2000年12月8日
※前回までのあらすじ
秋葉原の裏名物としてあまりにも有名な缶入り「うす味
おでん」。その裏に隠された真実をつきとめるべく、製造元の天狗缶詰@名古屋に潜入した私は、ぬあんと「うす味
おでん」の生産がすでにストップしているという超ド級の情報をキャッチしたのであった。
「うす味 おでん」生産中止?
――そんなバカな!? だって秋葉原名物なんですよ。名物ってことはイコール、売れているワケじゃないですか! 製造中止なんて……おかしいですよ!(涙目)
「もう当社としては決定してしまったことなんです……。でも、悲しまないで下さい。おでん缶は永遠に不滅です。その証拠として……まずはコレをみて下さい」
そういって伊藤氏が机の下からシャキーンと取り出したのは、サーモンピンク色のバックに白い泡が浮いた、なんとなくカルピスソーダを彷彿とさせる爽快なデザインの缶だった。手に取ってじっくりと眺めてみる。
――はっ! こ、これは……「牛すじ入 おでん」!?
「ふふっ、そうなんです。我が社のホームページ、そしてネット通販でおでん缶を買われた方から届いた1万件のメールと、各地の営業担当からの現場の意見をもとに誕生した新作です。現在は関西エリア限定販売で、ネット通販のみ全国区先行販売となっております。私ね、じつはこの『牛すじ入
おでん』には企画の段階から関わっているんですよ。何十回も試食したし、小売店へも直接出かけていって店主さんに置いてもらえるようお願いしたこともあって、ものすごく思い入れがあるんです。愛娘のようだ、なんていうといい過ぎですけど、とにかく自信を持ってオススメできますね。どうです、缶もポップでいい感じでしょう? 今までのおでん像を打ち砕く斬新なデザインだと思います」
――は、はあ(汗)。ところで、『牛すじ入』缶の上のほうにある、ミートくん@キン肉マンに似た顔付きの『こてんぐ』とは何者ですか?
「ああ、コレはですね、ウチの家庭向け製品のトータルブランド名称なんですよ。我が社の製品は、先ほどもお話いたしましたように業務用がメイン。ちなみに高速道路のドライブインにある灰皿って、よく業務用缶詰の空き缶を利用してるでしょ。アレ、ウチの製品である確率けっこう高いですよ。……ええと、話を戻しますが、そうした業務用とは別に、家庭用・小売用を別ブランドで展開しようというプロジェクトがありましてね。その第一弾として『牛すじ入
おでん』が発売されたというワケなのですよ」
――なるほど。ちなみに『こでんぐ』という名前をひねり出したのはどなたなのですか? もしや現社長の鶴のひと声で?
「いえ、社内公募をやって、みんなでプレゼンして決めました。『カエデの葉』『下駄』といった天狗関連アイテムをはじめ、とにかくまあ、いろいろなアイディアが出たんですけど、天狗缶詰じたいを知らない方に『カエデの葉』といっても連想できないじゃないですか。そんなワケで最終的に生き残ったのは、このシンプルかつストレートな名前『こてんぐ』だったと。なお、イラストはプロのデザイナーの手によるものです。どうです、とってもキュートでかわいらしいでしょう?
――は、はい(汗)。ところで、製造中止になった『うす味 おでん』のほうなのですが……
「おっと、まだおはなしの途中でしたね。製造中止というのは本当なんですが、それはあくまで一時的なこと。来春、そうですね、たぶん2月頃になりますが、新パッケージ『つみれ入
おでん』となって再発売されるんです。ええと、つまり、『こてんぐ』ブランドを冠して、新作『牛すじ入
おでん』と統一のデザインにするための処置だったんです」
――ふ〜(安心のため息)。その新しい『つみれ入 おでん』なんですが、もともとの『うす味 おでん』と中身も変わっちゃうんですか?
「いえ、パッケージだけです。味やおでん種については、すでに10年以上もご好評をいただいておりますし、リニューアルする必要はまったくないですからね。その点は安心してください。ただね、以前の缶のデザインについて『オヤジっぽ過ぎる』と一部で不評だったんですよ。その点、新しい缶のデザインはポップでキュートですから、若い方や女のコにも抵抗なく購入していただけると思いますヨ!」
なんと! 味噌味おでん缶も考えた!?
――ヤング(死語)世代に強くアピールするとなると、やはり次はテレビCFでは?
「いやいや、それではやり過ぎなんですよ。製造元である私どもがこういうのもナンですけど、おでん缶はニッチなところが魅力。目につくすべてのドリンク自販機で販売されていたら、せっかくの個性がスポイルされてしまう。『どこそこの自販機にて、我、おでん缶を発見せり!』なんて、口コミで広がっていくのが正しい在り方だと思っております。ですから、新作『牛すじ入』が関東に初上陸した時、どのように広がっていくか今から楽しみなんですよ」
――しかし、「つみれ入」「牛すじ入」となると、他のバリエーションへの期待が膨らみますね。どうですか、名古屋風に味噌味なんて?
「味噌味おでん、じつは試作・試食をかなりやってみたんです。でも、結局はダメなんですよ。その理由は、まず第一に手が汚れるということ。ほら、おでんを食べるための串がダシに浸かってるでしょ。味噌のようにドロッとしてると、手がベタベタになってしまうんです。そして第二に味が濃厚だということ。塩味が強くて、しかもさらっとしてないから、ダシを最後まで飲み切れないんですよ。それに、たとえば駅で販売していて、ちょっとつまずいてダシを人にかけちゃった場合、味噌だと絶対に許してもらえないような気がする(矢部注:と伊藤さんは、確信の顔で力強く断言した)。私も生粋の愛知県人ですから、ぜひ発売したかったんだけどねえ」
――たとえばおでん缶の上部に、小さな袋入りのカラシや味噌を付けてみては?
「それも検討しましたけど、なにしろ自販機で暖めて販売してるでしょ。熱で味が変質してしまう可能性があるんですよ。そのほか自販機の側面に専用のカゴを付けることも考えましたが、販売店の管理の難しさや衛生の面でNG。なにかいいアイディアがあり、そして皆様からのリクエストが多ければ、本当に『味噌味おでん缶』を発売したい考えはありますが」
――ということは今後、「おでん缶」シリーズとして大幅に展開していく可能性は?
「このおでん缶は我々にとって、難産の末に生まれた子といいますか、今のように皆様のご愛顧をいただけるまでにはとても長い時間がかかっております。だから、大事にね、育てていきたいんですよ。ポッと思いつきで新製品を出すのではなく、じっくり吟味して、皆様に長く愛される高品質なモノだけを加えていきたい。ご質問に即イエスとは言えませんが、けっしてノーでもないのです。我が社のおでん缶を、今後も温かい目で見守っていただけたらうれしいですね」
ということで、本当に貴重かつレアな情報をゲットできた。正直、おでん缶がここまでクリエイティブ・スピリッツに満ちた確信の産物であろうとは予想だにしなかった。しかし、なにより一番驚かされたのは「お客様の要望で牛すじ入おでん缶を発売した」ということ。我々のリクエスト次第で、ニューテイストのおでん缶がロールアウトされるのである!! もはや黙って手をこまねいている場合ではないだろう。
一家にひと缶おでん缶。 防災グッズにおでん缶。 晩酌メイトにおでん缶。 何はなくてもおでん缶。 ガンガン買って、ドンドン食べて、バンバンメールして、自分好みのニュー・テイストを世に送り出そう!
と、キレイにまとまったところで、この稿を終えようかと思ったんだけど、皆様からのすさまじい大反響、そしてなにより、ぼく自身のバーニングしてしまった好奇心が収まりつかない。規定の文字数をはるかにオーバーしちゃいますが、こんどは秋葉原のチチブ電機さんに突撃取材。「おでん缶、実際どれほど売れてるのよ?」という販売店における生のボイスをリポートしちゃいまっせ!
チチブデンキ社長とバトルトークさく裂!!
お話をしていただいたのは、チチブデンキ代表取締役の小菅さん。パワフルでチャキチャキの神田っ子といった感じの伯楽だ。彼とのバトルトークを公開する前に、お約束の会社プロフィールを
チチブデンキは昭和33年(1958年)に創業した秋葉原でも老舗のショップ。もともとは東芝製品を中心に家電を扱う店舗だったが、ちょうど東芝のモバイル「リブレット」が発売された頃からモバイル専門店となった。同ビル上階に東芝のサービスセンターがある立地も手伝ってか、今では『リブレットの聖地』としてモバイル派には有名である。また、そのほかにもうひとつ、あたかも垣根のように、店舗のまわりをぐるりと囲んだ10台のドリンク自販機のマニアックな品揃えでも名を知られている
――まず「おでん缶」との馴れ初めを教えてください。
「ウチの外にある自販機、年間の売上ものすごいんだよ。だから、こっちとしても真剣に取り組んでてさ、新しい製品、おもしろい製品が出たらすぐに入れるようにしてるンだよね。で、ウチの自販機ベンダー業者さんが、天狗缶詰さんの東京営業所の専務さんと知り合いでさ、そのスジから「おでん缶を置いてもらえないか」って話がきたワケよ。こりゃ面白れえってんでためしに扱ってみたら、コレが売れる売れる。むかし某ポッカが缶入りの豚汁を出したときから、食い物はイケるって思ってたから予想通りなんだけど、ここまで名物になるとは思わなかったな」
――おでん缶が現在の極太缶になったのは'95年頃ですが、いつから置きはじめたのですか?
「えっ、そうなの!? ……マズイなぁ。いやね、ワタシ、こないだ某フジテレビの取材でさ、『おでん缶は10年前から置いてる』って思いっきり断言しちまったんだわ。あらら、記憶間違いだねえ。えー、ということは……5年前からだな。うん」
――実際ホントに売れてるのですかねぇ〜?
「自販機の売上、毎日集計してるから細かい数字あるけど、まあ平均でいうとな。平日は自販機だと100本前後、店舗内で20本前後。休日になると1.5倍になって、自販機で最低でも150本以上、店舗内でも30本以上は売れてる。10台の自販機に数あるドリンクの中でも、おでん缶はナンバーワンの超優等生だよ」
――関西限定発売で『牛すじ入 おでん』という新味があるのですが、今後扱ってみるご予定は?
「おっ、おもしろいねえ。すぐにでもやりたいな。イヤ、やる。やることにした。アレだろ、君の話じゃ、その、今のおでん缶が新パッケージになるンだろ。セットで揃えたほうが楽しいじゃないか。すぐ業者に連絡しないとな……(矢部注:この12月中に入荷・販売開始することが大決定〜!!)」
とそのとき、おお、なんということでしょう。自販機ベンダー業者の方がおでん缶を納品しにきたではないか! 天は我に味方せり!
ぼくは世界中のありとあらゆる神に感謝の祈りをささげ、すぐさま業者の方の腕をつかんで身柄を確保。さあ、アドリブでレッツ☆クエスチョン!
――おでん缶を自販機に入れる時のコツってあるんですか?
自販機業者の方:「特にないっス。サイズがちょっと特殊だけどべつに問題ないです。フツーっス」
――ちなみにおでん缶は何時間ぐらい暖めればいいんですか?
自販機業者の方:「そうっスねぇ……。普通のホットドリンクよりは長めに暖めないとダメっスよ。だって中に具(おでん種)があるからね。ショート缶(いわゆる缶コーヒー)だとだいたい2時間でオーケーなんスけど、おでん缶は3時間、いや、5時間だな。5時間あっためるとベリグーだと思います」
約2.5倍! おでん缶は通常の『あたたか〜い』ドリンクの2.5倍保温する必要がある!! 思わず『シャア専用おでん缶(「牛すじ入」は赤色だし)』という異常な連想が頭をよぎり、またしてもレア過ぎるお話を聞き出してしまった自分に酔いしれていると、チチブ電機の小菅代表取締役がビシッとひとこと。
「つまりさ、5時間暖めないといけないってことは、そのぶん朝早くに缶を補給しないと、アツアツのおいしい状態でお客様に届けられないっつーわけだ。わかる? たかが自販機って思われてるかもしんないけど、真剣に仕事をしようってんなら、地味な努力が必ずあるもんだ。ウチだってそうだよ。こまめに自販機前を掃除して、空き缶入れがあふれないようにしてるしさ。たかがおでん、されどおでん。たかが自販機、されど自販機なんだよ」
おでん缶は名実ともに秋葉原の名物である。しかし、その名声を作り出したものは、ただひとつの力だけではなかった。まずおでん缶そのものが持つ魅力があり、それをベストなコンディションにするための自販機ベンダー業者の誠実な応対があり、さらにお客様に気持ちよく購入していただけるような環境作りを小売店がして、はじめて成立するものだったのだ。いや、ホントは「おでんを缶入りにしちゃった大バカ野郎の顔を見物しにいっちゃうぜ、ヘイヘイ♪」なんて、めちゃ軽い気持ちで取材はじめたんですけど、ひょうたんから駒、トンデモ話がバンバン飛び出して好奇心のジェットコースター状態でした
予定した取材をすべて終え、私はフィニッシュ記念に「おでん缶」を一本買い、近くの公園へとぶらぶら歩いていった。そして、ふと気がついた。いま、自分がトータルの意味で、世界一おでん缶にくわしい男であることに! <この知識を世界平和に活かせないだろうか……> とちくわをほおばりながらじっくり考えてみる。 <難しいような気がする……> 私はおでんダシをゴクリと飲み干し、空き缶をゴミ箱へ放り込むと、再びアキバの町へ歩き出した。 さあ、次は何を食べようか。
●「おでん缶」へのご要望受付け
(https://www.rakuten.co.jp/tengu/308617/41...)
矢部直治氏プロフィール 某小料理屋4代目若旦那 兼
バカ系体力派ライター。文章力はともかく、料理に関する知識だけは豊富(本人談)。
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