こだわりのブランド Sentire-One

PELLE MORBIDA(ペッレ モルビダ)インタビュー

干場 義雅 (Yoshimasa Hoshiba)
様々な男性誌の編集者として活躍後、『LEON』の創刊に参画し、ちょいワルブームを作る。2010年独立し、現在は講談社のウェブマガジン『FORZA STYLE』の編集長としても活躍中。新聞、テレビ、ラジオ、トークショー、イベントなど、その活動はメディアの枠を越えて多岐に及ぶ。
PELLE MORBIDAクリエイティブディレクターは2012年から就任。


ペッレ モルビダ クリエイティブディレクター 干場様(写真左)
インタビュアー:店長 金山、平(写真右奥、右手前/テキスト赤色部分)

干場氏がペッレ モルビダに込める想い

流れて行かない、シンプルで良いもの

―今日は宜しくお願いいたします。
早速ではございますが、まずはペッレ モルビダが誕生した経緯についてお聞かせ願えますか。

僕がちょうど独立をするというタイミングで、現在のペッレ モルビダチームからお話をいただいたのがきっかけでした。
それまではずっと雑誌の編集者をやってきて、そろそろ自分の好きなことをやりたいなって思っていたんです。 そんな時にチームに声をかけてもらいました。「いろんなブランドを見てきた干場さんの考える世界観をぜひ作ってほしい」と。

―では立ち上げ当初からコンセプトも全て干場さんが作り上げてこられたのですか?

そうですね。 世界のいろんなブランドを見てきたんですが……。日本にもいいものがいっぱいあると思うんですよ。 でも、物が良くて価格設定がきちっとされている、コストパフォーマンスの良いものがなかなか無くて、海外にはそういうブランドがあるのになぜ日本にはないのかなって。

だから良いものをできるだけ多くの人にお届けするために適正価格の上質な製品をっていう想いで立ち上げたんです。

―なるほど。ペッレ モルビダの誕生の背景には、そんな干場さんの想いが詰まっているわけですね。

例えば、「2017年の春夏にはこういうバッグが流行ります」っていうと注目されますよね。 でもトレンドは変わっていってしまうので、今年買ったバッグが来年には古く見えてしまうじゃないですか。

『流行』って言葉は“流れて行く”って書きますよね。流れて行くような物は作りたくなくて、ずっと使えるようなものをなるべく長く愛用してほしい。

だからトレンド(流行)のものを作ってるわけじゃないんです。むしろトレンド(流行)が嫌いなんですよ。 ベーシックなものシンプルなものを長く使って頂きたいんですよね。
そう思って作ったのがこのペッレ モルビダなんです。

―確かにシンプルで良いものって流行り廃りが無く、何年経っても使っていたくなりますね。

シンプルで素材が良くてっていうのは最初から一貫して変わらないですね。 流行のデザインはほとんどない。ほとんどないって言うか、時代と共に多少はエッセンスとして取り入れていく部分はあるんですけど、基本的な部分として、良い素材を使っていてシンプルでベーシックなデザインっていうのは、ペッレ モルビダの一番の根幹ですね。

本当に喜んでほしいから、良い素材を使いたい

―干場さんの配信されているコンテンツを拝見していても、本当に良いものを厳選してご提案されていらっしゃいますよね。

そうですね、それはすごい本質的な部分なんですよね。
やっぱり年齢を経てきて、ご飯を食べている時でもそうだと思うんですけど……。例えば、美味しい“おにぎり”って何?ってなった時に、本当に手間隙をかけて作ったお米で作られている“おにぎり”なんですよね。 まず、ちゃんとした水田で育てられて、ちゃんと太陽が当たって、農家の人たちが毎日ちゃんと環境を整えて良いお米って出来てくると思うんです。

で、収穫されてそのお米はきちんと精米されて、良いお水を使って良い火加減で土鍋で炊くと、たかが一粒のお米でもそれが集合体になって、具材なんて無くたって美味しい塩がちょっとあれば美味しい塩むすびができるんですよ。 そういう風に、本当に良いものを作っていくと、たかが“おにぎり”なんですけどものすごく美味しく感じるんですよ。

それをバッグにも注入したいというか……。 年を重ねていくと、みんなで良い時間を過ごそうってなった時に、美味しいお酒とちょっと良いおつまみがあればみんな幸せになると思うんですよね。

―確かにそうですね。

良い素材を使いたいっていう要望は、チームの人たちにとってすごく大変だったかもしれないんですけど、今も良い素材があればできる限り使うようにしてるんです。

それはなぜかというと、ご購入して頂いたお客様に本当に喜んでほしいと思っているので。
使っていて、ちょっとバッグが柔らかすぎるよねってなったら、「じゃあ素材変えようか」って。お客様の声を聞くようにしています。それはすごく大事な部分なんで。

だからトレンドで変わっていくっていうよりも、むしろ使っていただいているお客様の声を聞いて、ここを変化していこうかとか、ここの金具変えようかとか、そういうアップデートはありますよね。

―なるほど。確かに私も買い物をする際に、耐久性はもちろんデザイン面においても“長く使えるかどうか”という点はとても重視します。

そうですよね。さっきも言ったように、流行って流れて行ってしまうんです。 流れて行くようなスタイルをずっとやっていると、軽い男になっちゃって格好悪いんですよね。 男の人は年を重ねると安定感が出てきます。自分を持っている人の方が僕はすごい好きですね。

だから流行をなるべく追わないっていうよりは、まず自分のスタイルを作って、“流行”はそこに少し加えるエッセンスですよね。

ペッレ モルビダは『白船』

―少し素材について触れられましたが、干場さん自身イタリアに頻繁に行かれているということですが、イタリアは革の生産地として有名ですし良い革はあったと思います。 それをあえて日本産の革を選ばれたのには理由やこだわりがあったのでしょうか?

ありますね。 やっぱり結局僕は日本人じゃないですか? 表参道とか行っていただくと分かると思うんですけど、表参道の両脇って、海外のラグジュアリーブランドがたくさん並んでいて、そのつど道の両脇の景色が変わってくるんですけど、彼らはみんな『黒船』だと思うんですよね。海外の人たちじゃないですか。 海外のものをやってたら海外の人たちばっかり潤う、あそこ(表参道)に日本の良いブランドが並んでてもいいと思うんですよね。

だから……これは裏話なんですけど、ペッレ モルビダって『白船』なんです。黒船に対抗する白船。だから(ロゴも)白じゃないですか。 武士魂じゃないですけど、日本にも良いものはあるんだよって。

―ペッレ モルビダのロゴにはそんな意味も込められていたんですね。

このあいだ、イタリアの有名老舗バッグブランドのクリエイティブの人が伊勢丹に来て、「何なんだこのブランドは」って言ってたのがペッレ モルビダだったんですよ。それがすごい嬉しくて!
イタリア人にイタリアのブランドだと思われて、僕はその人に見られてて「よっしゃ!」って思ったでんすね。

そういう武士魂じゃないですけど、やっぱり日本の良いものを世界に発信していきたいんですよ。
サッカーの三浦知良選手とか中田英寿(元)選手とか、みんな世界を見てきて日本に戻ってきた時に、日本の良いものをもっと世界に発信したいって言ってるじゃないですか。そういう意味ですね。

―なるほど。日本を客観的に見ることで、改めて感じる日本の良さというものなのでしょうか。

まぁ、イタリア好きなんで全部イタリアで作っちゃってもいいんですけどね(笑)。 それはそれでなんか……当たり前ですけどやっぱりベースは日本人というか。やるからにはやっぱり日本の良いものを伝えたかったので。
最初は本当に人数が少なくて、鞄の数も少なくて、小さいロットから始めてるんで。これだけみなさんに扱っていただけて光栄ですね。

―そうやって一番初めに生まれたモデルというのが“メイデンボヤージュ”なんですね。

そうですね、メイデンボヤージュのシリーズです。初めは12型くらいですよ。色もブラックブラウントープの3色くらいしかなかったですよ。
こんなに広がるとは思ってなかったですね。(笑)

人間もバッグも全ては素材から

―ペッレ モルビダのバッグを作るにあたって、一番苦労された点はどこですか?

色出しですね。思い描くような色にたどり着くまでがとても大変でした。
黒色は比較的簡単なんですよ、黒色なんで。 黒色の中にも赤い黒もあるし、青い黒もあるし、緑っぽい黒もあるんですけど……。

でもそれ以上に茶の色出しってすごく難しいんですよ。 茶の色って、この机のような茶の色もあるし、この壁のような茶の色もあるし、(メガネを見て)ベッコウみたいな茶色もあるし……茶色1つとっても全然色が違うんで。 なのでそこの色出しってほんと難しかったですね。
格好良い茶色もあるし、ダサい茶色もあるんですよ。

―ダサい茶色ですか?

ダサい茶色っていうのは素材なんですよ。 良い素材じゃなかったら良い茶色は出ないんです。プラスチックみたいな素材を使ってると、なんか安っぽい茶色になるじゃないですか?でも良い木だと深みのあるいい茶色になりますよね。

例えばバイオリンとかもそうだと思うんですけど、ストラディバリウスっていう何億円とするバイオリンがあるんですけど、あれも一つの木から生まれてくるものだと思うんですよね。あれが最たる物ですよ。 すっごい良い木っていうのはああいう色を作るんですよね。 あれが安っぽいプラスチックで出来てたらあんなに良い風合いにはなったりしないんですよ。全ては素材から―

―なるほど。ペッレ モルビダのバッグも素材からこだわってきたからこそ、この風合いの良い色味が出せているわけですね。

人間もそうじゃないですか、すごい良いスーツ着てても中身がダサかったらダサい人間にしかならないんですよ。 中身が格好よかったら、Tシャツとジーンズでも似合っちゃうとかそういうことですよね。中身を鍛えて、体も鍛えていくとTシャツとジーンズでも格好良いんですよね。

―おにぎりで言うと本当に米自体がものすごくいいっていうことですよね。

まさに! おにぎりを売ってるわけじゃないんですけどね(笑)。 でもそういうことです。中身が大事です。

干場氏のスタイルについて

いろいろやってきて今のスタイルが確立できた

―干場さんが今のスタイルを築かれたのはいつ頃からですか?

いつからなんですかね……。僕、元々ベーシックなスタイルがすごい好きで。僕の出している本にも書いてあるんですけど、基本あまり変わらないというか昔から白いシャツにグレーのパンツとブレザーを着てましたね。

僕の大親友で、元ナンバーナインのデザイナーがいるんですけど。 彼はエキセントリックなストリートスタイルみたいなものを極めて、今もデザイナーとして世界的に活躍しています。 彼はもう見るからに不良っぽい奴で格好良いんです。だから、ある意味対照的かもしれません。

でも、彼がいたからこの世界を知るようになったきっかけでもあるんです。 僕が彼と同じような不良みたいなファッションをしても全然似合わなかったんですよね。そしたら彼に「干場はベーシックな格好している方がすごく似合う」って言われて、そこから自分の道っていうか自分のスタイルを築き上げていったと思うんですよね。

―それが中高生の頃だとうかがったのですが。

そうですね、彼と出会ったのは中学一年生の頃です。

―その頃からご自身のスタイルを確立し始めていたということですか?

だいぶブレましたよ。 いろいろやってきて、家一軒分くらいは洋服を買ってきて。 で、辿り着いたのが今のこのスタイルです。
30歳くらいからじゃないですかね、本格的に自分のスタイルが確立してきたのは。

バッグのベースは黒色

―干場さんは普段Webマガジンの編集長として、そしてファッションディレクターとしてもご活躍されていますが、ご自身でもバッグの合わせ方についてこだわっていらっしゃるポイントはありますか?

まず基本は黒色、もしくは茶色で合わせることが多いですね。 あとは、バッグの中に入れているポーチや小物などの色も合わせるようにしています。
例えば今日は黒色のバッグなんで、黒色のポーチ、黒色の靴、黒色のベルトでまとめています。

―コーディネートと同じように、バッグの中も意識しているということですね。

そうですね。なるべく統一感が出るように合わせていますね。

ただどっちでも使える色ってあるんですよ。 靴とバッグは絶対に合わせないと格好悪いんですけど、例えば茶色のバッグ、茶色の靴にした時に、赤色の名刺入れにすれば茶色でも黒色でもどっちにも使えるじゃないですか。 赤いバッグ、赤い名刺入れ、赤いポーチって、全部買ってたら大変なことになっちゃうんですけどね(笑)。

だから中身は黒色と茶色のどっちにも相性の良い色を合わせることも多いです。黒色の靴も茶色の靴もスタンダードな色なので両方履くじゃないですか。

―確かにそうですね。 干場さんはバッグをどのくらいお持ちですか?

バッグはそんなに多くないですよ。 基本は黒と茶のブリーフケース、あとボストンバッグ、ショルダーバッグをスタイルに合わせて使い分けますね。

―まさに“良いものを長く”ということですね。 その他にもバッグや財布へのこだわりはありますか?

あとは、財布はクロコダイルのものしか使わないとかですね。
あんまりあれもこれもってしなくなりましたね、自分のスタイルをあれこれ変えてるのって格好良くないと思っているんです。 「いつも干場さんってネイビーのジャケットにグレーのパンツだよね」ってイメージを固定させてるんで。

全然違う格好をしだしたら、また違うバッグが必要になってくるじゃないですか。 そうするとまたお金がかかってしまう。湯水のようにお金があるわけじゃないですからね。 すっごいお金持ちだったら、むちゃくちゃ色んなバッグを持ってるかもしれないんですけど。(笑)

今はなるべく余計なお金は使わないようにしています。 余ったお金で船旅(クルーズ)に行ったり、人と美味しいものを食べに行ったり違うことに使っていますね。

―なるほど。 ではバッグを上手く合わせるための、お勧めのスタイルなどはありますか?

まず黒のバッグをベースにするといいと思います。 男の人は最初は黒色から揃えるのが基本だと思うんですよ。 で、ある程度そろってきたら、じゃ次は茶色やベージュに挑戦してみようか、っていうのがお勧めですね。
基本は黒色です。基本がないと綺麗なピラミッドになっていかないですからね。 一番ベースの部分が黒色だと思うんですよ、バッグは。

大事なのは時代を読むエッセンス

―干場さんがコーディネートを考える際にいつも心掛けていらっしゃることはありますか?

その日の会う人たちと、目的を意識しますね。 いつ、どこに行って、誰と会って、何をするのかっていうことによってファッションは決められているので。TPPOです。(Time:いつ Place:どこで Person:誰に Occasion:どんな場面で)

―と言いますと?

基本ルールがあるんですよね、ファッションって。 メンズファッションの根源ってイギリスにルーツがあって、今これだけ……まぁ僕らが悪いっちゃ悪いんですけど、イタリア流行らせちゃったの僕らみたいなものなんで……でも根源を辿っていけばイギリスなんですよ。

もっと言うと、イギリスの中でもチャールズ皇太子だと思うんですよね。 チャールズって王家の家系の中でも、メンズファッションのルーツを確立してて。 そこから彼に憧れるイタリア人とか、イギリスから移民したアメリカ人とかによってイギリスのファッションがだんだん世界に浸透していったっていう。 元を辿ればイギリスなんですよね。

―干場さんがお好きだと公言されている『007』のジェームズ・ボンドもイギリスですよね。

ジェームズ・ボンドはすごいですよ! イギリスの王室御用達の諜報部員ですからね!スパイですよ! そりゃもうイギリスの徹底的な一番格好いいスタイルをされていますよね。
一番真似をしなきゃいけないのは『007』です! あれを観ていたら格好いい男の人になれますよ(笑)。

―そうですね!勉強します(笑)!

だからルーツって大事なんですよね。
時代が変わったっていうこともあって、ガチガチのイギリスのものっていうのは今なかなかないんですけどね。 昔はたぶん、革の鞄でもガチャガチャって、ほんとアタッシェケースですよね、それこそスパイが持つような。

そういうのが男の人が持つ鞄の一つとしてあって、そこから派生していってブリーフケースができてきたと思うんですよね。 (今は)あんまりガチガチのを持たないじゃないですか?

―確かに。最近はビジネススタイルにもカジュアルなバッグを合わせる人が増えてきていますよね。

それはスタイルが変わってきていて、今はジャケットでも柔らかい素材のものとか着ている人も多いと思うんですけど、昔はビシビシでしたからね、スーツは。 で、それに似合うバッグっていうものが作られたんですよ。

今の現代人の要素ですと、皆さんスーツとかネクタイされていますけど、今なりのきちんとしたスタイルをされているので、それに似合うバッグとしてペッレ モルビダもあって……ペッレ モルビダも昔のバッグとは違うと思うんですよね。 デザインも角がとれていたりするんですよ。

そういうところってペッレ モルビダの名前の由来でもあって、“モルビダ”ってイタリア語でソフトっていう意味もあるんですよ。 だから少し柔らかさもあって、でも自立はするんですよね。

(バッグを手にとって)こっちの方は “キャピターノ”(左)っていって、こっちは“マーレ”(右)っていうんですけど、両方とも革の質は違うんだけど自立していてビシッとして見える、だけど昔のバッグじゃない。

(写真左:キャピターノシリーズ、写真右:マーレシリーズ)

昔のバッグだともっとガチガチのバッグ作ったと思うんですよ。だけどそのスタイルは今の時代には合わなくなってきている。

―なるほど。時代や世の中のニーズを見極めておられるということですね。

クリエイティブディレクターとしては、これからどういう時代になっていくとか、時代を読むエッセンスってすごい必要だと思うんですよね。

それもやっぱり船と一緒で舵取りだと思うんですね。間違った方に舵をきると全然違う方向に行っちゃうんで。 実際に船旅を経験すると、状況を見なくちゃいけないんですよね。雨が降ってくる、風が吹いてくる。明日の天候はどうなんだ?とか。つまり未来ですよね。それを見ていないとどこに向かえばいいのか分からなくなるので。

先見の明というか、常に先を見ているっていうのは非常に大事だと思うんです。 それは仕事でもまったく一緒ですよね。

ペッレ モルビダの起点、“船旅”について

船旅に行くと何かを創りたくなる

―ペッレ モルビダのコンセプトにもなっている“船旅”。 干場さんご自身も船旅がお好きで何度も行かれているとのことですが。

そうですね。年に1回は行っていますね。 船旅は絶対に行った方がいいですよ!絶対行った方がいい、絶対に!

―興味はあるんですが、金銭的にも結構かかりそうだなって思いまして。

思ってる以上に高くないんですよ! 7日間でおおよそ28万円(飲食代、宿泊代込み)。往復の飛行機代を合わせても約40万円で7泊8日の地中海クルーズができちゃうんです。

ビジネスクラスの飛行機でイタリアに行くよりも安いんですよ。こっちの方がいいじゃないですか? 朝からシャンパンやワイン飲んで良い気分になれたり、ステーキ食べたりもできるんですよ。

―最高ですね!

みんな高いっていうイメージとか、歳をとってからするものだとか思っているようですけど、全然違いますよ! その船旅の良さも7年前くらいに初めて行って、体験したらこんなに船旅って楽しいんだって思って。

ブランドのプロデュースとかラジオの番組とか、ライフスタイル雑誌の編集長もやってたんですけど、とにかく船旅を経験した瞬間にインスピレーションがバババッ!って浮かんできて。これはもうみんなに伝えるしかないなって思って。 ペッレ モルビダをつくったのもそうです。

もちろんペッレ モルビダも伝えたいんですけど、まず伝えたいのは船旅の良さなのかもしれませんね。(笑) 船旅に行くと何か作りたくなりますよ。そのくらい感動しますよ。
めちゃくちゃ行ったほうがいいですよ、もう大至急!

―(笑)

ほんとに!これみんなに言ってるんですけど。 経験すると、「あ!干場さん言ってたこと本当だったんだ。」って感じられると思います。 いつ人間って死ぬか分からないじゃないですか?今行った方がいい!絶対そう!

―干場さんはファッションだけではなく、それを含めた“ライフスタイル”というものも提案していらっしゃいますよね。 やはりその背景として船旅が一つの大きな要素になってくるのでしょうか?

そうですね。 やっぱりいい旅をする時には“良いバッグ”って必要になるじゃないですか? 必要だからバッグを持つんですよね、必要だから作ろうと思った。 ペッレ モルビダの根源は船旅に行くときに相応しいバッグを持ちたかったっていうところですね。

―干場さんが初めに船旅に行こうと思ったのはどういうきっかけですか?

独立のタイミングですね。その時にクルーズコンシェルジュの保木久美子さんに船旅の魅力を教えていただきました。

ずっと雑誌の編集者をやってきてそろそろ自分の好きなことをやりたいなって思ってきたのが36,7歳くらいの時で、30代くらいから自分のスタイルを確立し始めてきて、もうブレなくなってきたなって思ったら、雑誌の世界のルーティーンワークにはまるのが嫌で、それで飛び出たんです。

その時に、やっぱり自分のイメージしている世界の物を作りたいなって思って。
……それが大きいんじゃないのかな―。

―感慨深いですね。

雑誌の世界にいると忙し過ぎちゃって、自分の好きなものが作れなくなる。しょうがないんですけどね。 でもそれが嫌になってきちゃって。自分の世界で、いい物を伝えていきたいっていう。

だんだん自分がやっていることが嫌になる瞬間って出てくると思うんですよ。 仕事のやり方とかもね。なんで人の取材ばっかりやってるんだろう、人の物を伝えてるんだろう、自分だっていい物作れるんじゃないかって思う瞬間って当然出てくるんですよ。
その時にどうするかっていうことだと思うんですよね。

センティーレワンの印象について

お客様の声がお店をつくる

―センティーレワンの印象をお聞かせ願えますか?

センティーレワンさんの最初の印象として、口コミで支持されているっていうのを聞いて、そこにすごい良い部分があると感じました。

人間の欲求として、今普通に生活をしてる中で、リアルな紙やカタログを見ることってすごく少なくなってきていますよね。
僕自身もWebマガジン『FORZA STYLE』の編集長をやって3年くらい経つんですけど、結局今見てるのってほとんどスマートフォンじゃないですか。もちろんパソコンとかもあるんですけど。 何か物を買うってなった時に、全国どこにいてもインターネットを利用して買えるわけですよ。

でもそこで一つすごい大事なことがあって。 (お店が)ウソをついてたら、買った人はすごい嫌な気持ちになって「ここで買ったら最悪だよ」って悪い評判が立つんですよ。ネットって今簡単だから悪い口コミってすぐに広がってしまうので。 そうやってウソの情報を発信していると、足元をすくわれちゃうと思うんですよね。

だから逆にセンティーレワンさんのように口コミで広がって、信頼されて支持されているっていうのはすごいことだと思うんですよ。 今後もセンティーレワンさんで買われているお客様の声によって、実際にリアルで見れない方たちがいかにそこで購入できるかっていうことだと思います。
動画もいいと思いますし、写真もいいと思います。どんどんそのお客様が見て興味を持っていただけるような、正直なサイトを作られていくのが大事なことですし、それができているから支持されているんだと思います。

―ありがとうございます、とても光栄です。

今後の展望について

次は僕らが海外に行くべき番

―ペッレ モルビダの今後の展開をお聞かせください。

海外展開ですね。 今現時点で東京から出店して、この間大阪にも出来たんですね。で、今度は名古屋にもお店が出来て。 ってなった時に、日本だけじゃなくてアジアなのかヨーロッパなのかアメリカなのか分からないですけど、やっぱり黒船の海外の人たちが日本の表参道で商売してるみたいに、今度は僕らが海外に行くべき番がくるんじゃないかな。攻めに行きたいですしね。

だからセンティーレワンさんと一緒に海外で売るとかね。絶対にありだと思うんですよ。 そういうのができればいいなと思うんですよ。

今って世界がものすごく近いんですよね、それを自分達の会社で使うか使わないかっていうのは自分達次第なんですよ。 世界っていう大きなマーケットがあって、どうやって発信していくのかっていうのが僕らに課せらている命題だと思うんですよね、きっと。

一緒に手を組んで何かできることがあれば世界に行きましょうっていうのが、僕からの提案ですね。 だってもう機能はあるわけじゃないですか、海外に行っちゃっていいじゃないですか。

自分のスタイルを世界に伝えたい

―それでは最後になりますが、干場さんの今後の活動について教えてください。

僕は良いなって思ったものは何で伝えても変わりません。 YouTubeでも最近いろいろと発信していますが、そこでも変わらないですし、それがテレビやラジオでも、雑誌でもWebマガジンでもインタビューでも、自分の言ってることって変わらないんです。

何に出ていても変わらないので、これからも自分が良いなと感じることやものをいろいろな形で表現していき伝えていきたいですね。そして、皆さんが笑顔になれることを……。
人に喜んでもらえたり、人を幸せにするお手伝いを出来ることが、自分の最大の喜びでもあるので。

そしてさっきも言ったように、核が変わらないのでそれを世界に広げていけるような何かをしてみたいなと思っています。
ペッレ モルビダのバッグや自分のブランドや自分のお店、自分の本を世界に伝えるとか……目がそっちに向かいつつある状況ですね。

それが2020年までに何か形が少しでも出来たら……。海外の目が日本に向くチャンスなんでね、オリンピックが控えているんで。 そこまでに早く何かそういうものをできたらいいなって思っています。

―我々も干場さんの更なるご活躍を楽しみにしております。
本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!

干場 義雅(Yoshimasa Hoshiba)
様々な男性誌の編集者として活躍後、『LEON』の創刊に参画し、ちょいワルブームを作る。その後『OCEANS』を立ち上げ、副編集長 兼 クリエイティブディレクターとして活躍し2010年独立。株式会社スタイルクリニックを設立し代表取締役に就任。 フジテレビ『にじいろジーン』、テレビ朝日『グッド!モーニング』、日本テレビ『ヒルナンデス』、テレビ東京『なないろ日和』など、テレビ番組のファッションコーナーでもおなじみ。FM TOKYOでは、ラジオ番組『SEIKO ASTRON presents World Cruise』のメインパーソナリティも務める。ANAの機内誌と連動するECサイト「旅するジェントルマン」では監修、船旅を愛する男女誌『Sette Mari(セッテ・マーリ)』では編集長として。また現在は、大人の男性に向けた講談社のウェブマガジン『FORZA STYLE』の編集長として活躍中。書籍は『お洒落の本質』(PHP出版)、『色気と着こなし』(宝島社)を刊行。新聞、テレビ、雑誌、ラジオ、トークショー、イベントなど、その活動はメディアの枠を越えて多岐に及ぶ。PELLE MORBIDAクリエイティブディレクターは2012年から就任。


PELLE MORBIDA クリエイティブディレクター 干場義雅氏よりコメントをいただきました

PELLE MORBIDAのインタビュー02はこちら → 干場氏スペシャルインタビューVol.2はこちら

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