Vol.3 ~一生モノの時計とは~

2020/05/5

 

 

私が初めて機械式時計を手に入れたのが今から20年ちょっと前の1998年のこと。

 

機械式時計とはゼンマイを動力に動く時計のことであり、手巻きと自動巻きの2種類がある。

 

よく一般的に「一生モノ」と呼ばれる時計がこれらの機械式時計である。

 

なぜ機械式時計が「一生モノ」なのか、電池で動くクォーツ時計は一生モノじゃないのか?

 

単に高価だから一生モノと言っているのではない。

 

道具が道具として永く使われ続けるには必ず必要になってくるのが、修理やメンテナンスである。

 

簡単に言うと、機械式時計は修理し続けることが可能なのである。

 

パソコンやスマホ、家電製品など電気が通っているものは必ず壊れる。

 

内部の基盤がダメになると、基盤を丸ごと交換しないと直せないものも多い。

 

交換するにあたって互換性があるものがあれば良いが、なかなかそうはならないのが電子機器の世界である。

 

しかし、機械式時計の場合、故障の箇所がどこで、何が原因かが見て分かる。

 

互換性のあるパーツも多いし、もし互換性のあるパーツがなくても旋盤機で比較的容易にパーツを造作できてしまうのが機械式時計なのである。

 

幸いなことに、私が最初に買った時計はそこまでの大きな故障もなく、未だに現役で動き続けてくれている。

 

購入当初、休憩時間にバスセンターの上で腕時計を眺めながら「この時計と共にこれからの永い人生を一緒に過ごすんだなぁ…」としんみり思ったものだ。

 

そして、こうして実際に20年共に歩んでくると本当にお金には換えられない価値が自分の中に出来上がっている。

 

 

一日の生活の中でも一番目を合わせる回数の多いのが時計だ。

 

 

嬉しい瞬間、楽しい瞬間を共に刻んだ時計、人生の節目を共に過ごした時計、そんな想い出が沢山詰まっている。

 

また、辛い時、苦しい時、じっと我慢しながら共に時間が過ぎるのを耐え忍んだ時計、一緒に乗り越えてきた時計、そんな想いが時計には宿っていくように思う。

 

腕時計は身に着ける物の中でも、ジュエリーなどの宝飾品とは違い動き続けるというのが少し違うところだ。

 

そして、動き続けて行くためには手をかけてあげないといけない。

 

特に機械式時計の場合は放っておいたら、ゼンマイがほどけてやがて止まってしまう。

 

面倒を見てあげることで時を刻み続けるのだ。

 

面倒を見ることは字のごとく面倒だが、面倒を見ることで愛情が育まれていくと思う。子育てやペットを飼うのと一緒だ。

 

自分が面倒を見てあげることで時を刻み続けていく。

 

生涯の伴侶、そんなふうに呼べる腕時計が誰にもあるはずだ。いや、あってほしいと思うのである。