【健康らいふ】 大豆β−コングリシニン

 □京都大学名誉教授 鬼頭誠氏に聞く

 ■内臓脂肪を効果的に低減

 「畑の肉」とも呼ばれる大豆だが、最近、意外な効用が明らかになってきた。大豆タンパクは、良質なタンパクのほかに、コレステロールの低減効果があるとされてきたが、もう1つの主要タンパク成分「β−コングリシニン」の存在が突き止められ、これがメタボリックシンドロームの元凶である内臓脂肪や中性脂肪を効果的に低減させることがわかった。肝臓内で中性脂肪の原料となる遊離脂肪酸を減らす働きがあるらしい。「食」にも、まだまだ未知の分野があるようである。(大串英明)

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 ■肝臓内で遊離脂肪酸を減らす働き

 ■大豆タンパク質からの抽出に成功

 −−昔から、大豆は日本人になじみ深いですね

 鬼頭 紀元前5000年には中国東北部ですでに栽培され、日本でも『古事記』に須佐之男命(すさのおのみこと)の高天原(たかまがはら)のくだりで、米、麦、アワなどとともに大豆のことを記述しており、奈良時代には、寺院で薬として大豆を役立てています。それが連綿として現在にもつながっていることにもなるわけです。

 −−急に脚光を浴びるきっかけは

 鬼頭 1999年にFDA(米国食品医薬品局)が、大豆タンパクを1日25グラム食べると、心臓疾患が防げるという食品表示を認め、大豆タンパクが体に良いとの発表をしたからです。今でも、米国では心筋梗塞(こうそく)などの心臓疾患が最も死亡率が高いですから、衝撃的でしたし、日本にも伝わって、ブームが起こってきたわけです。大豆タンパクがコレステロールを下げるという作用が注目されたわけで、実は、日本でも、何十年も前から栄養化学の分野では、コレステロール低減についてもかなり研究が進められていたのです。しかし当時から、コレステロール以外のものについても効果がある可能性が示唆されていました。それは大豆タンパクといっても、1種類だけでなく、多様であることがわかっていたからです。

 −−というと

 鬼頭 20年前ぐらいから、ネズミを実験材料にしてコレステロールを下げる成分の研究を進めていたところ、「β−コングリシニン」が中性脂肪を下げることに気付いたのです。研究の初期段階には成分を分画する必要があります。つまりきちんと成分を分離しないと、どの成分がどういう働きをしているか明確にできないわけで、その過程でわかったのは、タンパクとして含有量が多いグリシニンという成分が40%を占め、残り60%のうち20%がβ−コングリシニン、そして40%が「LP」というタンパク質だと新たにわかったのです。当時の未熟な研究では、グリシニンとβ−コングリシニンの存在しかわからなくて、多い分量のグリシニンがコレステロール低下作用を持つと長い間信じられてきたわけです。ところが、大豆からの大豆タンパクの収量が計算した収量と合わない。おかしいと思って調べていくと、もう1つ、LPという3種類目のタンパク質の存在がわかりました。さらに、タンパクの中でもβ−コングリシニンがカギを握っていて、中性脂肪を下げることがわかってきたのです。

 −−どういう実験を

 鬼頭 実験には2段階あって、ラットを使った動物実験で中性脂肪の低減効果、ヒト試験では、中性脂肪に加え、CTスキャンも使って内臓脂肪の減り具合を調べた。ラットの実験では、β−コングリシニン、グリシニン、カゼイン(牛乳に含まれるタンパク質)の3つの摂取群に分け、血中中性脂肪低減の比較実験をしたところ、β−コングリシニンの摂取群で血中の中性脂肪の濃度が有意に一番低く、糞(ふん)中の中性脂肪の量が最も多かったのです。

 一方、グリシニンを与えた群は、カゼインとほとんど変わらず、変化が少なかった。そのほかの、脂肪がエネルギーとして使われる際にできるケトン体などの実験結果も含め、推察するに、(1)小腸で中性脂肪の吸収を抑え、糞中での排出量を促す(2)肝臓で中性脂肪がエネルギーになるのを促し、遊離脂肪酸の量を減らす−ことなどから、結果として中性脂肪を減少させ、脂肪蓄積を抑える働きがあると判断できたのです。

 −−ヒト試験では

 鬼頭 客観を期すために介入試験も、無作為に割り付ける「二重盲検」の手法で実施しました。まず中性脂肪について、血中中性脂肪値150ミリグラム(100ミリリットル当たり)以上の126人について調べました。1日5グラム含有のβ−コングリシニン入りの干菓子と、カゼイン入りの干菓子を毎日食べてもらった。すると、12週間後、β−コングリシニン摂取群では、ほとんど変化のなかったカゼイン群に対し、血中中性脂肪値が最初の4週間で11・7%減、12週間で13・5%減となった。中性脂肪がもともと高い人と適正範囲の人と比較しても、高い人のみに作用していることがわかりました。

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 ■「1日5グラムの摂取継続を」 具体的メッセージ発信へ

 −−内臓脂肪について

 鬼頭 これには、全員(BMI(肥満指数)25〜35、ウエスト周囲径男性85センチ以上・女性90センチ以上計95人)にCTスキャンを使って内臓脂肪面積を測定した。20週間後、カゼイン入りの群は、平均4・2平方センチ増えたのに対し、β−コングリシニン入りの群は、5・0平方センチと5・1%減少したのです。内臓脂肪が多い人ほど減少率が高くなっていました。もともとこの研究も、β−コングリシニンを高純度(90%以上)に抽出できたことが、今回の成果につながったわけですが、その独自の作用から、内臓脂肪がキーワードとなるメタボリックシンドローム対策にも役立つことになるでしょう。

 −−そのメカニズムを知りたい

 鬼頭 ひとことでいうとβ−コングリシニンが遊離脂肪酸のレベルを下げる機能を持っているからだと考えています。私たちが食事で摂る中性脂肪は消化管で水解され門脈に入って脂肪酸として肝臓に供給される。一方、体の中では、でんぷんやさまざまな食べ物から、さまざまな酵素の働きで脂肪酸が合成される。

 なぜ、β−コングリシニンを取ると脂肪酸の量が減るかというと、(1)脂肪酸を合成する酵素系の働きを抑える作用がある(2)食べた油(中性脂肪)を吸収させないで排泄(はいせつ)する(3)ミトコンドリアにおけるβ酸化(脂肪酸酸化)の促進−の3つの働きがあるためです。中でも3つ目が重要で、脂肪酸は肝臓のミトコンドリアでβ酸化され、体の細胞にエネルギーを供給するが、β−コングリシニンは、そうしたミトコンドリアへの脂肪酸の取り込みを促進する。この作用をβ酸化の促進というが、β−コングリシニンは脂肪酸をエネルギー用に分解するのを促進している。この結果、脂肪酸が減り、新たに、これから作られる中性脂肪も減って肝臓から血液中に出る中性脂肪(VLDL)も減り、最終的に血中中性脂肪も減ることになるのです。

 −−介入試験で1日5グラムという基準は?

 鬼頭 FDAの1日25グラムという大豆タンパクの摂取基準に合わせると、その中にちょうどβ−コングリシニンが5グラム入っていることになるのです。それで決めたわけですが、1日25グラムという量は、到底あっさりと食べられる量ではない。1日β−コングリシニン5グラムを大豆食品に換算すると、豆腐だと2丁半〜3丁、豆乳だと、約1リットルに相当します。乾燥大豆80グラムだと、5グラム供給されます。介入試験では、20週間にわたって食べたわけですから、1日3回に分けて食べてもいいわけですが、日常の食事を考えると、サプリメントとしてβ−コングリシニンを取った方が得策だという判断もありますね。

 −−ちなみに、納豆はどうなのですか

 鬼頭 納豆には、β−コングリシニンは存在しません。納豆菌が自分の菌体の成育のために大豆タンパクを利用してしまうからなのです。だから、栄養価としては、どうか。単に大豆を食べたらいい、という表現でなく、論文でも示したように、「β−コングリシニンを5グラム、食べ続けると確かに中性脂肪、内臓脂肪が減りますよ」と、科学的に定量的に理解できるメッセージを発信したいと思っているのですよ。詳細なメカニズムなど、さらなる研究を続けていきます。大豆は何千年来、食べてきたわけですから、安全だという前提がありますが、食品は百パーセント安全を期さなければならないのです。

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【用語解説】大豆タンパク質の構成

 大豆には、タンパク質が、重量当たり約3分の1含まれている。そのうち40%はグリシニンで、中性脂肪などを下げる作用のβ−コングリシニンは20%ほど。残る40%のLPは、脂質・タンパク質貯蔵体の膜タンパク質を主成分としている。

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【プロフィル】鬼頭誠

 きとう・まこと 京都大学農学部(栄養化学)卒業。米国ペンシルベニア大学医学部研究員、京都大学食糧科学研究所助教授を経て、昭和51年に同研究所教授、同63年から同研究所所長を兼任し、平成10年に定年退官、現職。専門は脂質生化学、食品生科学。

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 □「撲滅運動キャンペーン」に取り組んでいます

 産経新聞社では、「メタボリックシンドローム撲滅のためのキャンペーン」に取り組んでいます。詳しくは、メタボリックシンドローム撲滅委員会専用ホームページに掲載されています。

 【主催】メタボリックシンドローム撲滅委員会、産経新聞社、フジテレビジョン、ニッポン放送、フジサンケイ ビジネスアイ

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