インスティンクト・オブ・ザ・デッド
~ 不死の山で感染から身を守れ ~

日本一といえば何を思い浮かべるだろうか。

日本一暑い街、熊谷市。
日本一参拝の多い神社、明治神宮。
それとも日本一の長さと落差と高度を持つジェットコースター、スチールドラゴン2000（ナガシマスパーランド）だろうか。

私を含め、多くの人はこう思うだろう。
日本一といえば霊峰、「富士山」しかない。
最も美しく、神聖で、数多くの芸術作品にも描かれ、信仰の対象として世界遺産にもなったあの富士山だ。

絶望に満ちたこの世界で、日本一の高みに登る。
そこに確かな意味なんてないのはわかっている。ただの自己満足かもしれない。
それでも私は信じるしかなかった。あの日本一の山から浴びる朝日で何かが変わると…

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201X年。世界はある事象（スマートウォッチブーム）に包まれた。

今までのルールや決まりごと（時計とはこうでなければいけないという常識）などなかったかのように。

その事象に感染した人間は、段々と自らの欲求（スマートウォッチが欲しい！）を抑えることができなくなり、理性なく歩き回る怪物（常にスマートウォッチのことを考えていて仕事も手につかないどころかサボってスマートウォッチの情報収集をしだす）と化した。その欲求は留まることを知らない「飢え」（あの機能がほしい！もっと最新の機能が欲しい！という留まることを知らない物欲）を彼らにもたらした。その「飢え」は感染の度合いが進むにつれて、他人すら食い尽くすようになる（他人のスマートウォッチや腕時計をを見つけてはマウントを取ろうとする）恐ろしいものだった。

私は彼らを、欲求を抑えられない欲しがる者という意味で「ウォンター」と呼ぶことにした。人口の多い都市部では、その事象の蔓延するスピードも早く、もはや逃げ道（スマートウォッチを見なかったこと、無いものとして扱うこと）はないだろう。

偏屈と言われること（機械式時計やマニュアル車などの機械LOVE、アンチデジタル）が多い私は、普段から人目を避けるようにアウトドアの世界に逃げ込んでいた。その技術と知識が幸いしたのか、ここまで生き延びてこられた（スマートウォッチをなるべく見ないようにしてきた）。

それも、もうここまでだ。
ちょっとした気の緩みからその事象に私も感染（有名な耐衝撃時計と間違えてインスティンクトを買った）してしまった。 きっと私に残された時間は少ない（このままだとスマートウォッチにハマる）。
少しづつ変わっていってしまう自分をごまかしながら、万に一つもない奇跡（スマートウォッチにハマらない）を、高天原から地上に降りた神に祈りながら、この霊峰に登る。

登山口に到着した。思いのほか、人が多い。ざっと見渡す限り感染者（スマートウォッチユーザー）はいないようだ。 気を抜くとあの恐ろしい欲求（マウントしたい！GPSウォッチだぜ！まずはここでGPSモードONだ！すごいだろ！！こっちを見ろ！）が頭をかすめる。

まだ…まだ大丈夫なはずだ。

「久しぶりじゃないか！」

どこか嬉しそうな声に振り向くと見知った顔があった。学生時代の友人であり、同じ趣味（機械LOVE、アンチデジタル。自分がわからないのを棚に上げてデジタル批判を繰り返す）を共感できる数少ない友人だ。当然ながら彼は感染していない（機械式時計ユーザーで生粋のアナログ派）。

「こんな時にここで会ったのも何かの縁だ。よかったら一緒に行かないか」

ここまでずっと一人だった私には嬉しい誘いだった。
すぐに首を縦に振る。

「ところでお前は…もちろん変わってないよな？」

「…ああ。当然だ」

私はそっと左手を隠した。

しばらく歩くと僅かだが体の変化を感じてきた。
少しずつ変わっていくのが見た目でもわかる。（高度計の数値が上がり心拍数もいつもより高くなっている）念の為、心の準備をしておく必要がある。それまではしっかり自分のペースを守らなくては。

それに対し、友人は焦っているように先を急ぐ。
それ以外では友人の変化は見られないように思う。

徐々に日が落ちていく。予想より早く光が失われているように感じる。
夜は危険だ。

「日暮れが近い。少し急ぐぞ」

少しイラついたような声で友人はペースを上げる。
疲れもあるからか、私の中ではまたあの欲求が鎌首をもたげてくる（まあそのアナログ時計で日の入り時刻がわかるはずもないですよね〜）。

山小屋で仮眠と休憩を取る。
思ったより左手には問題がない。むしろいつもより軽く、違和感もない（質感の良いシリコンバンド、重量約52gは伊達じゃない）。 心配なのは、あとどれぐらいこのまま動いてくれるのかだ。
少しでもエネルギーを節約するために、余計な情報を遮断（GPSモードオフ）し休息に入る。

「いたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃ！」

友人の呻きが聞こえる。頭を押さえうずくまっている。
脱力した手足は腫れ上がり、顔も膨らんでいる。さらに少し嘔吐したのか口の周りも汚れている。眠れなかったのかクマもひどい。

「なんでお前は平気なんだよぉぉぉぉ！」

まるで子供が癇癪を起こすように私に当たり散らす。

こいつ…もしかして……（急性高山病。頭痛、ふらつき感、食欲減退、吐き気と嘔吐、疲労、脱力、易怒性、睡眠障害などがみられます。）。

私はなんとか彼をなだめつけ、眠りにつかせる。

思い返してみれば予兆はあった（急に高度を上げたり過度な運動を行うと発症します。友人は自分の心拍や高度を把握していなかった）。
こいつはもう……（山に登れないな）。

私は非情な決断（友人を山小屋に寝かせて一人で頂上にのぼること）をした。するしかなかったのだ。

仮に今はまだ問題なかったとしても、後に必ず命に関わる危険になる（高山病は症状があるままでさらに高所に登ると高地肺水腫、高地脳浮腫という命に関わる状態まで進行します）。
私だって今後どうなるかわからない（高山病は誰にでも起こる可能性がある）。 ただ私の左手は万全とは言えないが十分なエネルギーが残っている（この時点で7割近くのバッテリー残量）。

もう一度必要な情報を整理する。
もう一緒に登ることができない友人の分まで、せめて私だけでも頂きを目指すことにした（GPSモードON）。

暗闇の中、たくさんの言葉が聞こえる。飛び交う情報に混乱が生じているようだ。
クソッ！疲労感からか一瞬、頭の中が欲求で満たされる（俺は左手を見るだけで日の出時刻、気温、高度全部わかるんだぜ！）。
あと少し、あともう少しなんだ。理性で必死に欲求を振り払う。

そしてとうとう辿り着いた。
頂上だ。



段々と辺りに光が満ちてくる。まるで神が地上に降り立つようだ。
左手は…異常はない。いやむしろ馴染んでいる。まるで自分の体の一部になったようだ（着け心地の良さと軽さで違和感がない）。
しかし、奇跡は起きなかった。



だからはっきり言おう。私は変わった。変わってしまった。
昨日までの人間とは別の生き物だと言ってもいい（機械LOVEから機械もデジタルも万歳！スマートウォッチも最高！！になった）。

見た目はほとんど変わらない。しかし私の変化を知った人間達は、私に攻撃をしてくるだろう（散々デジタル批判をしておきながら手のひらを返したので）。
それでもこの新しい自分（スマートウォッチLOVE）を受け入れて生きていく。

もし、あの友人が隣にいたらなんて言っただろうか…（とりあえずご来光写真はみせてあげよう）。
もう私は迷わない。左手を道しるべに、これからの道を行く（トラックバック機能で辿ったルートと同じルートで帰れます）。