第43回 炎症性腸疾患


滝田雄磨 獣医師

よく下痢をする犬猫には、炎症性腸疾患が隠れている可能性があります。
炎症性腸疾患とは、その名の通り炎症を伴う腸の疾患です。軽症例では軽い軟便くらいしか症状が認められないこともありますが、重症例では生命に関わることもある疾患です。
人間の医療では、難病である潰瘍性大腸炎、クローン病なども炎症性腸疾患に含まれます。

原因

炎症性腸疾患の原因は、食事内容、消化管細菌叢、遺伝、免疫異常などが考えられています。
しかし、はっきりとした原因が特定されていないというのが現状です。

症状

炎症性疾患の症状には、以下のようなものがあげられます。

  • 慢性的な下痢
  • 嘔吐
  • 食欲低下
  • 体重減少
  • 元気消失
  • 痒み
  • 低アルブミン血症

主な症状は、消化器症状です。
アルブミンとは、タンパク質の1種で、血液中に含まれるタンパク質の半分以上を占める成分です。アルブミンは血液の浸透圧を調整するはたらきがあります。
そのため、血液中のアルブミンが低下すると、浸透圧が乱れ、血液中の水分が血管の外へ漏出してしまいます。
その結果、胸水、腹水などの液体貯留の症状が認められることもあります。

診断

炎症性腸疾患は、主に除外診断によってなされます。
つまり、似た症状を起こすことがある他の疾患を除外するということです。

・感染症

消化管に感染があるとき、慢性的な下痢を起こします。
感染症がある場合は、感染の治療をしない限り、病気は治りません。
糞便の顕微鏡検査、遺伝子検査などで感染を除外します。

・食物有害反応

消化管を通る食物に対し、身体が免疫反応で炎症を起こすことがあります。
その場合、低アレルギー食、加水分解食、新規蛋白食など、食事の内容を変更することで症状の改善が望めます。
血液検査で食事アレルギーについて調べる方法もありますが、100%除外できるわけではありません。

結果を参考にしつつ、高品質の低アレルギー食で治療反応をみる方法が勧められます。

・腫瘍

消化管に腫瘍があり、慢性的な下痢を起こすことがあります。
超音波などの画像診断で腫瘍を探したり、内視鏡で消化管粘膜を採取して組織学的検査をしたりなどの方法で除外します。

・内分泌疾患

いわゆるホルモン疾患です。
甲状腺、副腎皮質などの臓器でホルモン分泌の異常が起こると、慢性的な下痢を起こすことがあります。
超音波検査による内分泌臓器の形態学的検査のほか、血液検査である程度除外することができます。

・抗菌薬反応性腸症

細菌感染の有無に関係なく、特定の抗菌薬を用いたとき、症状が改善することがあります。
細菌バランスの変化により、腸粘膜への刺激が軽減されていると考えられています。
実際に抗菌薬を投与し、その治療反応をみることで除外します。

これらの疾患を除外したうえで、炎症性腸疾患と疑われる症状があり、さらに消炎薬、ステロイドや免疫抑制療法で症状の明らかな改善がある場合、炎症性腸疾患と診断されます。
また、内視鏡で腸粘膜を採取し、その組織学的検査の結果により、さらに炎症性腸疾患を強く疑うことができます。

治療

炎症性腸疾患の治療は、ステロイド、免疫抑制剤が主軸です。
先述したように、他の疾患の除外も必要なため、除外をしつつ治療を進めていきます。
ただし、重症例では、最初からステロイドの使用を検討します。

1.食事療法

まずは食事内容の変更による治療です。もっとも負担の少ない、治療です。
人間でもしばしば話題にあがりますが、食事内容が身体に合わなくて下痢をすることがあります。乳製品、果物、小麦、ニンニク・・・
ほぼすべての食物に言えることですが、有害なものではないにも関わらず、身体との相性が合わないと消化器症状を起こすことがあります。
犬猫にとっても同じことが言えます。
慢性的な下痢などの消化器症状があっても、食事の内容を変え、身体との相性が良いと、完治することがあります。

食事療法をするときは、いくつかの注意点があります。
ひとつは、やるからには徹底的に、です。
せっかく身体との相性がいいフードを見つけたとしても、ごく少量のおやつを与えていたことがきっかけで、症状が改善しないことがあります。
食事療法の間は、そのフードと水のみの生活、それ意外のものは一切口に入れない生活を心がけましょう。
もうひとつは、低アレルギー食、消化の良い低脂肪食を選ぶことです。
消化器症状があるので、消化の良いフードを選びましょう。
また、腸に炎症反応を起こしうるタンパク質の種類を制限したり、タンパク質の分子を小さくして炎症を起こしにくくしたりしているフード、低アレルギー食が有効です。

治療反応が出るまで数週間かかりますが、全身状態が良好であれば、根気強く続けましょう。
それでも改善が認められない場合は、他のフードを試すか、他の治療を検討します。

2.抗菌薬

抗菌薬反応性腸症の除外です。
メトロニダゾール、タイロシン、オキシテトラサイクリンなどの特定の抗菌薬を投与すると、消化器症状が落ち着くことがあります。
この治療も治療反応が得られるまでに数週間かかることがあります。
全身状態が良好であれば、根気強く治療を続けましょう。

3.ステロイド

1.2.の治療に反応がなく、腫瘍、内分泌疾患などの除外もされていたら、ステロイドによる治療を開始します。
この疾患の難しいところは、特に重症例において、比較的高用量でステロイドを投与しないと治療効果を得られないというところです。
例えば、ステロイドの投与をよく検討される犬アトピー性皮膚炎では、体重1kgあたり、0.5~1.0mgの用量でステロイドを投与します。
一方、炎症性腸疾患では、体重1kgあたり2.0mgの用量でのステロイド投与が勧められています。犬アトピー性皮膚炎の用量の2~4倍の用量です。

炎症性腸疾患は重症化すると命に関わる疾患であるため、背に腹は変えられませんが、高用量のステロイド投与は、副作用が懸念されます。
ステロイドの副作用が問題となる場合は、免疫抑制剤の投与を検討します。

4.免疫抑制剤

犬アトピー性皮膚炎でも用いられますが、シクロスポリン、アザチオプリンなどの免疫抑制剤が治療効果を示すことがあります。
免疫抑制剤の単剤、もしくはステロイドと併用して投与します。

5.アミノサリチル酸製剤

軽症例から使える薬です。
腸から吸収され、腸の炎症を抑えます。人間の潰瘍性大腸炎で使われる薬です。併用することでステロイドの投薬量を減らせることがあります。
まれに乾性角膜炎の副作用を起こすことがあるため、眼に症状が現れないか注意が必要です。

6.乳酸菌製剤、サプリメント

腸内の細菌バランスが原因となっても起こる疾患です。
乳酸菌製剤や消炎効果のある必須脂肪酸のサプリメントによって、1段階良化が望めることがあります。

早期にみつけたい炎症性腸疾患

重症化すると命に関わることもある炎症性腸疾患について紹介しました。
軽症例では時間をかけて少しずつ診断的治療を進めていきます。治療が遅れると、重症化し、治療反応が悪くなってしまう恐れもあります。
慢性的な下痢、嘔吐などの消化器症状が認められたら、早めに動物病院を受診するようにしましょう。