ラルタンについて


約2,000年前 縄文時代の貝塚からマグロの骨が発掘される
日本人は古代から食べていた

マグロの歴史

古代縄文時代のマグロ

縄文時代マグロマグロの歴史は予想以上に古く、2013年5月15日に現在の宮城県気仙沼市、波怒棄館(はぬきだて)遺跡で縄文時代の貝塚から石器が刺さった状態のマグロの骨が発掘されたと発表されました。
東日本大震災に伴い、高台への集団移転用地として調査していた際に、数十センチほどに切断された大きな骨が出土し、体長2メートルはあったかと予測されています。

当時、すでに三陸沿岸ではマグロを漁獲し、解体していたと思われるが、発掘中に同じ地層から大量のマグロの骨や刃物状の石器が見つかったようです。また気仙沼市教育委員会はこの周辺に、マグロの解体工場があったのではないかと推測している。大海を泳ぐ巨大なマグロを当時の人々がどのように漁獲していたのか、文明はどの程度発達していたのか、大変興味深いものであります。

またマグロは昔から「シビ」と呼ばれており、日本最古の歴史書である古事記や最古の和歌集万葉集にも記述されている。いずれも7世紀から8世紀の書物で、日本人は想像以上に古代からマグロを食してきたと思われます。
江戸時代にも食用として、庶民が口にしていたようで、当時は保存方法もなく腐敗がはやいためあまり重宝されなかったようです。地方で獲れたマグロも江戸へ運ぶ最中に鮮度が落ち、腐敗してしまうため流通もしなかったのでしょう。

マグロの部位特に脂が多いトロの部分は腐りやすかったため、赤身だけ食べられ、トロは捨てられていたようです。今では考えられませんね。1960年代の戦後になり、徐々に冷凍技術が発達してくるとマグロの鮮度を維持できるようになり、トロの部分も珍重されるようになりました。当初の冷凍技術はマイナス30℃程度で解凍すると、マグロの繊維が壊れ、旨みであるドリップがでていましたが、現在では技術の進歩に伴いマイナス50℃以下で保存できるため、風味も獲れたてとほとんど変わらず全国どこでも新鮮なマグロが食べれるようになりました。

「マグロは鮮度が命」と言われますが、漁獲すると暴れ、体温が上昇しすぐに劣化してしまいます。そのため、漁獲後はすぐにエラや内臓を取だし、氷を詰めて体温の上昇を防ぐ作業が非常に大切になるのです。
マグロは日本の中でも食文化の違いがあり、関東周辺や静岡県では消費量が非常に高く、西日本では軒並み低くなります。日本の食の台所と言われる築地市場では海外からマグロの競りの見学が行われたほど知名度があり、毎年1月の初セリはご祝儀価格がつきものですが、青森県大間産の本マグロがもっとも注目を浴びている。