Rakuten EXPO 2018

楽天市場出店者やECに関連する多様なビジネスパーソンが一堂に会し、最先端の情報を交換しながら、明日につながる学びを得る「楽天EXPO 2018」。技術進化と環境変化が激しく、先行きが見通しにくいEC業界。この数年で大きく変わった消費者像を読み解いてくれたのは、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長でビジネス・ブレークスルー大学学長の大前 研一(おおまえ・けんいち)氏。その鋭い視点は、EC事業者が明日から使える貴重なヒントばかりでした。

大前 研一 氏
1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。以後も世界の大企業、国家レベルのアドバイザーとして活躍するかたわら、グローバルな視点と大胆な発想による活発な提言を続けている。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長及びビジネス・ブレークスルー大学大学院学長(2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBA プログラムとして開講)、2010年4月にはビジネス・ブレークスルー大学が開校、学長に就任。2013年10月にアオバインターナショナルスクールを株式会社ビジネス・ブレークスルーの子会社化し、1歳半から幼稚園、小学校、中学校、高等学校までの教育及び経営に携わり、日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。

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デジタル化しないものは価値が下がらない

これからは「デジタル化するもの」と「デジタル化しないもの」の2つに分かれます。「デジタル化しないもの」は、それはそれで結構です。例えば、スイス製の機械式時計。私も持っていますが、ほとんど使うことがありません。使っていないとゼンマイが巻き上げられないので、動かなくなってしまうんですから。「ゼンマイを巻き上げるために、常に時計を動かしておく機械が別売りでありますよ」と言われましたが、そこまでして機械式時計を欲しいとは思いませんよね。私はスキューバダイビングをやるので、200mまで潜れるダイバーズウォッチを持っています。これで十分満足です。

「デジタル化しないもの」でも、すごいものはあります。例えば寿司屋。四ツ谷の「すし匠(しょう)」の中澤圭二(なかざわ・けいじ)氏は、ハワイのお店に移りました。すると、彼を追いかけて行く人がたくさんいるんですね。四ツ谷のお店には彼のお弟子さんがいますが、「中澤さんが四ツ谷にいなくなって寂しい。中澤さんの握った寿司が食べたい」ということで、わざわざハワイのザ・リッツ・カールトン・ワイキキビーチの8階にある「すし匠」に行くわけです。客単価は10万円ですよ。日本では23,000円だったのがハワイでは10万円。私の友人も行っているので、「どうだった?」と聞いてみると「それだけの価値はあった」と言います。価値があったと思うしかないですよね。わざわざハワイまで行っているわけですから。でも、こうした「デジタル化しないもの」に対しては、価格が気にならないのです。中澤さんの握る寿司に価値があるわけですから。「すきやばし次郎」も、小野二郎(おの・じろう)さんが握ってくれるから価値がある。「すきやばし次郎」出身の職人というのは完全にダメですよ。小野さんの年季の入った手で握るから、価値があるわけです。

右脳系商品や右脳系サービス、つまり、欲望や妄想を掻き立てる高級品は、相当な高価格帯でも受け入れられます。私も熱海でホテルを経営していますが、1泊2食付きで2人で30万円という価格設定にしようと言ったら、ホテルマンたちは「それはない!」という反応でした。ところが、実際に30万円のサービスを設計してみたら、リピーターが増えて、今では稼働率が8割になっています。熱海市長も驚いていましたね。中国だけでなく、日本にも高価格帯が受け入れられるセグメントがあるんですね。世界の高級リゾートホテルが集まっているのは、サムイ島(タイ)とバリ島(インドネシア)です。そこには、ヨーロッパや中国の富裕層が集まってきます。1泊30万もするようなホテルには、日本人はほとんど行きませんが、日本の熱海で実験してみたら、設計によってはお客さんはいるということが分かりました。

つまり、消費者は二極化していますが、単に二極化しているのではなく、こだわりの分野や商品であっても、支出に見合う感動が得られなければ買わない消費者が増えているということなんですね。「Moncler(モンクレール)*1」というのは、文句が出るほど高い価格でダウンジャケットなどを売っています。これはおやじギャグなのであまり気にしないでください。この「Moncler(モンクレール)」も、先ほど紹介した「BUYMA(バイマ)*2」などを経由して海外価格で購入することができる時代です。いずれにしても、完全に二極化をしていると言えるでしょう。

飲食店の最終形というのは、スペインの「ドノスティア=サン・セバスティアン(Donostia-San Sebastian)*3」なんですね。私は知り合いの料理人には「サン・セバスティアンを見てこい!」と必ず言いますが、ここでは200軒の飲食店がズラリと並んでいます。人口わずか16万人の街が、なぜ「世界一の美食の街」になったのかというと、ここには世界中から食のトレンドや美食家が集まってくるからです。

日本の場合、山形県鶴岡市が、海の幸も山の幸も豊かということで「ユネスコ創造都市ネットワーク*4食文化部門」に認定されました。地元空港も「庄内うまいもの空港」と改名しました。ここには奥田政行(おくだ・まさゆき)さんがシェフを務める「アル・ケッチァーノ」というイタリアンレストランがありますが、こういう場所でも有能な料理人さえいれば成功できるんです。ところが、良い食材があっても、良い料理人がいない場所が多いわけです。私は北海道をバイクで1周しましたが、うまい料理屋は全然ありませんでした。逆に、東北はうまい料理屋がたくさんあって、酒もうまいので、今年もお盆の時期に東北を一周する予定です。昼間、バイクで300kmも走ったら、夜にはうまい料理を食べたくなりますからね。ゴールデンウィークには紀伊半島を一周しました。

*1  Moncler(モンクレール) | 1952年、フランス・グルノーブル郊外で創業したダウンジャケットなどを中心に展開するファッションブランド。局地環境に耐えうる品質を追求し、1954年のイタリア・カラコルム登頂隊や1955年のフランス・マカルー登頂隊の公式ウェアに採用され、その信頼性が高く評価された。現在は世界で最も人気のあるダウンウェアブランドとして君臨している。

*2 BUYMA(バイマ) | 株式会社エニグモが提供する海外ファッション通販サイト。海外在住のパーソナルショッパーを通じて、世界中のファッションアイテムを購入することができる。海外ブランド10,000以上、260万点を取り扱っており、現在524万人以上が利用している。

*3 ドノスティア=サン・セバスティアン(Donostia-San Sebastian) | ビスケー湾に面したスペインとフランスの国境に近い人口18万人の都市。飲食店がそれぞれのレシピやノウハウを共有しあうことで、街全体として美食の聖地としてのブランディングを行なっており、欧州随一の美食都市として知られている。バスク語の「ドノスティア(Donostia)」とスペイン語の「サン・セバスティアン(San Sebastian)」は、共に「聖セバスティアン」を意味する。

*4 ユネスコ創造都市ネットワーク | 2004年にユネスコ(UNESCO;国際連合教育科学文化機関)が採用したプロジェクト。文学・映画・音楽・工芸・デザイン・メディアアート・食文化の創造産業7分野から、世界でも特色ある都市を認定する。グローバル化の急速な進展により世界各地の固有文化の消失が危惧される中で、文化多様性を保持するとともに、世界各地の文化産業が潜在的に有している可能性を、都市間の戦略的連携により最大限に発揮させることを目的としている。日本では神戸市(デザイン / 2008年)、金沢市(クラフト&フォークアート / 2009年)、札幌市(メディアアート / 2013年)、鶴岡市(2014年 / 食文化;ガストロノミー)、浜松市(音楽 / 2014年)、篠山市(クラフト&フォークアート / 2015年)が認定されている。

顧客をつかむには「呼び方」ひとつにも気をつけろ

5つ目は「サイバーコンシェルジュで誘導する」ということです。価格が高くても、できるだけ長く使えて品質が良いものが重視されています。いまの消費者はライフスタイルにこだわるので、インターネット上でのアドバイスが非常に効き目があります。先ほど話した東京ガールズコレクションも同様です。

ゴルフの人気は落ちてきていますが、アウトドアやキャンピングには関心が集まっています。アウトドアで豪華なバーベキューをしながら贅沢に過ごす「グランピング」の人気が伸びてきているという側面もあります。趣味・嗜好にもとづく成長市場としては、「オタク市場」「オトナ波乗り」「本格派ランナー」「サロネーゼ(自宅でサロンを開く女性)」などが挙げられます。特定のライフスタイルや趣味・嗜好にもとづく市場は、成熟市場の中で成長を見せており、高価格でも購入される傾向が見られます。

6つ目は「満足した顧客から紹介してもらう」ということです。満足度が高い顧客がいたら、その顧客に徹底的に頼るのが重要です。皆さん、ECサイトを運営する際は言葉遣いに気を付けてください。シニア層に「自分のことをシニアだと思うか?」と聞いてみると、60代の56%は「そう思う」と回答しています。ところが「シニアと呼ばれたいか?」と聞くと「呼んでいい」と回答したのはわずか12%だけなんですね。「年寄り扱いされたくない中高年」が増えていて、高齢者を連想させるシニアという表現はマイナスに作用します。「大人」と呼ばれると喜びます。「アクティブシニア」などというのは余計なお世話だということです。皆さん、こうした言葉をご自身のECサイトで使っていませんか? 「熟年」「高齢者」などという言葉は禁句ですよ。この人たちは「大人」という言葉でなら、呼ばれても良いんです。

だから、「大人の科学マガジン(学研教育出版)」や「大人の休日倶楽部(JR東日本)」という商品が流行るわけです。本来であれば「熟年の」と呼びたいところですが、結局、購入していくのは熟年なので「大人」と呼んでやればいいのです。「大人の超合金シリーズ(バンダイ)」というものもあります。超合金なんて、こどもの遊びですけどね。「大人のキリンレモン(キリン)」なんて、ほとんど意味不明ですよね。「おとなの自動車保険」「おとなのおやつシリーズ」「ポッキー(大人のミルク)」などなど、とにかく「大人」と付ければいいんです。「高齢者」「熟年」「シニア」は禁句です。「アクティブシニア」などという形容詞をつけてもダメです。これは重要なことですよ。皆さんはお客さんに対して訴求しなければならないので、このあたりは理解した上でお願いします。

積極的にお金を使いたいと思う体験や商品というものがありますね。「自分や同行者の一生の思い出に残るような旅行」「癒しやストレス解消など生きる力を与えてくれそうな体験・場所めぐり」「自分の教養や能力につながるような体験」などには、積極的にお金を使いたいと思うと答えています。教養につながるような体験といいながら、本当の教養の講座を開くと誰も来ませんね(笑)。ですから、そこにはエンターテインメント的な要素がないとダメだということですね。シニア層は非常に複雑です。呼び方によってはカチンと来ますから。本人は、犬の散歩やランの栽培くらいしかしていなくても、やはり呼び方には気をつけてあげないといけません。

楽天市場のページを見ていると、若干、情報過剰と感じる部分があります。「なぜ、あなたは商品を買わないのか?」と質問すると、「商品情報が多すぎて困る」という回答の方が「商品情報が不足していて困る」という回答よりも圧倒的に多くなっています。「誰かが教えてくれたら、考えずにそちらを購入する」とも回答しています。ですから、良かれと思ってビジーなページを作るのでしょうが、それはやめてください。上手くいきません。

「Google」なんてロゴと検索バーだけで非常に単純ですよね。検索すれば、検索結果がシンプルに並びます。日本人は「Yahoo!」が好きでしたが、情報過多で目がチカチカしてしまうということで、現在は日本人も圧倒的に「Google」が好きになってしまいました。「Google」は検索しても、いろいろうるさいこと言ってきませんから。このあたりが非常に重要だと思っています。それから「使っている他の人の評判(クチコミ・レビュー)が気になる」ということもありますね。

行動分析から見える「新しい商売の可能性」

7つ目は「顧客の導入経路から探索する」ということです。貴重なお客さんが付いているのであれば、その人がどういう経路で自社の商品を買ってくれたのか、という「導入経路」がECでは特に重要です。

見えにくくなった消費者を理解するために、いま申し上げたような様々な構造変化が起こっています。NHKのアナウンサーは「お茶の間の皆さん」と呼びかけますが、猫と一緒に一人寂しく観ているケースが一番多いわけです。ライフコース(個人が一生のうちに辿る道筋)もライフスタイルも多様化し、価値観も大きく変わってきているので、もちろん消費行動も変わってきているということになります。「ペルソナ」や「エスノグラフィ(行動観察)」などにより、どんなお客さんが自分のサイトには来てくれているのかを理解する必要があります。

若い人は独身が多いわけですが、一人暮らしの消費傾向はどうなっているでしょうか。一時期、ファミリーレストランがダメになりました。独身がファミリーレストランに行くと頭に来ますからね。こどもが騒いでいる場所で一緒に食べますから。日本には仕事帰りに一人で立ち寄って食事ができる場所がないんです。「大戸屋(おおとや)」などは独身者を相手にしていますが、壁に向かって料理を食べさせます。味気ないですよね。話の弾む相手がいて、「今日はご苦労さまでした」と言ってくれれば、あと2杯くらいお酒を頼むじゃないですか。

日本の場合、単身・独身が一番多いにもかかわらず、その層を相手にするレストランチェーンもないわけです。「すき家」で牛丼は食べますが、周りのお客さんの顔は絶対に見ませんよね。カウンターの向こう側にもお客さんがいるのに。「こんな場所で夕飯を食べている寂しいあなたは誰?」なんていう目で見ては絶対にダメですよ。こうした課題を解決するレストランを作れば、大ヒット間違いありません。皆さん、商売のアイデアがたくさん出てきたんじゃないでしょうか。

従来型店舗のような「待ちの姿勢」から脱却し、デジタル消費、越境EC、インバウンド消費などのように「ネットで働きかける」、「Cookpad(クックパッド)」など事例のように「ネットで消費者自身から働きかけてもらう」、インスタ消費のように「消費者の感性・右脳に働きかける」など、購買の新しいキッカケや動機をうまく利用することが必要となってきます。

新時代の消費者像をつかむことがEC事業者の未来をつくる

8つ目は「フォロワーからマルチ化する(特権を与える)」ということです。成熟市場においては、モノやサービスに対して惜しげもなくお金を払い、熱狂的に追いかけてくれるファンをつくることが欠かせません。その特性を研究し、熱狂的ファンを拡大することが重要です。「ネスレ」なども、コーヒーメーカーを無料で企業に貸し出し、そのコーヒーを愛飲するコミュニティを作って大ヒットしていますね。これはサイバー空間にも言えることで、「ハイタッチ(人間的な密な触れ合い)」を失ってはいけません。

「フォロワーからマルチ化する(特典を与える)」というのは、「ある顧客に対し、その顧客の紹介で新しい顧客がこの商売につながった時に特典を与える」ということです。マルチというのは、リアルな営業でやると問題を起こしたり摘発されたりしますが、インターネットでやる場合には問題ありません。このように、紹介を多重化して特典を与えることによりフォロワーからマルチ化することが重要です。顧客は満足している人なので、そうした人に特典を与える方が、広告宣伝などにお金を払うよりも意味があります。

今日は「見えないECの顧客が見えるようになるための施策」についてお話してきました。新時代の消費者というのは、今までとはガラッと違います。この新しい消費者像をつかんでいただきたいと思います。「デモグラフィーを理解する」「先行事例からヒントを得る」「MARKET AUTOMATIONやINTEREST GROUPの分析できっかけを作る」「リアルからつなぐ」「サイバーコンシェルジュで誘導する」「満足した顧客から紹介してもらう」「顧客の導入経路を探索する」「フォロワーからマルチ化する(特権を与える)」。今日お話した、こうした手法を全部やるのは大変かもしれませんが、この程度のことはデータがいくらでもあるんです。皆さんのご成功をお祈りしています。ご静聴、ありがとうございました。