Rakuten EXPO 2018

楽天市場出店者やECに関連する多様なビジネスパーソンが一堂に会し、最先端の情報を交換しながら、明日につながる学びを得る「楽天EXPO 2018」。「ユニバーサルデザイン総合研究所」所長の赤池 学(あかいけ・まなぶ)氏が強調したのが「感性価値」の重要性。「心と五感に訴求する価値」を作り込むことは、携わる人間の感性如何で、時間とコストをかけずとも達成可能だといいます。魅力的な事例も必見です。

赤池 学 氏
社会システムデザインを行うシンクタンクを経営し、ソーシャルイノベーションを促す、環境・福祉対応の商品・施設・地域開発を手がける。「生命地域主義」、「千年持続学」、「自然に学ぶものづくり」を提唱し、地域の資源、技術、人材を活用した数多くのものづくりプロジェクトにも参画。科学技術ジャーナリストとして、製造業技術、科学哲学分野を中心とした執筆、評論、講演活動にも取り組み、(社)環境共創イニシアチブ、(社)サービスデザイン推進協議会、(社)CSV開発機構の代表理事も務める。経済産業省 キッズデザイン賞、農林水産省 FOOD ACTION NIPPON AWARD、林野庁 ウッドデザイン賞、環境省 生物多様性ニッポンアワードの審査委員長を歴任し、グッドデザイン賞金賞、JAPAN SHOP SYSTEM AWARD最優秀賞、KU/KAN賞など、産業デザインの分野で数多くの顕彰を受けている。主な著書に、「生物に学ぶイノベーション」(NHK出版新書)、「自然に学ぶものづくり」(東洋経済新報社)、「昆虫力」(小学館)、「ニッポンテクノロジー」(丸善)、「CSV経営」(NTT出版・共著)などがある。

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江戸期の伝統技術とシェフの感性が生んだ新しいカトラリー

次にご紹介したいのは、「Light(ライト)」というユニバーサルデザインに基づくカトラリーです。指の力が衰えた方でも使いやすいスプーン、ナイフ、フォークを開発しようということで生まれました。手の力が衰えた方にとっては、掴みやすいように柄の部分が肉厚のものがいいんですね。この部分が樹脂製だと問題ないんですが、ステンレス製で肉厚にすると重さがバリアになってしまいます。そのため、柄を中空にしてあるんです。握りやすく太いけれど、中空で軽く、しかも空洞になっているので体温と同調してすぐに温もりが生まれるという商品なんです。どのような技術を使って中空にしたと思いますか。

新潟・燕市の周辺には金属加工業が集積しています。室町時代以前から釘を作っていたり、江戸時代は煙管(キセル)の産地だったんですね。実はこのカトラリーは、江戸時代のキセル製造の技術を使って中空にくり抜いているんです。こうしたストーリーが付いてくると、まずは地元新聞が取り上げてくれて、そして朝日新聞が10段の記事で取り上げてくれて、NHKの「クローズアップ現代」から電話がかかってきてました。「是非、このユニバーサルデザインに基づくカトラリーの開発の話を紹介したい」と言ってくれました。「クローズアップ現代」などで紹介されると、メーカーに電話が8,000本くらい掛かってきます。おかげさまで非常によく売れています。当初は、新潟県内の料飲店で置かれていたんですが、今は福祉施設などでも使ってくれています。

同じ作り方をしている「GTANDMALE(グランメール)」というギフト用の高級なカトラリーもあります。これをプロデュースしてくれたのは、三國清三(みくに・きよみ)*1さんというフレンチのシェフです。「裏のプロデュースは僕がやるので、表のプロデュースは三國さんにやってもらいましょうよ」とメーカーの社長に言ったんです。その会社は小さい企業なので、「あの三國さんが納得するようなプロデュース料なんて用意できないよ...」と最初は腰が引けていたのですが、「ダメならダメで仕方ないし、ダメもとで聞いてもらいましょうよ」と説得して、三國シェフの元にプレゼンテーションに行きました。

「三國シェフはこの話を聞いたら絶対に断れないだろうな」と確信して、僕はプレゼンに臨みました。「三國先生が作る季節ごとのポタージュやスープは、とてつもなくおいしいですね。値段はお高いですけど。これは健常なお客さんなら良いですが、日本人の小柄なおばあちゃんが飲もうとすると、一口では飲めませんよね。じゃあ、スプーンに掬ったポタージュを二口、三口にきちんと分けて飲むかというと、そういうお客さまは少なくて、一口で飲めると思ってグッと飲んでしまいます。すると、咽(む)せてしまい、場合によっては肺炎になってしまうんですね。年配の方の直接的な死亡原因の第4位は、このような状況下で起こる誤嚥性(ごえんせい)肺炎なんです。この問題を解決し、しかもグローバルに通用する、これぞカトラリーの王様というものを先生にプロデュースして欲しいんです」とお願いしました。すると、三國さんは「プロデュース料なんていりません。少額のロイヤリティさえつけてくれたら、私が指導します」と言って下さり、この商品が誕生したんです。

商品を売り始めると、ユニバーサルデザインの重要な要素である「パーティシぺーション(participation;参画性)」のデザインのメリットが起動しました。有名な三國清三先生が広告塔となって、いろいろな場所でPRしてくれるんですね。ユーザーにもなってくれました。三國シェフの本店である「HOTEL DE MIKUNI(オテル・ドゥ・ミクニ)」でも使ってくださいましたし、三國シェフが日本全国でプロデュースしているカフェやレストランでも採用してくれました。そして、彼には、お弟子さんやイタリアンのシェフの友人が多いので、その方たちも使ってくれるんですね。「オレが開発したカトラリーなんだから、君たちの店でも使ってくれ」という話ですよね。繰り返しになりますが、「価値の連鎖」を戦略的に仕込んでいくことが非常に重要になってくると思います。

*1 三國清三(みくに・きよみ) | 1954年北海道生まれ。現在は東京・四ツ谷の「HOTEL DE MIKUNI(オテル・ドゥ・ミクニ)」をはじめ、全国14店舗を展開。「ソシエテミクニ」代表取締役。日本フランス料理技術組合代表。称号は美食学名誉博士。公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。2015年には東京ブランドアンバサダーにも就任。全国の様々なレストランとの協業も数多く手がけている。

価値の連鎖を生み出す源泉

では、どのような価値を意識しながら、「価値の連鎖」や「協業のスタイル」を作っていくべきでしょうか。僕は4つに分類しています。

1つ目は「HARD WARE(ハードウェア)」。材料や技術です。従来からある素材や技術を活用すると、かつてなかった「機能」という品質が生まれてきます。ところが、この「機能」という品質も、アプリケーションの展開を間違ってしまうと売れることはありません。「HARD WARE(ハードウェア)」としてのロボット技術において、日本は間違いなく世界の最先端を走っています。企業や大学も二足歩行型のヒューマノイドロボットを開発しています。でも、我々の実生活の中で、二足歩行型ロボットというのは全く接することがありませんよね。厳しい言い方をすると、要するに、素晴らしい「HARD WARE(ハードウェア)」としてのロボット技術を持っているのに、ヒューマノイドロボットというアプリケーションの展開に失敗しているんです。そのため、ビジネスにも失敗しているわけです。でも、土木工事の作業現場やビルのメンテナンス作業などでは、フィールド型と呼ばれるロボットが活躍しています。

素晴らしい素材や技術を見つけた時、例えば皆さんのようなショップオーナーから、「この素材や技術を活用してこうした商品を作ってくれれば、私たちも売りやすいし、お客さんを説得しやすくなるよ」というようなアドバイスをする必要があると思います。いい意味で、これからはメーカーや生産者たちを教育していく必要があると思います。

2つ目は「SENSE WARE(センスウェア)」。この言葉は僕が作りました。経済産業省さんが「感性価値(五感と愛着に基づく品質)」という日本語をつけてくれました。これは「心と五感に訴求する価値」を作りこもうということです。「HARD WARE(ハードウェア)」の開発は、言うまでもなくコストも時間もかかります。ですが、心と五感にキュンと来るような「感動」や「共感」という価値というのは、オーナー、プロジェクトリーダー、参画したエンジニア、職人といったステークホルダーのハートがチャーミングだと、コストをかけずに「感性価値」というものを作り込むことができる場合もあります。

3つ目は「SOCIAL WARE(ソーシャルウェア)」。「公益としての品質」ですね。この商品を使ってくれるユーザーだけでなく、ユーザーを超えて、様々な社会存在に対してメリットを提供しているというレベルにまで価値化するということです。これが重要です。分かりやすい例を挙げると、最近の国産材を使った住宅です。国産材は調湿性が非常に良いので、感染症の罹患率が格段に下がるということが医学的に分かっています。施主さんは、木の家に住むメリットがあります。加えて、間伐材などを使ってあげることで、森林組合さん、製材会社さん、資材会社さんのような方々にメリットを提供できますよね。このように、モノの作り方を大切にしていった時に、ユーザーだけでなく世の中の役に立つというところまで価値化していくというのが「SOCIAL WARE(ソーシャルウェア)」という考え方です。

感性価値が新しい価値を生む

「感性価値」の事例をご紹介します。富山のメーカーが作っている「パロ」というアザラシ型ロボットです。「パロ」に接したことがある方も、たくさんおられると思います。別に特別なことをするわけではなく、ヒゲを触ると「イヤイヤ」とするくらいのコミュニケーションロボットですが、「人類を最も癒しているロボット」としてギネスブックに記載されているだけでなく、事実、欧米で非常に売れています。これは機能という品質では捉えられない現象だと思います。これは、「儚さ」「危うさ」「可愛さ」といった「感性価値」が、「パロ」にはこもっているから売れているんだと思うわけです。

このような発想は、ロボットだけでなく、あらゆる領域に展開できます。「ルナウェア」という長時間畜光材があります。温度だけでなく、光を貯める材料です。このメーカーと一緒に作った代表的商品が「避難誘導灯」です。畜光材のタイルで避難誘導灯を作ると、電力が不要になるので、無電力のサインとして新しく建てられた再開発のオフィスビルに導入されています。

これを開発している時、僕は絶えずサンプルをバックの中に入れていました。ある時、お客さんに銀座のクラブに誘ってもらったことがありました。クラブの中は薄暗いので、サンプルに照明を当てて「ほら、こんなに光るんだよ」と言って、そのサンプルをテーブルに置いたんです。そうしたら、クラブのママの目がキラキラと光りだして、「みんな、ちょっと見てよ!」と言って、パッと手を広げたんです。彼女はネイルアートをやっていたんです。「この畜光材で細かい粒のネイル材を作れば、私の爪が光るのよね。赤池さん、作ってよ」と言われたんですね。実際にスワロフスキーさんが売ってくれて、結構これが売れているんです。

でもこれは、ネイル材の話だけではありません。今までは、避難誘導灯という正しい使い方を考えていたんですが、例えば、ビルのファサードに絵を描くこともできるわけですね。要するに、「無電力の景観」を作ることに使えるということです。この蓄光材という材料は、心と五感に訴求するような価値をまとわせると全然違ったアプリケーションの商材が出来上がるなということで、いろんな商品を開発しています。

三菱ケミカルさんが「中空糸膜(ちゅうくうしまく)*2」という、いろんな材料の分離膜を持っていたんですね。逆の発想で、中空糸膜を通して二酸化炭素をお湯の中に送り込むことで、バーデンバーデン(ドイツ)などにある「ラムネ湯」のように、人口炭酸の温泉になるという仕組みを作りました。当初、銭湯やスパで売れましたが、この秋から、家庭用の人口炭酸泉システムも販売されます。ここでも「意味と価値のイノベーション」が起きているんです。「濾過」や「分離」ではなく、「溶出(成分が水などに溶けてにじみ出ること)」のために機能膜を使うという技術的イノベーションが起きているわけです。大手メーカーでも、R&Dセンターが開発した技術を、デザインセンターの優秀な人材たちが新しい発想で商品を作っているんですね。

三菱ケミカルさんは、他にも「ゼオライト膜*3」という分離膜を持っています。これは、分子のレベルでいろんな物質を分離できる膜で、「オングストローム(長さの補助単位。百億分の1メートル)」の単位で分離してしまうというすごい膜なんですね。ある時、三菱ケミカルの研究者と純米大吟醸を飲んでいました。ゼオライト膜は、分子の単位で分離できるので、純米大吟醸をゼオライト膜にかけて水分子だけを取り出せば、アルコール度数も高くなり、吟醸香も濃縮されるので、今まで味わったことのないお酒を作れるんじゃないかという話になりました。そこで、香川の有名な酒蔵である金陵さんに話を持ちかけて、実際に作ってみたところ、とても美味しかったので、ミラノ万博に出展したんです。すると、イタリアはグラッパ*4などの強いお酒を飲むお国柄なので、あっという間にレストランで採用されたり、バイヤーさんとの取引が決まったんですね。このように、ゼオライト膜を使えば、あらゆる飲料の味や旨みを濃縮することができるはずなんです。大手メーカーに仕掛けて、日本で初めて売り出した企業があれば、間違いなくお客さんが食いついてくると思いますね。

*2 中空糸膜(ちゅうくうしまく) | マカロニ状の繊維に分離膜としての機能を持たせたもの。この繊維は中心の空間部分とそれを取り囲む壁の部分とから成り、壁の部分を分離膜として利用する。内径は 100~400μm(マイクロメートル)、膜厚は数μmから 200μm程度。人工腎臓などに使用されている人工透析膜、医療用無菌水製造などに使用されている限外濾過膜、超純水の製造や海水の淡水化などに使用されている逆浸透膜、人工心肺や気体分離などに使用されている気体分離膜など、応用の範囲を広げている。

*3 ゼオライト膜 | ゼオライトは沸石類鉱物と呼ばれる鉱物の総称。その種類は構成されるシリカとアルミナの比(S/A比)により100種類以上にのぼり、それぞれが結晶構造中に非常に小さな空隙を持っているのが特徴。ゼオライト膜は、この性質を利用して有機溶剤やガスに含まれる水分を取り除くために使用される脱水膜で、特に有機溶剤の濃縮用途で用いられる。

*4 グラッパ | イタリア特産の蒸留酒。ブランデーの一種。ワインを蒸留して作る一般的なブランデーとは異なり、ポマース(ワインを作る際に生じるブドウの搾りかす)を発酵させたアルコールを蒸留して製造する。普通は樽熟成を行わないため無色透明だが、ブドウの香りが残っているのが特徴。アルコール度数は30度から60度。イタリアでは非常に一般的で、食後酒として好まれている。

フラットな視点が新しい切り口を生みだす

デザイン思考に基づく商品開発というのは、パナソニックさんでもやっています。かなり前ですが、キューブ型の真四角の炊飯器の試作開発を行いました。このプロジェクトで僕がプロデュースしたのは、コスチュームアーティストのひびのこづえ*5さんでした。最初のミーティングで、彼女がパナソニックさんに呈した2つの苦言が今でも忘れられません。1つ目は「日本の住宅は収納も四角なんだから、四角い炊飯器を作ってくれたら、収納性が高まって主婦もすごく便利だと思いますが、どうして今まで一度も作ったことがないんですか?」ということ。そして、2つ目は、「それでも、グッドデザイン賞をたくさん取っているから良し、ということにしましょう。でも、その賞を取った炊飯器でごはんを炊いて、しゃもじでお茶碗にごはんをよそって、しゃもじをしゃもじ立てに立てかけます。あなたたち、その瞬間にグッドデザインが崩壊していることに問題意識を持っていないんですか?」と言ったんですね。

本当にその通りですよね。あの不細工なしゃもじ立てというのは、各社ともに付いていましたよね。それで、この試作品では、天板をスライドさせてしゃもじを格納できるようにしました。そして、そのしゃもじを上手く使って、視力の衰えたご高齢の方にも、お米の炊き上がりが伝わりやすいようなインターフェイスのデザインを施しました。その後、パナソニックさんは家電メーカーで最初に真四角の炊飯器を作りました。そして、キューブ型の炊飯器が新しいスタンダードとなり、様々なメーカーが売るようになりました。

まだ売られていませんが、「二刀流の掃除機」というものもあります。パナソニックさんは技術が優れているので、コンパクトサイズで高い集塵力を発揮する技術を持っています。だとすれば、ウェアラブルな掃除機というのも可能になりますよね。着るのであれば、ヒップハング(腰骨に引っ掛けるように留めること)だろうということになりました。そして、これからはキーボードを掃除したいというニーズが恒常的に起きるので、サブノズルも付けることにしました。そして、ヒップハングで腰に付けるのであれば、ボディソニック(体感音響システム)を搭載してマッサージ機能も入れよう、という考えで試作しています。おそらく、売り出される時にはボディソニック機能は間違いなく削られると思いますが(笑)。いまや、メーカーもここまでユニークかつファンキーな商品開発というところに、問題意識を持ち始めているということです。

「今治タオル」の事例を紹介します。今治タオルを取り扱っている方もいらっしゃると思いますが、愛媛県のタオル工業組合が非常にしっかりした組合で、「産地認証基準」をきっちり作っています。タオル片を水に沈め、5秒以内に水に沈まないものには、今治タオルのブランドを名乗ることを許していません。それ以外にも耐久性や耐候性についての品質基準を、組合が自ら定めているんです。そして、さらに優れた点は、国内外のデザイナーやアーティストとコラボレーションして、「感性価値」とデザイン性の高いタオルを開発していることですね。

*5 ひびのこづえ | 1958年静岡県生まれのコスチューム・アーティスト。東京芸術大学美術学部デザイン科視覚伝達デザイン卒業。1988年のデビュー以来、雑誌、ポスター、テレビコマーシャル、演劇、ダンス、バレエ、映画など幅広い分野で、ファッション・デザイナーと異なる視点で独自のコスチュームをつくり続けている。

バックストーリーがあるモノに、人はひきつけられる

その今治タオルとのプロジェクトで、仲間たちがプロデュースしたのは、全盲の視覚障害者の方・8人と作ったタオルなんです。なぜそういう開発をしたか。僕らは障害者と聞くと、頭から弱者であると決めつけてしまいがちですよね。でも、ユニバーサルデザインの開発に関わり、いろいろな障害を持たれた方と付き合ってきたんですが、実は弱者ではないんです。視覚障害者の方の場合、「視覚」に関しては弱者です。ですが、目が不自由なのに健常者と同じようにサバイバルしてきているわけですから、「視覚」以外の感覚は磨き抜かれているわけですね。僕らが生かしたかったのは、全盲の視覚障害者が持つ指の力、すなわち「触覚」です。「彼らの指が納得し、感動したタオルを作りたい!」と思って、このタオルを作りました。8ヶ月くらいかけて、繊維、織り方、加工仕上げを試し、彼らにたくさん触ってもらい、彼らに言われたままに生産しました。伊勢丹系列の流通で販売を始めたところ、いまや生産が追いつかないくらい売れており、海外との取引も広がっています。

なぜこんなに売れるのかと思い、伊勢丹さんと組んでお客さまの追跡調査を行いました。すると、2つのことが分かりました。1つ目は、このタオルを一度買ってくれたお客さまは、8回・9回と全く同じタオルを買ってくれているということ。バスタオルなどは1万円を超えていて、業界内の常識からしたら別格に高価なタオルであるにも関わらず、リピート購入してくれているということがわかりました。2つ目は、アンケートの自由基準欄にほとんど同じコメントを書いてくれていたこと。何て書いてあったか。そこには、いま僕がお話したことが書いてあったんです。「今まで障害者というのは弱者と決めてきた。でも、このタオルは、メーカーが視覚障害者が持っている優れた指の力に着目して、しかも障害者と一緒に開発して生み出したタオルなんだ」と。ただし、落としどころはここではないんです。「そういう蘊蓄(ウンチク)を、タオルをプレゼントした相手の前で語るのが、なんとも心地よく誇らしい」と書いてあったんです。つまり、こうした魅力的なバックストーリーがあれば、お客さまは必ず食いついてくるということだと思います。

墨田区が進めている隅田ブランドの商品開発プロデュースを長く務めてきました。10年ほど前からやっていたので、「すみだ北斎美術館*6」ができるということは分かっていました。そのため、10年前からいろいろなメーカーに働きかけて「北斎プロジェクト」というのを仕掛けてきました。例えば「虫愛(むしめ)づる北斎」。「北斎であれば絶対に虫を描いているだろう」と思い、江戸東京博物館の研究員と調べ上げたら、予想通り、たくさんの虫の絵を描いていました。そこで、日本にTシャツを持ち込んだメーカーである久米繊維さんと組み、北斎が描いた虫をワンポイントにしたTシャツを開発したんです。これはいま「すみだ北斎美術館」のミュージアムショップで一番売れています。その中でも一番売れているのが、蜘蛛が糸を垂らしてぶら下がっている絵柄のもので、クールビズの時に蜘蛛の糸がネクタイに見えるということで、バカ売れしているんです。

「典型プロジェクト」というのもあります。これは「典型的なシステム手帳」「典型的な盆栽」「典型的な革カバン」というように、シンプルで誰もが想起出来るような典型的な商品を作るブランドです。これも反響を呼んでいます。女性のための部屋着も開発しました。Tシャツとネグリジェの間みたいなものですね。繊維はオーガニックコットンにこだわり、俳優の伊勢谷友介(いせや・ゆうすけ)さんも関わっている東北のオーガニックコットンのプロジェクトに一緒に参画し、そこでできたコットンを使って製造・販売しました。女性の皆さまにご好評をいただいています。

*6 すみだ北斎美術館 | 2016年、東京都墨田区亀沢に開館した美術館。江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎が本所界隈(現在の墨田区の一角)で生涯を送ったこと、彼が本所割下水で生まれたとされ当時の「南割下水」に相当する現在の「北斎通り」の線上にある亀沢も所縁(ゆかり)の地に含まれることから、この地に設けられた。収蔵点数は約1,800点。設計は妹島和世建築設計事務所が手がけた。