通るような黒さの湯気が立つコーヒーは、朝の光に照らされて輝いて見えた。

「いい天気だねぇ」

自分のコーヒーを口に運びながら、ご主人が空を見る。つられて顔を上げると、そこにはゆったりと雲が流れる春の青空が広がっていた。

こんなにいい天気なのに。

桜は散ってしまったけれど、あたたかさを増した日差しや草花の芽吹きで世界はとっても美しいのに。

「お店、開けようか」

ご主人の言葉にふと我に返ると、開店時間が迫っていた。

私は「はい」と返事をし、今日最初のお客様は誰だろうと気持ちを切り替える。

なんとか2人体制での営業を終えようかという頃、直実さんがスタンドに帰ってきた。飯島くんは直帰させたらしく、1人で現れた彼女は上気した頬をしていて、何やら興奮した様子だった。

彼女のこの表情には見覚えがある。初めて私にカヌレの試食を依頼した時と、同じ顔だ。

「悠ちゃん、今日は突然ごめんね! 忙しかったでしょう」

そう言いつつも、何やら作業の続きがあるらしくスタンドの奥で荷物を広げ始める。

正直、私は疲れていた。

やはり土日に2人でお店を回すのは無理があった。お待たせしてしまったお客様も多かった。

閉店業務はまだまだ残っている。まずはそれを手伝うのが先ではないのかと、強く思った。

「…直実さん」

「なぁにー?」

直美さんは図面のような紙を広げて、そこに視線を落としたままだ。

「順番というものがあるんじゃないでしょうか」

つい、低い声が出てしまった。

直実さんは「え?」と言いながら、ぽかんとした顔でこちらを振り向いた。

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落ち込んだ朝も、このマグから始めよう

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