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ボランティア体験記

 



 ご覧いただきありがとうございます! 通販担当のオグマです。

 

 私はこの仕事をしているから…というわけではなく

 この仕事に付く前から震災ボランティアに参加していたりします。

 

 それが講じて今の仕事に就いたワケでは無いんですが(汗) ※完全に無関係とも言えないけど…

 実は、私の両親とも福島の出身で、田舎が福島にあります。

 それだけに、今回の震災は他人ごとではありませんでした。

 幸いなことに、田舎は大した被害はなかったのですが

 知り合いには被災した人も多く、本当に心が痛みます。

 

 そんなこともあって、機会があれば震災ボランティアには積極的に参加しています。

 

 私が最初に参加したのは、福島県の南相馬市にあるボランティアセンター。

 地域の子供センターをお借りして運営していました。

 ボランティアセンター

 ※現在では引き上げて別のところに移っています。

 

 寝泊まりは二階にある大部屋です。

 こんな感じで雑魚寝します(さすがに男女は別部屋)

 寝泊まり

 

 寝具はありませんので、自分で持込むことがボランティア参加の条件だったりします。

 私はキャンプが趣味なので、用意には困りませんでしたが(笑)

 

 日によってボランティアの人数は異なるので

 広々と寝られる日もあればギュウギュウの日もあります。

 

 現地での食事は、なるべく滞在費を抑えるために質素に済ませます。

 とはいえ、体力勝負の活動なので、朝ごはんはしっかり食べないと体が持ちません。

 朝ごはん

 朝カレーが非常に良かったです(笑)

 

 朝ごはんが終わるとボランティアに出発です!

 

 ボランティア活動をしていた現地は、撮影禁止のため写真はありません

 (被災した方の気持ちを考えれば当然のことですよね)

 

 そのかわりではありませんが、これは活動地域の近くで撮影してきた

 破壊された防波堤の写真です。

 防波堤

 防波堤

 防波堤

 ちなみに、水がある方が防波堤の内側です。

 震災から1年ほど経っていましたが、まったく海水が引かないそうです。

 

 一緒に活動していたボランティアメンバーと、活動地域からちょっと離れてお昼中の一コマ

 ボランティアメンバー

 建物は全て津波にさらわれてしまい、見渡す限りまっ平らです…

 

 この時は水田の復旧が主な活動だったんですが、土を10cm掘るだけで

 重さが100kg以上あるコンクリートの塊がゴロゴロ出てきます。

 震災から1年以上過ぎても、まだこんな状態なんです。

 本当に、復旧まではどれくらいかかることか…

 

 そんなボランティア活動は、普段はやらない重労働でしたが

 気が張っているせいか平気で動くことができました。

 これには自分でもビックリ。

 

 

 さて、1日の活動が終わった後の晩御飯は、ボランティアの楽しみの一つです。

 晩御飯

 いろんな職業の人がいるので、皆さんと話をするのが本当に楽しくて

 時間があっという間に過ぎていきます。

 

 ちなみに、晩御飯は帰り道にあるスーパーのお惣菜やお弁当がほとんどなんですが

 ボランティアメンバーにお弁当屋さんの社長さんが来たときは

 焼肉パーティーなんていう時もありました(笑)

 パーティー

 

 こうしてボランティアの一日は過ぎていきます。

 

 

 ボランティアをしていると、被災した方からいろんなお話しを伺うことができます。

 考えているだけじゃわからない、体験したからこそわかることもたくさんあります。

 

 この経験を生かして、ほんとうに必要な、役に立つものを

 みなさんにご紹介できればと考えています!

 

 

 最後に一言…

 

 「見ると肌で感じるは大違い」

 

 東日本大震災のボランティアに行って、心の底から思った言葉です。

 震災から日数が経って、メディアで紹介される回数も減ってきましたが

 現地はまだまだ復旧とは程遠い状況です。

 復旧と呼べるまでには長い年月が必要になるということは

 現地に行くと骨身にしみて感じることです。

 まだまだ震災被害に苦しんでいる方がいるということを

 忘れないでいただければと思います。