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タンナー 大新産業

1枚1枚の個性を活かした革づくりを目指して。


土屋鞄のものづくりを支える、さまざまな日本の職人技をお伝えします。 【革鞣し】大新産業篇

手が吸い付くかと思うようなしっとりとした手触りと、なんともいえない革の香り。そして優しく、でもどこか力強さに溢れたナチュラルな革の表情――できたての「オイルヌメ革」は、本当に生きているような素材感でした。

大新産業は、土屋鞄の人気素材「オイルヌメ革」の製造を一手に引き受けるタンナー(革鞣し工房)。皮革関連産業が集まる兵庫県姫路市で大正末期から革をつくり続けている、創業87年の老舗です。その3代目である代表取締役の大矢康生さんは、職人歴36年。もっとも、「子どもの頃から革づくりの手伝いをしてましたから、実質はもっと長くなるかなあ(笑)」とのことです。

タンナー 大新産業

まずは、ベースとなる革から。植物の渋だけで、時間をかけて鞣す。

何種類もの鞣し液にオイルと染料、そして塩漬けの原皮と鞣されたばかりの革。独特のクセを持った様々な匂いが交差し合うなかで「オイルヌメ革」づくりは行われます。
まずは、「オイルヌメ革」のベースとなる革づくり。ミモザやチェストナットなどの植物から抽出した天然タンニンを独自の比率で配合して鞣し液をつくり、下処理を終えた原皮と一緒にドラムに入れます。ゆっくり回り始めたドラムはまさに唸るような轟音を立て、鞣し液と原皮を攪拌。最後にしっかり蒸らして、繊維の奥深くまでタンニンを浸透させます。これだけで、実に63時間。ここまで時間をかけて、やっとベースのヌメ革が鞣し上がります。

タンナー 大新産業

使うのは200枚中、たった15枚ほど。革の選別に妥協を許さない職人魂。

鞣したての革は鞣し液でベージュに色付き、ちょっと生々しい感じ。ですが職人たちは全く臆することなく、革を運んでは積み重ねていきます。これを何時間も寝かせ、余分な水気を切った後に待っているのが革の選別。1枚1枚、端から端まで革を眺めて肌目の細かさや傷の有無などをチェックし、革を5段階の等級に分けていきます。
ちなみに「オイルヌメ革」に使われるのは、最上質の「A」の革のみ。なんと200枚中で平均たった15枚という、文字通り厳選された革だけが使われます。

ただこの革の選別、革が光で焼けてしまうので、直射日光を避け薄暗い場所で行うのが鉄則。その上、水分を含んで革が膨らみ、小さな傷やシワなどが隠れてしまっているので、短時間で正しく革の状態を見極めるのは至難の業です。そのため担当するのは、これまで何万枚もの革を見てきたベテランの職人限定。選別中の職人は革に集中しているため、声をかけるのが憚られる雰囲気です。
ちなみに一番クセモノなのが、革の内部に走っている血管の跡。外からは見つけ難く、剥いてみて初めて分かったりすることもあるそうですが、「それを外から見分けるのが、プロの目ですよ」と、大矢さんは笑います。

タンナー 大新産業

納得のいく風合いが出るまで、オイルを3回も染み込ませるこだわり。

鞣され、選別された革は、自然乾燥してからオイル含浸工程に送られます。「これがオイルを入れる前の革ですよ」と見せていただいたのは、ヌメ革がゴワゴワになったようなもの。これをオイルと一緒にドラムに入れて回転させ、オイルを染み込ませるそうです。
ここで含浸させるオイルの量は、大矢さん曰く「普通のヌメ革の3倍くらい」。名前の通り、「オイルヌメ革」=「オイル」+「ヌメ革」なのです。

オイルをたっぷり染み込ませた革は薄茶に色づき、しんなり柔らか。でも表面には、かなり色ムラが見られます。そこでこの後、1~3日ほど革を寝かせてから表面にもう一度オイルを噴きつけ、全体に満遍なくオイル染み込ませて調整します。これが大事な作業で、「革の色や表情を見ながら、噴き付けるオイルの量などを微妙に調整するのがプロの技」とのこと。最後の仕上げを含めて3回にわたるオイルの含浸は、まさしく1枚1枚の革との会話です。

タンナー 大新産業

オイルを染み込ませ、染色したら、あとはシボ付け。これは「空打ち」と言って、ドラムの中に革だけを入れて回し、モミクシャにする工程で行います。これによって革に自然なシボがランダムにつくと同時に革の繊維がほぐれ、しなやかさが増します。
ただし、これによって革に染み込ませたオイルが若干飛んでしまうため、3度目のオイル噴き付けで最終調整を実施。さらにこのオイル含浸で起こる色ムラを補正するために、何度も染料の配合具合をテストしながら、1枚1枚に色の調整を施さなくてはいけません。ここで失敗すれば、すべては水の泡。そのため、この最後の調整を行えるのはごく一部のベテラン職人のみです。
「革は生き物ですから、計算式通りにビシッと決まるものではないです。毎回が実験みたいなものですよ」と、大矢さん。最後はやっぱり、熟練職人が長年の経験で培った目の確かさが頼りのようです。

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「一枚一枚が持つ個性を活かしてこそ、いい革ができると信じています」

そんな革づくりにおいていちばん気をつけているのが、「1枚1枚の革の個性を活かしてやりながら、いかにして仕上がりの違いを許容範囲内に収めるか」だそうです。

「いろんな人間がいるように、革にもいろんな革があります。それをただ均一に仕立ててしまったらつまらないし、勿体ないじゃないですか」

安定した品質と、豊かな個性。相反するように思えるこの2つの価値を併せ持つ革をつくりたいという強い思いが、大矢さんにはあります。
「そのためには、時間や手がかかることはまったくかまいません。むしろ苦心して仕上げた革ほど、愛おしく感じますね」
1枚1枚が違うから、毎日、何百枚見ても革はおもしろい。これからオイルを入れる予定の革を手にしながら、「この革たちはどんな風に仕上がるかなあ」と、大矢さんは楽しそうに微笑んでいました。

タンナー 大新産業

有限会社大新産業
姫路市御国野町西御着463番地


(2011年11月)