館長のことば

 滋賀は安土のふとん屋の4代目として生まれ、家業を継いで二十年になります。小さな博物館ではありますが、7年ほど前から暖め続けてきた想いや夢をまとめたものです。
 もめんに囲まれて育ち、天然素材としてのもめんの良さ、やさしさ、ありがたさを身をもって感じてきたつもりです。羊毛、羽毛、合成繊維の台頭と流行の中で、もめん綿が人間の生活と身体とにどの程度優れ、価値があるかを常に自分自身に問いかけてきたつもりです。もめんと人間の歴史を調べてみると、5千年という永い付き合いで驚かされます。日本人が布団にもめん綿を利用し始めたのはそう古いことではありません。
 しかし、ワタの布団はいかほど日本人の暮らしに快適さをもたらしたか、はかり知れないものがあります。現在、粗大ゴミのワースト3の中に布団、マットレスの2つが名を連ねているということに大きな責任を感じます。しかし古くからもめん綿は打ち直しをして、今でいうリサイクルを行ってきました。今後も日本人の生活ともめん綿の布団とのかかわりは決してなくなることがないと信じています。
 もめん綿の種類、特性、また布団と日本の美しい文化、残したい仕立ての技術と職人さん、伝統工芸の生地や柄など、私自身がもっと知りたい、もっと学びたいことがたくさんあります。皆さんにもその一部を知っていただきたいと思います。これからも資料を充実し一層皆様の満足いただける博物館にすべく頑張りますので、よろしくお願いいたします。
 
 最後になりましたが、ワタセのふとん博物館の開設にあたり、京都工芸繊維大学の加藤 力助教授をはじめ加藤ゼミの荒木令子さん、寺尾旬矢さん、渡辺聡さん、安永憲治さん、小寺敏幸さんの適切なご指導並びに熱心なご協力を頂き、ふとんと睡眠の基礎研究と、展示パネルの作製ができました。この場を借りて、お礼申し上げます。
 当博物館の顧問には、私が公私ともども尊敬申し上げ、ご指導を仰いでおりますところの株式会社ヨアケの野田茂社長にお願いいたしております。
 これまでに、たくさんの方々に応援して頂き、支えられてきたワタセであります。
 感謝の気持ちを行動でお応えできるように頑張りますので宜しくお願い申し上げます。
 


 ふとん博物館館長 
     辻 貴史

ワタ(綿)
 学術名:Gossypium ardoreum var. indicum Reberty
 英 名:Cotton Plant
 ワタは、アオイ科のワタ属に分類されます。ワタ属の花は、花は初めクリーム色をしていますが、そのうちピンク色に変化します。その後、直径5cmほどの白球が現れます。(これをコットンボールと呼んでいます)。
 学術的には「COTTON BOLL」ですが、私共では親しみを込めて「BALL」をロゴに使用しました。

 一本の毛は一個の細胞でできていますが、長さ2〜5cmにも達することがあります。日本のワタの輸入量は約80万トンで、主な輸入先はアメリカ、メキシコ、ロシア、パキスタン、ブラジル、インド、エジプトなどです。

世界のワタの生産量は、約2000万トンです。
そのうちの上位3ヵ国は以下のようになっています。
中国 約500万トン
アメリカ合衆国 約400万トン
インド 約300万トン

 
栽培と利用の歴史
 ワタの原産は主に熱帯地方で、繊維として利用され始めたのはインド、モヘンジョ−ダロで紀元前3000年ぐらいからです。日本へのワタの渡来は明らかではありませんが、『万葉集』などにでてくる‘木綿(ゆふ)’は別植物とされており、確実なものとしては、8世紀の終り頃に漂着した中国人がワタの種子を伝え、これが四国などで栽培されたといわれています。しかし、この時のワタは間もなく絶滅し、今日に伝わる栽培種はずっと後に、再び中国から持ち込まれたもののようです。
(参考文献:緑と人間の文化,東京書籍,アンソニー・ハックスリ著/ブリタニカ国際大百科事典,TBSブリタニカ)
人間と機械
 ワタの栽培は多くの労働力を必要とし、アメリカ合衆国南部のいわゆる綿花地帯が、黒人労働者を雇う奴隷制度の中心であったのはこのためです。その後、摘み採りなどの作業で機械化が進みましたが、20世紀後半に入っても世界の綿作地帯の農耕は、全体として見ると、家畜による耕作と人手による収穫にたよっています。また、毛を種子から分離する操作を‘綿繰り’と呼びます。現在の綿繰り機械は、毛を梱包する機能や、種子を仕分けする装置も含まれています。種子は、種まき用を除いては製油工場に送られ、食用などの油になります。また、機械による綿繰りの最古の記録はインドといわれます。この原始的な綿繰り機は、毛のついたワタ種子を2つのローラーの間に通し、毛だけを通過させて種子を残すという仕組でした。現在の綿繰り機も原理的にはこれと同じ構造です。
ワタのリサイクルとエコロジー


<--------約64m四方-------->

 粗大ゴミのワースト3にふとんが入っていることを、みなさんはご存じでしょうか?ふとんの中のワタがまだまだ生きているのに、知らずに捨ててしまっているのです。ワタは‘打ち直し’することによって生まれ変わります。これは合成繊維には真似のできないことです。ワタは脂肪分がある限り生きています。ワタの寿命はほぼ60年。リサイクルすれば新品のふとんに生まれ変わらせることができます。例えば、古いふとん1枚に新しいワタを加えて、新品のふとん2枚、又は、新品の座ぶとん10枚にすることができます。ここで、ワタがなぜ貴重な資源であるのかを説明しましょう。

ワタは1エーカーで一俵しかできません。
1エーカー=4反=1224坪=4046u
1俵=500ポンド=225kg

ワタは一毛作で、年一回秋のみの収穫です。
 さて、ふとん一枚に必要とされる面積は
座布団(1.5kg)は27u(8坪)
掛布団(4.5kg)は81u(24坪)
敷布団(6.0kg)は108u(32坪)

となります。
つまり、とても貴重な植物なのです。


天然素材であるワタは自然の恵みから得られるので、貯蓄量は無限であると言えます。しかし、このように、ワタの栽培には大きな面積と労力を要します。大切な資源ですから、使い捨てをやめて再利用を心掛けましょう。
綿の種類と特性
インド綿・・・・・繊維が太く、コシがあるため敷きぶとんに使われています。ファインからトップチョイスまで4段級のグレードがあり、アッサムやガネスえのハンドjeanが高級とされています。
メキシコ綿・・・・・比較的細くやわらかいため、掛けぶとんとしてよく用いられています。
エジプト綿・・・・・繊維が細く絹のようなやわらかい肌触りです。高級掛けぶとんなどに用いられています。
オーガニックコットンとエコロジー

 オーガニックコットンとは、有機栽培認定基準に従って、合成化学物質を3年間使用していない畑で栽培されたワタです。農薬、病虫害管理、天然肥料は決められた基準や方法で行わねばなりません。食料の有機栽培は、環境保全と安全な食料の生産が目的ですが、ワタの生産における有機栽培は環境保全が主たる目的です。主にアメリカ、インド、ペルー、トルコ、エジプトで生産されています。下の図はテキサス産のマークです。
       

綿の利点

 ワタは自然のやさしさそのものなので、赤ちゃんやアレルギー体質の人にも刺激することがありません。しかも、内側の湿気を吸い取って外へ発散したり、気化熱を奪って、まわりの温度を低くするため夏は涼しく、空気がたくさん含まれているので熱伝導率が小さくなり、冬はあたたかさを確保します。

綿入りふとんは貴族階級

 綿入りふとんを使うことができたのはごく一部の貴族階級だけで、一般庶民のほとんどはただの藁(わら)やわらびのほどろを敷いて、昼間着ていたものを脱ぎ、それをかけて寝ていました。
 江戸時代になって寝具は豊かになったようですが、庶民にとってはやはり高嶺の花で、蒲団の代わりに紙の寝具がつかわれていました。この他近代まで、農村では藁で作った (かます)、海岸では海草を麻袋に入れたり、山村ではマダの樹皮や藤を詰めたりしていました。

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