Unlimit special story

"なりたい自分"の見つけ方

episode.21

"なりたい自分" の見つけ方

「…そういうわけで、」

私の長い説明を、飯島くんは真剣に聞いてくれていた。

その間に直実さんは酔っぱらって寝てしまって、ご主人は自分のペースでゆっくりワインを飲んでいる。

「今は会社には契約社員扱いで週3日出勤しているの。残りの日は個人の仕事。だから会社は辞めてないの」

「悠さんにとって、一番良い形になったね」

ご主人にそう言われて、私は相好を崩す。

「少なくとも今の私には、これが一番良い形です。

これからまた変化はあるだろうけれど…。

でもきっと大丈夫だって、何故か安心していられるんです」

「それが一番の財産だね」

ご主人の言葉に、私は小さく頷く。

もがいて、格好悪くて、どうしようもなく情けない自分。

そんな自分を直視するのは、正直心地よいことではない。

だけど、そこにこそ可能性があるということを、私は知った。

「僕もがんばろ~!」

飯島くんが大きく伸びをしながら叫ぶ。

「悠さん、見ててください。

僕はコーヒー生産者とboar's coffeeを繋ぐバイヤーになりますから、僕が買い付けた豆のパッケージは全部悠さんがデザインしてくださいね!」

「うん、楽しみに待ってる」

「まずはちゃんと大学卒業しないとな」

「いやまぁそれは…、頑張ります」

一気に威勢を失う飯島くんに一同は笑う。

いつの間にか直実さんも目を覚ましていた。

「良いチームね、私たち」

直実さんの言葉に皆が頷く。

「じゃあそんな私たちに乾杯~!」

まだ飲むんですか等と突っ込みつつも、結局私たちはその後何度も杯を重ねた。

―― きっと大丈夫。私は力強く生きていける。

そんな確信を胸に、更けていく夜を大いに楽しんだ。

よく晴れた夏の日。

私はboar's CAFEの一角を借りてパソコンやら資料やらを広げている。

「ごめんごめん、遅くなっちゃって」

バタバタとやってきたのは直実さんだ。

「宜しくお願いします」

私と一緒に席についていた男性が、立ち上がって直実さんに名刺を渡した。

「はじめまして。こちらこそ宜しくお願い致します」

直実さんは名刺を受け取ると、自分の名刺も差し出した。

彼は私の大事なお客様。近隣で人気のブーランジェリーのオーナーだ。

「このようなお話を頂いてありがとうございます。

boar's CAFEさんのことは度々うちの常連さんからも伺ってまして、とても素敵なお店だと」

椅子に腰掛けながらオーナーはそう話した。

直実さんは嬉しそうに微笑んでお礼を言い、持参したノートを広げる。

「もうすでにメニューの構想はいくつかあるんです。例えばね…」

思った通り、直実さんは既に暴走気味だ。

「直実さん、もう少し前段階のお話から説明しないと…」

「あ、そうねそうね! 私いつもこんな調子で、ごめんなさいね」

オーナーはいえいえと首を振りつつ、悠さんの言ってた通りだねと笑った。

 

boar's CAFEでランチタイムを始めたいと言い出した直実さんに、このオーナーの焼く絶品のパンでバケットサンドやクロワッサンドッグを提供してはどうかと提案したのは私だ。

前々から、オーナーのパンとご主人の淹れるコーヒーの相性は抜群だと感じていたから、素敵なコラボレーションの橋渡しになれたのがとても嬉しかった。

「悠ちゃんはできるデザイナーでしょ?」

仕事の話を進めつつ、直実さんがオーナーに話を振る。

「はい、本当に。ただ単にデザインをするだけじゃなくて、お店全体のことを考えながら提案をしてくださるので、僕としても新しい視点をもらえるのが有難いんです」

私は恐縮しつつも、嬉しい気持ちが胸に広がる。

オーナーからの評価は、個人でデザイン依頼を受けたお客様からよく頂いている内容で、ここ最近は意識的にそういった提案ができるよう工夫している。

そして最初にそのことを私に伝えてくれたのは他でもない直実さんだ。

「…じゃ、そろそろメニューの話をさせてもらえる?」

その話をしたくて仕方がないといった雰囲気でノートを広げる直実さんは、どこまでも直実さんそのものだった。

「はい、始めましょう!」

私とオーナーは直実さんのノートを覗き込み、ワクワクするようなアイデアの実現に向けて大いに議論した。

こうして、私の日々は流れるように過ぎていく。

休日にため息をつきながらゴミをまとめていた私はもういない。

あの頃の私を愛おしく思うと同時に、私は今の私に胸を張る。

"なりたい自分" は、いつもすぐそこ、半歩先で笑っている。

理想を私らしく追う日々は、まだ始まったばかり。

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わくわくなランチは素敵なお皿で

Shimamori

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