第35回 犬のクッシング症候群


滝田雄磨 獣医師

  • 内分泌疾患のひとつ、クッシング症候群についてご紹介します。
    クッシング症候群とは、もともと人の医療で使われている用語ですので、身の回りで聞いたことがある人もいるかもしれません。
    犬では、人や猫と比べ、圧倒的に発症率が高い病気として知られています。 その病態は、どういったものなのでしょうか。

  • 犬でクッシング症候群は、別名、副腎皮質機能亢進症と呼びます。
    副腎とは、腎臓の近くにある左右一対の臓器です。
    副腎は、その皮質、髄質と呼ばれる部位から、いくつかのホルモンを分泌しています。

    クッシング症候群、副腎皮質機能亢進症はこのホルモンが過剰に分泌される疾患です。
    これらのホルモンは、生命維持にかかせないものですが、過剰に分泌されると、代謝異常、免疫力の低下などの障害が発生します。

    一言にクッシング症候群と言っても、大きく分けて2つのパターンがあります。

  • 1.下垂体性クッシング症候群(PDH) 症例の90%がこのパターンだと考えられています。
    クッシング症候群は、副腎からのホルモン分泌が過剰になる疾患ですが、副腎のホルモン分泌を促進させる、ACTHというホルモンが存在します。

  • ACTHは、脳にある下垂体という部位から分泌されます。
    この下垂体から過剰にACTHが分泌された結果、副腎のホルモン分泌が促進されたというのが、ひとつのパターンです。
    この場合、下垂体が腫大して脳を圧迫し、神経症状、視力障害などを引き起こすおそれが有ります。

     

    2.副腎腫瘍(AT) 症例の約10%にみられるパターンです。
    下垂体が原因ではなく、副腎自身が腫瘍化し、過剰にホルモンを分泌します。
    脳を圧迫する恐れはありませんが、腫瘍が血管に浸潤し、出血や塞栓を起こして突然死する恐れがあります。

     

    クッシング症候群の症状には以下のようなものがあります。

    クッシング症候群の診断は、上記の臨床症状に加え、次のような検査で行われます。

  • 1. 血液検査(ACTH刺激試験) 血液中のコルチゾール(副腎皮質ホルモン)の測定による方法です。
    ただし、単にコルチゾールの値だけを測定するのではなく、平常時のコルチゾールと、副腎を刺激して、最大限コルチゾールを分泌したときの値を測定します。

  • コルチゾールを分泌するように副腎を刺激するホルモンは、ACTHです。
    そのため、この検査では、ACTHを投与してから一定時間(30-90分)空けた後のコルチゾールの最大値を測定します。
    理想的には、検査の前数時間は絶食、安静にし、午前中に検査を行います。
    すでにクッシング症候群の治療薬を内服している場合は、内服後3~6時間の間にACTHを投与します。
    検査当日の内服時間や絶食時間、検査時間に条件があるため、注意が必要です。

  • 2.超音波検査 超音波(エコー)を使って、副腎の形や大きさを描出する方法です。

  • @副腎腫瘍性
    副腎腫瘍であった場合は、副腎が変形して腫大します。
    腫瘍が左右の副腎に同時に発症することは少ないので、基本的に左右どちらかの副腎だけが変形腫大します。
    腫瘍化していない方の副腎は、むしろ萎縮し、描出が困難になります。

    A下垂体性
    下垂体性クッシング症候群である場合は、副腎があまり変形せずに腫大します。
    下垂体からのACTHは、左右両側の副腎に同様に作用するため、副腎は左右とも腫大します

    3. CT,MRI CTやMRIを使った検査です。他の検査と比べると、対応できる施設も少なく、大掛かりな検査です。
    しかし、下垂体の形態の評価をするには最も適した検査と言えます。下垂体の形態の評価は、病気の予後を知る上で重要です。

    クッシング症候群の治療法を、下垂体性と副腎腫瘍にわけて紹介します。

  • 1. 下垂体性 @内服
    飲み薬による治療法です。副腎のホルモン産生を抑制することで、
    血中のコルチゾールの量を抑えます。

    【メリット】
    他の治療法と比べると、身体への負担が少なく、
    病気のコントロールがしやすい方法
    です。

  • 【デメリット】
    注意点としては、投薬量が多すぎた場合、コルチゾールが不足し、副腎皮質機能低下症(アジソン病)の症状を起こすことがあります。
    治療開始後、元気食欲低下、嘔吐、下痢、ふるえなどの症状がみられたら投薬を中止し、すぐに動物病院を受診しましょう。
    また、比較的まれですが、投薬によって下垂体の腫大を助長し、脳を圧迫して神経症状を引き起こしてしまうことがあります。 

  • A放射線療法
    放射線を使い、下垂体に直接作用する方法です。
    対応できる施設が少なく、費用も高額になりますが、治療が奏効すれば、
    数ヶ月間無治療で生活を送ることが出来ます。

  • B外科切除
    外科的に下垂体を切除する方法です。
    対応できる施設が少なく、費用も高額になりますが、根治的な治療法です。
    治療後は下垂体がなくなってしまいますので、必要なホルモンを補充する治療を生涯通じて行います。
    手技が難しく、小型犬や短頭種では適応となりません。

  • 2. 副腎腫瘍 @外科切除
    外科的に腫瘍化した副腎を摘出する方法です。
    副腎腫瘍は血管に浸潤しやすく、転移もしやすいため、その可能性がある場合は適応外になります。
    また、副腎腫瘍の場合、血管がもろく、術創の治癒も遅いため、リスクが高い手術になります。

    A内服
    飲み薬による治療法です。
    下垂体性の場合と同様の薬を使用しますが、下垂体性と比べると治療のコントロールが難しいことが多いです。

  • 少し専門的な話になりましたが、犬に多いクッシング症候群について紹介しました。
    内服治療によるコントロールがうまくいけば、比較的身体への負担が少なく生活できる疾患です。
    一方、内服治療が奏効しなかった場合は、予後が悪い疾患です。病態を理解し、獣医さんのインフォームをしっかり聞いて治療に望みましょう。