店長【鈴木秀幸】の半生

~人生2度の大きなどん底~

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プロフィール

氏名: 鈴木 秀幸

1964年
3月18日 静岡県湖西市鷲津の呉服屋の長男として産まれる
小学6年
アマチュア無線の免許取得 電気オタクまっしぐら
中学2年
パソコンNEC PC−8001を親に買ってもらい、ますますのめりこむ
高校
アマチュア無線、PCとともに3年間を過ごす 完全オタクになる
大学
オタクの経験を活かし、情報処理学科へ進む
フォートラン、コボルなどのプログラミング言語を使っての
PCプログラム作成を得意とする
私生活では当時の友人の影響でバイクに興味を持ち、
オタクツーリングクラブを結成
北海道ツーリング 一人旅40~50泊を3回経験
バイクにはまり、オタクはすっかりアウトドア派に・・・
パチンコを覚え、年間300日パチンコ屋通い 現在もしばしば通う。
1986年
株式会社ほていやに就職したのをきっかけに、
呉服業界に足を踏み入れる

順風満帆な人生を送っていました・・・
ここまでは。

【1回目のどん底】

1986年、バブル景気で株式会社ほていやに入社し、愛知県の稲沢店に配属が決まりました。 呉服業界での社会人スタートです。

ほていや稲沢店のお客様に愛され、持ち前の人当たりの良さもあり、営業成績はうなぎ上り、 ◯年経つ頃には年間売り上げ1億円プレーヤーとして第一線で働きました。 仕事をするのが楽しく、ほていやの社員として生涯勤めようと仕事に邁進していました。

お店の電話の写真

その矢先の出来事です。入社5年目。働き盛りで意気揚々と日々を過ごしていた私のところに実家から一本の電話が。

それは『父が経営していた呉服屋(マルホン株式会社)が負債1億5千万を抱えて倒産した』という悲しい知らせでした。さらに、経営者であった父が失踪したとも・・・。

巨額の負債を抱え一人取り残されてしまった母が心配で仕事も手につかなくなり、『一生を捧げる』と心に決めていたほていやを退社し、実家に戻る決意をしました。

翌年、実家である呉服屋再建のため、母の実家の援助を受けて母と二人で【株式会社都泉】を 設立しました。

倒産したばかりの呉服屋で、ゼロからの・・・いや、マイナスからのスタートでした。

経営が辛かった頃

当然、経営は非常に厳しい状態でした。

再建のためには、お客様に来ていただかなければ!その一心で私は営業に東奔西走しました。そのとき頭に浮かんだのは、お世話になったほていや稲沢店のお客様でした。 

ほていやのお客様に助けていただこう・・・そんな気持ちで私は稲沢に向かいました。

1992年から10年をかけて、稲沢に毎月通い、お客様を訪ね、営業を重ねました。年間売り上げ1億円・・・そんな過去に到底追いつけない、地道で、先の見えない長い道のりでした。それでも、会社の再建のため、家族のために必死でした。

稲沢のお客様の優しさ、あたたかな人情に恵まれて、少しずつ業績も上向きになりました。このときの人のあたたかさは、今も忘れられません。

少しずつ地元の店舗にもお客様が増え始め、まずまずの数字も残せるようになってきました。この頃、やっと失踪した父とも連絡がとれ、離れて暮らしてはいますが、心を落ち着かせて仕事に専念できるようになっていました。

しかし、時代はバブル崩壊の真っ只中でした。

もちろん、呉服業界にも厳しい風が吹いていました。

2005年3月、鈴木秀幸41歳。男の本厄年です。厄払いになるようにという願いも込めて、楽天市場に【安売り天国とせん】を出店しました。

楽天オープン初日、1時間後に初注文をいただき、安堵とともに、嬉しさがこみ上げてきました。「営業は足でとれ!」そう思っていた固定観念を覆された瞬間でした。

それからは商品の充実に重きを置き、楽天での売り上げも目に見えて伸びていきました。楽天のお客様は対面販売ではありません。しかし、画面の向こうにお客様がたくさんいらっしゃる・・・そう思うと、やる気も出てきました。

楽天でのネット販売が少しずつ好調になってきたところで、昔のPC好きの性格も功を奏し、2012年3月、アマゾンにネット2号店となる【安売り天国とせん】をオープンし、2013年5月にはヤフーにネット3号店【とせん】を相次いでオープンしました。

楽天、アマゾン、ヤフーいずれも順調に売り上げが伸び、2013年5月までネット販売は絶好調で右肩上がりに売り上げも推移していきました。

【2回目のどん底】

2013年春。絶好調で毎月の売り上げもどんどん伸び、飛ぶ鳥を落とす勢いを見せていたネット販売でようやく実家の再建も果たせたと考えていました。

ところが、5月、2005年からネット販売を一緒に立ち上げたスタッフAが家庭の事情で退社。

また、翌月にはスタッフBが病気療養を理由に退社。

スタッフCが妊娠・出産のため退社・・・。

人手不足のまま楽天スーパーセールがスタートしたのです。

そして、有力なスタッフDまでも、実父が亡くなり楽天スーパーセールの期間を挟んで10日ほど出勤できないという事態になってしまったのです。

セール開始後、たったの10分で100件もの大量注文が入りました。過去最大の売り上げです。こんな嬉しいことはありません。

・・・ですが、店には私しかスタッフがいません

そのため、人手が足りません。

一人では受発注の管理が追いつかない

期間中、夜通し私一人で受注の管理をしても、受注の量が多すぎて処理が追いつかない状態が続きました。大量の注文に対し、商品の発送が思うようにできません。

前払いのお客様からの入金確認も間に合いません。

発送は遅れ、メール、ファックス、電話でのお客様のお問い合わせにも満足に対応できない状況が数日間続きました。

お客様のサポートもままならないような、こんな状況ではお店としては成り立たないと思い、とうとう、6月22日、ネットの3店舗すべてをクローズし、遅れた発送とお客様への対応に2か月を費やしました。

お客様には、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。このときの私は、ノイローゼ寸前だったと思います。それでもこの危機を乗り越えなければ・・・ここで挫けるわけにはいかないと踏ん張る決意をしました。

これを機に、商品の発送を素早くできるようにするための物流システムの構築に取りかかかりました。楽天と相談し、はじめは仙台の物流会社と交渉を始めることにしました。話し合いのため、仙台を訪れたときです。東日本大震災で津波の被害にあった地区に案内されました。おそらく御家族が被害に遭われたのでしょう。何もないところで、家族らしき人が合掌している姿を見かけました。私は涙が止まらなくなりました。

会社の危機という私の悩みなど、被災された方々の辛さを思ったら、とても小さいものだと思えたのです。私にはまだ、家もあり、家族もあり、仕事もあります。あぁ、この状況でも幸せなんだと感じることができました。

より早くお客様の手元へ商品をお届けするために試行錯誤

その後、残念ながら仙台の物流会社とは折り合いが合わず、伊那の会社との交渉を経て、現在は長野県の伊那に物流拠点を移しました。当社も、伊那の物流会社ともに発展途上ですが、いろいろ試行錯誤して2015年夏にシステムがほぼ完成しました。現在も検討を重ね、より早く、正確、確実に発送ができるように努めております。

現在、鈴木秀幸50代に突入しました。離れて一人で暮らしていた父は認知症だと診断され、施設に入ることになりました。とはいえ、家族の支えも必要です。父に対してはいろいろ複雑な思いがありますが、この危機も、また抱えて、家族と支えあって、乗り越えていこうと思っています。

皆様への感謝。これからも安売り天国とせんをよろしくお願いいたします!

人生、山あり、谷あり。
これからも呉服小売一筋に、がんばっていきます!
どうぞ、ご贔屓、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。