辻利兵衛本店の歴史
茶選別の風景
茶選りさんが、茶葉を一枚一枚手作業で、赤葉、黄葉、または茎などを茶選唄をうたいながら茶を選っている情緒ある風景
茶ほいろ場の風景
連綿と受け継がれていく宇治茶を守ってきた熟練の茶職人たちが手揉み製法で茶葉の形状を成型していく風景
よく揉み、よく煉ったあと、更に煉焙ろにて煉1868年(明治元年)苦悩10年の末、玉露改良に成功。 玉露改良してからの玉露は茶の中で最も優れたものとして知られることとなる
茶櫃(缶櫃)を考案
1891年 明治24年ごろ 茶櫃の木箱内側にブリキを貼ることで茶の保管状態を良くした新しい茶櫃を考案。これにより宇治茶を高品質のまま販路拡大へと導いた
※茶櫃とは茶葉を保管また運搬するときに使われた入れもの。現在普及されている茶櫃という言葉の意味とは異なる。
当時の利右衛門翁銅像設計 青画面
宇治玉露形状を変化させ玉露を完成させたこと、また茶櫃(缶櫃)を考案したことで宇治茶の歴史に大きく貢献したことを評され1927年(昭和2年)緑綬褒章従六位を賜り1933年(昭和八年)に平等院正門横に銅像が建立される栄誉に至る。
初代利兵衛像と二代目利兵衛
建立の際、初代 利兵衛(晩年利右衛門)である辻仙助の銅像を横に、誇らしげな2代目 利兵衛となった辻恒次郎(利兵衛と改名)

1927年 (昭和2年)8月19日
緑綬褒章を賜る

1927年(昭和2年)8月29日
緑綬褒章拝受日の記念撮影

1927年(昭和2年)8月
“現 利兵衛”(2代目利兵衛)より“利右衛門翁”(初代 利兵衛)へ宛てた手紙を扇子に
銅像建立の際に撮影した親族での記念撮影

1933年 (昭和8年)4月23日
利右衛門翁銅像 地鎮祭

1933年 (昭和8年)9月10日印刷
辻翁傳記

1933年 (昭和8年)9月15日発行
辻翁傳記