Rakuten EXPO 2018

楽天市場出店者やECに関連する多様なビジネスパーソンが一堂に会し、最先端の情報を交換しながら、明日につながる学びを得る「楽天EXPO 2018」。これからのモノづくりにおける視点をご教示頂いたのは「ユニバーサルデザイン総合研究所」所長の赤池 学(あかいけ・まなぶ)氏。ユーザーの心をつかんできた多彩な事例をご紹介頂きながら、これからの企業に求められる「公共性を織り込んだデザイン」や「他にはないユニークな存在であること」の重要性が説かれました。

赤池 学 氏
社会システムデザインを行うシンクタンクを経営し、ソーシャルイノベーションを促す、環境・福祉対応の商品・施設・地域開発を手がける。「生命地域主義」、「千年持続学」、「自然に学ぶものづくり」を提唱し、地域の資源、技術、人材を活用した数多くのものづくりプロジェクトにも参画。科学技術ジャーナリストとして、製造業技術、科学哲学分野を中心とした執筆、評論、講演活動にも取り組み、(社)環境共創イニシアチブ、(社)サービスデザイン推進協議会、(社)CSV開発機構の代表理事も務める。経済産業省 キッズデザイン賞、農林水産省 FOOD ACTION NIPPON AWARD、林野庁 ウッドデザイン賞、環境省 生物多様性ニッポンアワードの審査委員長を歴任し、グッドデザイン賞金賞、JAPAN SHOP SYSTEM AWARD最優秀賞、KU/KAN賞など、産業デザインの分野で数多くの顕彰を受けている。主な著書に、「生物に学ぶイノベーション」(NHK出版新書)、「自然に学ぶものづくり」(東洋経済新報社)、「昆虫力」(小学館)、「ニッポンテクノロジー」(丸善)、「CSV経営」(NTT出版・共著)などがある。

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生活のなかにあるキッズデザインのヒント

冒頭で、「次代のユーザーであるこどもたち、まだ見ぬこどもたちとシェアできるものを考えよう」というのが、ユニバーサルデザインのコンセプトの一つだとお話しました。10年前、僕と仲間が経済産業省と一緒に立ち上げたのが「キッズデザイン協議会」です。こども基準・こども目線で安心安全なものを作る、こどもの創造性を開発する、こどもを生み育てやすい環境づくりに貢献するデザインを浸透させる、ということをテーマに、「キッズデザイン賞」を開催して今年で11年目になりました。

「キッズデザイン賞」の経済産業大臣賞を受賞したフレーベル館さんの事例を紹介します。この会社は保育絵本「キンダーブック」で有名ですが、「キンダーマーカー たふっこ」という画材商品を開発しました。この商品のポイントはキャップにあります。未就学児童の死亡原因を見ていくと、第4位に「キャップなどの誤飲による窒息」が入っています。この会社は、この問題の解決にいち早く着目し、キャップに通気口となる穴を開けました。そうすれば、幼いこどもが誤って飲み込んでしまっても、救急車が来るまで窒息死することはありません。この商品の販売を始めたら、社長も開発担当役員も驚くほどに売れてしまいました。日本中の幼稚園・保育園の多くが、こどもが使うマーカーを「キンダーマーカーたふっこ」にスイッチしたからです。たくさんのこどもたちが誤飲事故で亡くなっていたのに、その解決策をどこのメーカーも出さなかったなかで、いち早くフレーベル館さんが着手したというところに、先行者利益があって然るべきだと思いますね。

「キッズデザイン協議会」のウェブサイトには「キッズデザインの輪」という情報コーナーがあります。ここでは、独立行政法人産業技術総合研究所と一緒に、こどもたちの事故がどのようにして起きてきたかという情報をとりまとめ、全て閲覧できるようにしています。他のメーカーが着手していない、こどもの事故を回避するような商品を、メーカーに対してプロデュースしていくようなことができれば、その商品は強い説得力を持ってくると思います。

これも、「キッズデザイン賞」の経済産業大臣賞を受賞した「ドクターベッタ 哺乳びん」です。社長以下、全員が子育てママというベンチャー企業のズームティーさんが作ったものです。この哺乳瓶は、自然授乳のカタチを再現することで、ミルクが耳管(じかん)に入って炎症を引き起こす危険を回避するというものです。「環境ホルモンが怖いので、樹脂ではなくガラスで作りたい。なんとかしてくれ」と頼まれました。軽くなければならず、落として割れては困るので、「これ、本当に作れるのかなぁ...」と思いながら、AGC株式会社(旧社名・旭硝子)さんに相談をしに行ったところ、「ごめんなさい。私たちではできません」と断られてしまいました。

ところが、台東区で江戸切子を作っているガラスメーカーの社長さんとご年配の職人さんが、この企画に感動して「チャレンジしてみよう!」と言ってくれたんですね。おかげさまで、この商品も売れており、そのガラスメーカーさんの町工場も、生産ラインが4倍ほどに膨らみました。こうした「キッズデザイン」のヒントになるものが、経済産業省のウェブサイトにはたくさんあります。

「モノの意味」「モノの価値」のイノベーション

この事例もそうですね。「ランズナイト」と呼ばれる簡易基礎体温計です。かつて、うちの家内もこどもを生もうとしていた時に、枕元に体温計とノートと鉛筆を置いて、眠い目をこすりながら検温し、ノートに体温を記載し、排卵リズムを把握していたんですね。この「ランズナイト」は、こどもを生みたい女性が、就寝前にパジャマにつけておくと、中に仕込まれている温感センサーが10分単位で検温してくれて、手持ちのパソコンに排卵リズムを送り混んでくれるのです。先ほど紹介した「ドクターベッタ 哺乳びん」は出産祝いのプレゼントに、こちらの「ランズナイト」は結婚祝いのプレゼントとしてとてもよく売れています。しかもここ最近は、自分のバイオリズムの管理に使えるということで、多くの健常な女性を対象にユニバーサルに売れ始めています。

次に紹介するのは、経済産業大臣賞を受賞したニコンさんの「実体顕微鏡」です。夏になると、こどもたちが屋外で昆虫採集をしますよね。この商品は、「捕まえたその場で、その虫を拡大して観察させてあげたい」というデザイナーたちの想いから誕生しました。価格設定も5万円なので、「アフォーダビリティ(affordability;価格妥当性)」も非常に高い商品です。一般ユーザーはもちろん、全国の自然科学館が数十台単位で購入をしてくれているので、ビジネスとしても成功しています。

「大島紬(おおしまつむぎ)」の事例をご紹介します。この織物は、ご存知のように、手間と時間をかけて丹念に作られる、まさに日本の絹織物の宝物です。価格が高いのも当然です。ところが、和装文化がシュリンクしているので、なかなか売れないという現実もありました。現地に行ってみると、「大島紬」を使ったネクタイや名刺入れが作られていましたが、「プロの目から見て、これがビジネスになるはずがない」と鹿児島で行われた講演会で偉そうなことを言ってしまったんですね。すると、控え室に大島紬協同組合の方がやってきて、「あんた、そんなに偉そうなことを言うなら、売れる大島紬商品をプロデュースしてみろ!」と言われてしまったんです。「余計なことを言うんじゃなかったな...」と思ったんですが、奄美大島の黒糖焼酎を飲んで酔っ払ったら、天使が降りてきたんです。

それが「ゆりかごから大島紬」という言葉だったんですね。「そうか! 日本が誇る絹織物の宝物だとしたら、家族の宝物である赤ちゃんを大島紬でくるむ商品を作ろう!」と思ったわけです。そうやって「大島紬ベビーズギフト;1st Oshima」という商品を作りました。「だっこ紐」から「おくるみ」、後でポシェットになる「母子手帳入れ」、「お手玉」、「ガラガラ」、「オムツ入れ」、そしてそれらを入れる「パッケージ」まで全て大島紬で作って、10万円でネット販売しました。すると、半月で売れてしまいました。購入者の追跡調査をしてみると、「今治タオル」の時と同じようなメッセージが返ってきました。要するに、これも「意味と価値のイノベーション」で、「大島紬というモノ」を作っているのではなく、「生まれたこどもたちを日本が誇る織物でくるんであげるという文化」を売っているんですね。購入者は「そこに、私たちは10万円を投じる価値を感じました」というコメント欄をくれたんです。日本は、全国で素晴らしいモノづくりが進んでいますから、「モノ」ではなくて「文化性」のような「価値のイノベーション」のアイデアがあれば、こうした成功もできるはずです。

公共的価値までデザインすることで顧客層が広がる

東日本大震災以降、10代から90代までの日本人を対象に、東北大学が網羅的に嗜好調査をしているデータを見てみましょう。「一番、大切にしているものはなんですか?」という質問に対して、1位は「利便性」が挙げられています。2位は「さまざまな楽しみ方」、そして3位には「自然」が入りました。なるほど、という感じですね。

さらに東北大学は、このデータと消費投資額との相関性を分析しました。すると、日本人が一番大切にしているのは「利便性」ではあるものの、便利なものが好きだと言っているのは低所得者だということが分かりました。年収1,300万以上の方は、自然志向が極めて高いんですね。自然に癒され、包まれるような暮らしに投資をしているわけです。

興味深いのは、中間所得層です。東北大学は「育む」というキーワードでまとめていましたが、ある商品を自分が使いやすいように育てられる、カスタマイズできる商品を買っていることが分かってきたんです。これまでの日本のものづくりでは、この「中間所得層を狙った商品」というものが、あまりありませんでした。でも、買う人はいるんですね。時計だと分かりやすいですよね。安価なクオーツを買う人と、高価な機械式時計を買う人。さらに裕福になってくると、マホガニー*1や大理石、蛍石(ほたるいし)*2を使った数百万もする時計を買っています。「どのターゲットに対し、何を価値として提案していくのか」ということは、これからのMD(マーチャンダイジング)にとって、非常に重要だと思います。

食品についても同じことが言えます。青森県にあるトキワ養鶏さんが始めた「こめたま・玄米たまご」という卵があります。国産の飼料玄米でニワトリを育て、その畜糞を米の生産者が栽培に使用し、有機原料を循環させて作っています。これまで、ほとんどのママさんたちは「黄身が濃いオレンジ色の卵が美味しい」と思っていたのですが、その色の元となっているのは輸入トウモロコシ飼料の色素にすぎないことが分かってきました。一方で、国産の飼料用のコメでニワトリを育てると、旨味も甘みも増してきます。しかも、黄身が白っぽいので、黄身色の生クリームを作れるということで、一般主婦だけでなくて、有名なパティスリーもこの卵を使っています。オンラインショップでビジュアルで訴求することも必要ですが、この白い卵の向こう側にあるストーリーを伝えることが重要です。この卵は食料自給率の向上にまで貢献することができ、公益的価値もある卵なんだというところまでを知らしめていくと、お客さんの組織化が可能になると思っています。

鹿児島県の茶舗さんと開発した冷飲用のボトリングティーがあります。下堂園さんというお茶屋さんは、お父様の代から有機栽培で作られる茶葉の生産農家を支援してきました。今回は、「緑茶」「ほうじ茶」「べに茶(紅茶)」の3種類を作りました。1本・750mlで5,400円と高価ですが、昨年は24,000本が売れました。これは、JR九州の「CRUISE TRAIN ななつ星 in 九州*3」で常時提供されているからです。ANA(全日空)の国際線ファーストクラスにも採用されました。首都圏のJR系ホテルの高級レストランでも提供されています。もちろんデザインにもこだわっていますが、有機栽培で手間をかけてつくられたこの茶葉は、茶葉として売ってしまうと美味さが伝わらないんですね。その美味さがきちんと伝わるような商品企画をしてあげると、間違いなく支持してくれるお客さまや事業者が増えてくるということなんですね。

次はシルクの話です。僕の大学時代の先輩である東京農業大学・農学部の長島孝行(ながしま・たかゆき)教授は、抗菌性・抗アレルギー性、そして皮膚の線維芽細胞*4を活性化させるというシルク蛋白の機能を、悉(ことごと)く明らかにされた方です。いろいろな家電製品のハウジングや、自動車のシートにもシルク蛋白が織り込まれていますが、線維芽細胞を活性化させる「シルククラウン」という化粧品を開発しました。フランスの展示会で最初に発表しました。価格は25,000円くらいしますが、現在はヨーロッパ・8カ国のバイヤーが取り扱ってくれています。この商品には「繊維化細胞を活性化させ、美顔に間違いなく効く」という大学研究者レベルの医学的エビデンスがありますから、やはり売れていきますね。2018年の秋から、マレーシア経由でイスラム圏にも売っていく計画を進めています。

*1 マホガニー | センダン科マホガニー属に属する植物の総称。導管が大きく柔らかいため加工しやすく、繊維方向に現れる「リボン杢(もく)」と呼ばれる立体的な模様が好まれ、高級家具や高級楽器などに使用される。

*2 蛍石(ほたるいし) | ハロゲン化鉱物の一種。主成分はフッ化カルシウム(CaF2)。等軸晶系。色は無色で、内部の不純物により黄、緑、青、紫、灰色、褐色などを帯びることがある。古くから製鉄などにおいて融剤として用いられており、現在では望遠鏡や望遠レンズなどを高性能化するための特殊材料として価値を持つ。

*3 CRUISE TRAIN ななつ星 in 九州 | JR九州が2013年10月に運行を開始したクルーズトレイン(周遊型臨時寝台列車)。「ななつ星」は北斗七星の和名で、九州7県の7つの観光素材を7輌編成の客車で巡ることから名付けられた。JR九州の顧問を勤めていたインダストリアルデザイナー・水戸岡鋭治が長年練っていたクルーズトレイン構想を実現したもので、客車内には14代目酒井田柿右衛門による洗面鉢や、大川組子の装飾など、豪華絢爛な意匠が施されている。2014年、鉄道関連では唯一の国際デザインコンペティションである「ブルネル賞」にて優秀賞を獲得。運行開始から4年以上が経過した現在でも、申し込み倍率は20倍を超えている。

*4 線維芽細胞 | 線維細胞とも呼ばれる。結合組織を構成する最も主要な細胞で、線維成分であるコラーゲン・エラスチン・ヒアルロン酸といった真皮成分を産生する。芽細胞と呼ばれているが、未熟という意味ではなく、分化成熟した細胞をいう。一般に紡錘形で長い細胞突起をもち、細胞外に膠原線維を析出する。炎症や損傷によって組織に欠損が生じると、この線維芽細胞が増生して欠損部を修復する。

Be Unique!

そして、これが僕の拙いプレゼンテーションの最終項目になります。「SOCIAL WARE(公益としての品質)」という話をいたしました。2011年に、ハーバード大学のマイケル・E・ポーター(Michael Eugene Porter)*5教授は、「CSV(Creating Shared Value;共有価値の創造)*6」という経営概念を発表されました。この概念は、「事業益と公益を両立させる開発投資をしない会社に未来はない」ということ意味し、まさに「公益品質」のことを言っています。ビジネスになるだけじゃなく、世の中の役に立っている商品開発、事業開発をしなさいという提案をされたんです。僕は一般社団法人CSV開発機構の理事長も務めているので、ポーター教授とは定期的に情報交換しています。

昨年、米・ボストンで「CSVサミット」が開催された際、ポーター教授とお話する機会があったので、「これからの企業に望まれていることとは、一体何でしょうか?」って質問しました。するとポーター教授は「とにかくユニークになること。ユニークになるために戦いなさい」と仰いました。「では、戦うために具体的にどうするんですか?」とお聞きすると、「3つのポイント」を教えてくれました。

1つ目は「過去の成功例、失敗に囚われずに、ユニークな事業を構想しなさい」ということ。そして2つ目は、その事業を実現させるためには、従来のネットワークは全く使えませんから、「新しいユニークなバリューチェーン(価値の連鎖)を構築しなさい」ということ。これは私の師匠であるロナルド・メイス(Ronald Mace)先生が仰っていたことと同じです。そして3つ目は「最も大切なことは『やらないこと』を決めることだ」ということでした。「赤池さん、ウォールマートというスーパーマーケットをご存知ですよね? あの会社は、3年前までタバコを販売していました。でも、タバコの販売をやめたら、他のエコ商品の売上がタバコの売上を凌駕したんですよ」と話してくれました。

資生堂さんにもこの話をしました。資生堂さんは、創業以来、下地以外のティーンエージャー向けの化粧品を作っていません。こうした「ものづくりの信念」や「尊厳ある理念」が、これからますます大切になってくると思っています。この点を、ぜひ皆さんにもお考えいだきたいと思います。

皆さんのオンラインショップが「自分の店はここにこだわるんだ。そして、こういう商品は決して手をつけないんだ」というメッセージを知らしめながら、併せて「賢い消費者」をつくっていただければ嬉しく思います。本日はご静聴ありがとうございました。

*5 マイケル・E・ポーター(Michael Eugene Porter) | 1947年生まれのアメリカ人経済学者。ハーバード大学経営大学院教授。アメリカを中心に世界各地で国や州の政府、企業の戦略アドバイザーを務め、「ファイブフォース分析」や「バリュー・チェーン」など数多くの競争戦略手法を提唱。代表作である「Competitive strategy: techniques for analyzing industries and competitors(邦題;競争の戦略)」や「Competitive advantage: creating and sustaining superior performance(邦題;競争優位の戦略)」は、1980年代の著作であるにも関わらず、「必読の名著」として今なお、世界中のMBA取得者からその名を挙げられる。

*6 CSV(Creating Shared Value;共有価値の創造) | 企業の競争戦略を専門とする米国人経済学者 マイケル・E・ポーター(Michael Eugene Porter)によって提唱された経営戦略のフレームワーク。「Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)」誌・2006年12月号に掲載された共著論文「Strategy and Society」の中で初めて登場した概念で、企業による経済利益活動と社会的価値の創出(=社会課題の解決)を両立させること、およびそのための経営戦略のことを指す。