インスティンクト・オブ・ザ・デッド2
~ 新たなる力 ~

月はいい。

絶望に満ちたこの世界でもその美しさ、その力は変わらない。
漆黒の海面に浮かぶ唯一の光、そして水面すら変える圧倒的な力。
だからこそ今でも僕は信じ続けられるのかもしれない。
その満ち欠けによって生まれる変化によって生まれる希望があると…

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僕は孤独だった。
どこへ行っても人と馴染めず、どこか浮いてしまう。
いつも周りに人（偏屈な腕時計機械式マニアたち）が絶えない兄とは正反対だ。兄はまるで独裁者のように仲間達に演説（機械式時計やマニュアル車最高！機械LOVE！デジタルなんてダメ！）をふるっていた。兄はいつも独りな僕にも優しく、よく色々な話（機械がいかに素晴らしいかという洗脳）をしてくれた。

そんな憧れていた。いや正直に言うと羨ましかった。兄になりたかった。
ただ僕に出来たのは兄と同じ土俵に立つために努力することではなく、反対にもっと独りになること（釣り）だった。
そんな僕を慰めてくれるのは夜の海だった。

201X年。世界はある事象（スマートウォッチブーム）に包まれた。

今までのルールや決まりごと（時計とはこうでなければいけないという常識）などなかったかのように。

その事象に感染した人間は、段々と自らの欲求（スマートウォッチが欲しい！）を抑えることができなくなり、理性なく歩き回る怪物（常にスマートウォッチのことを考えていて仕事も手につかないどころかサボってスマートウォッチの情報収集をしだす）と化した。その欲求は留まることを知らない「飢え」（あの機能がほしい！もっと最新の機能が欲しい！という留まることを知らない物欲）を彼らにもたらした。その「飢え」は感染の度合いが進むにつれて、他人すら食い尽くすようになる（他人のスマートウォッチや腕時計をを見つけてはマウントを取ろうとする）恐ろしいものだった。

彼らのことは「ウォンター」呼ぶらしい。
欲求を抑えられない欲しがる者という意味だ。人口の多い都市部では、既にかなりのスピードでその事象は蔓延しもはや逃げ道（スマートウォッチを見なかったこと、無いものとして扱うこと）は残されていないであろう。

きっと兄はこの事象には感染しない。
そして「ウォンター」達を嫌悪するだろう（機械式ラバーズにとってスマートウォッチは正反対のもの）。ある意味では信頼とまで言える確信があった。だからこそ僕はあえてその事象に感染しようと思う（GARMIN instinct tideを買う）。 それによって何かがおかしくなるのは間違いない（兄さんブチ切れるだろうな）。今までの僕というものが変わってしまうのだから（兄の手前、機械式ラバーズのフリをしてきたのにそれを裏切る）。兄とは違って頭の悪い僕がその兄を超えるためには兄が考えつかないことをするしかないと思った。それがどれだけ愚かなことに見えようとも。
僅かな可能性（兄が怒らない）を信じて漆黒の波間に浮かぶ月に祈る。

きっと僕はもう兄に会えない。
もし会ったとしても僕が感染しているとわかったならば、容赦ない攻撃（俺の弟のくせにスマートウォッチなんて！いいか機械式時計ってのはな…以下略）を浴びせてくるだろう。
あの優しかった兄には…もう会えない。

海辺に到着した。ぽつりぽつりと人はいる。ざっと見渡す限り感染者（スマートウォッチユーザー）はいないようだ。僅かな言葉を交わす（先客に挨拶はマナー）も皆一様にうつろげに海面を見つめている（釣りしているので）。あの恐ろしい欲求（マウントしたい！GPSウォッチだぜ！まずはここでGPSモードONだ！すごいだろ！！）が頭をかすめるが幸いなことに我慢は出来る。
僕はまだ大丈夫なはずだ。

一人の男が大声で狂ったように喚き出す。

「いいかぁ結局世の中ってのはなぁ心臓の強いやつが勝つんだぞぉ。この俺みたいになぁ。 ヒャッハハハハッ」

もしやと思って彼の左手を見る。やはり感染している（スマートウォッチユーザー）しかも僕とほとんど同じ症状がでている（同じインスティンクトユーザー）。

「俺はなぁクズみたいなお前らと違って自分の心臓の動きがわかるのさ！(光学式心拍計がついている)これがどういう意味かわかるかぁ？それはなぁ自分の体がどうなっているかよーくわかるってことさぁ。強いやつはここんところをしっっぃいかりコントロールしてる（心拍状態によって適切なトレーニングが出来ます）」

そんなことは僕だってわかっている（光学式心拍計を見てトレーニングしてるし）。

「まあ俺みたいにわかっているやつは稀だがな。ヒャッハハハハッ」

男はさらに続ける。

「これだけ頑強なやつ（MILスペック準拠で耐衝撃、耐熱、防水）は他にいるかぁ。これならどこへ行っても安全だぁ（GPSで現在地を記録、トラックバックモードで記録した位置までナビゲーション可能）ヒャッハハハハッ」

周囲の視線が男に注がれているのも気づかず（釣り場では大声で話すことはマナー違反）自分の欲求に従い続ける男。

あれこそ「ウォンター」だ。感染した人間の成れの果てだ（マウントとって自慢しまくり）。
その哀れな男の顔を、もしかしたら自分の末路かもしれないその男の顔を、頭に焼き付けようと視線を上げてみる。

「兄さん」

思わず言葉が漏れる。幸い大声で話す兄には届いていない。
あの憧れていた兄が。
あれだけ自分を持っていた兄が。
そして感染（スマートウォッチ）とは無縁の人間だと思っていた兄が。

兄は醜い顔でツバを辺りにばらまき続けている（新しいスマートウォッチの自慢が止まらない）。

「これさえあれば怖いものなんかねぇ。ヒャハッ、ヒャッハハハハッ」

悲しみとともに仄暗い喜びが湧き上がってくる。
あれだけ憧れていた兄が。決してこの事象とは無縁だと思っていた兄が。 こんなにも簡単に感染しているとは（偉そうなこといっても便利さには勝てないもんね）。

「ヒャハッ。そろそろ日が昇るぜぇ（日の出、日の入り時刻がわかります）。まだ見えねぇからわからねぇなぁ。たしか機が熟すまで（朝マズメ。魚が良く釣れる時間帯と言われています。）はまだ時間があったはずだぁ。おとなしくしとくんだぜ野郎ども！」

自慢気に語る兄。しかし僕は疑問に思った。
まだ見えない…？そんなことはない。確かに視界は暗い。けれど僕の左手からはしっかりと情報（潮汐情報をグラフで確認出来ます。）が伝わってくる。

まさかっっ！そう思って兄の左手をもう一度確認する。

違う……あの印がない……（TIDE EDITIONは基本色とベゼルとラグもしくはプッシュボタン部とインナーベゼルに相当する部分が青のバイカラー）
あれは……ただの………（通常のインスティンクトだ）

僕は気が付いてしまった。
兄を、あの兄を超えたのだと（TIDEモデルは通常のインスティンクトに比べ潮汐情報が確認出来る機能が追加されています）。 そう思った時、自然と言葉が口から出ていた。

「まだ見えない？何を言っているんですか。左手からしっかりと伝わってくるでしょう？」

「誰だっ！お前は！いや…まさか……」

「そうだよ。兄さん。僕だよ。もう昔の兄さんの姿は見る限りもないですね」

「な…何を言っているんだ…俺は昔と何も変わってないだろう？」

「そうですか。じゃあその左手は何ですか。兄さん」

兄は咄嗟に左腕を背中に回す（いきなりスマートウォッチ好きになったのがちょっと照れくさくて）。

「ッッッ！そういう貴様こそ、その左手は何だッッッ！貴様こそ変わってしまったのじゃないかッッッ！」

「僕はね、兄さん。あなたに憧れていた。あなたになりたかった。だからこそ兄さんのつまらない話にも興味をあるふりをして、同じような格好をしていた。だけど僕は自分を変えたいと思った。兄さんを超えたいと思った。そう思って兄さんとは逆のことをしてみようと思ったんだ」

「何だって…今までのお前の姿はみんな…偽りだったっていうのか…ともに語り合ったあの夜も全部嘘だったっていうのか！」

兄の顔は怒りから絶望に変わる。

「その通りさ。兄さん。ただ、自分の今の姿（スマートウォッチを着けている姿）を見てみなよ。そうやって見下してきた弟の姿とまるで同じ…いやそれ以下だよ！」

「何を言う！少なくとも貴様のものとは変わらないはずだ！」

「さっき兄さんいったよね『まだ見えねぇからわからねぇなぁ』って。僕は違う。僕にはしっかりと見えているんだ（潮目が）！」

そしてゆっくりと息を吸い込み兄に告げる。

「だから…今ここで僕は兄さんを超えたんだ（機能の差で）。」

僕は恍惚の表情で兄を蔑むように見下ろす。きっと兄が僕をそう見ていたように。 だが兄は…兄で微笑んでいた。

「なんだよ…まだ僕を馬鹿にするのか！まだ自分のほうが優れているって言いたいのか！」

「違う、違うぞ。弟よ。俺は…嬉しいんだ。こんな世界になっちまって人々は…いや俺たちは変わっちまった。だけど何も言わなくても結局俺たちは同じ道（スマートウォッチを愛す）を選んだんだってな」

そこには僕が憧れたあの兄の顔があった。

「たしかに少し色は違う。だけど俺達の左手はほとんど同じじゃないか。俺たちはやっぱり兄弟なんだ。多分俺のほうが先（出たばかりの頃に買った）だろう。でも後から（TIDEモデルは最新です）お前はちゃんと、俺を超えてくれた（機能で上回る）ってのも嬉しいんだ」

「兄さん…」

「我々の知る世界は去った。しかし人間性を保てるか（マウティングするか）どうかは…それは選択できる。俺たちに今必要なのは協力（釣りをしたいので）だ。違うか？」

色のない真っ暗闇の世界にいた僕は、その時から世界が輝いて見えるようになった（日の出）。

僕たちの左手はそこから何度も何度も困難な状況にさらされた（潮水に何度も濡れた）。

それでもそこにあったのは笑顔と喜びだけであった（協力してたくさん釣れた）。