◆実は、世界には
実は、世界には多種多様なビールが存在し、分類方法によっては100種類以上あるといわれています。日本で飲まれているビールは、1スタイル程度でしかなかったのです。
◆なぜ、日本は画一的な味になってしまったのか?
西洋文化が怒濤のように押し寄せていた明治3年(1870年)の横浜で、日本でのビール醸造の歴史がはじまりました。駐日外国人向けに製造されていたものが、その後、徐々に日本人にも広まり、親しまれていったのです。
明治の中頃にはたくさんのビールメーカーが創業しましたが、それらに共通していたのは、機械も技術も全てドイツから導入した下面発酵ビール(ラガー)のものだったということです。
やがて、国の介入・戦中の厳しい醸造統制を経て、戦後4社の寡占状態になり、比較的競争の少ない中で、時が経っていったのです。ビールは画一的な味となり、消費者もそれが常識になってしまったのです。ビールとは、こういうものだと。
◆その時、歴史が動いた!
月日は流れ、平成6年(1994年)。時の細川内閣により、酒税法が改正され、ビール製造免許の製造量下限がそれまでの2,000キロリットルから、60キロリットルに改められ、小規模な醸造所でのビール造りが可能になったのです。
当醸造所は、創業者が衝撃を受けたあのときの感動を一人でも多くの方に伝えたく一念発起エール醸造をはじめたのです。私たちは、「ニッポンのビールに味を!人生に幸せを!」を合い言葉に、日夜おいしいエールを熱く造っています。
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