第12回 冬に多い病気 〜心臓病〜

滝田雄磨 獣医師

  • 冬に多い犬猫の病気。
    今回は、心臓病について紹介します。




  • 血液は血管を使って全身をめぐります
    血管は大きく分けて動脈、静脈の2種類に分けられます。
    動脈は心臓から勢いよく送り出された血液を受け止め、
    全身に送る血管です。

    心臓はポンプのように収縮と拡張を繰り返すことで、
    血液を送り出します。
    動脈は弾力に優れているため、心臓の収縮期でも拡張期でも、
    ある程度の血圧を維持することができます。
    この血圧が維持されていないと、血液はうまく流れることができません
    こうして血液は全身へ酸素や栄養分を運び、老廃物を回収します
    全身まで行き渡った血液は、静脈を通って心臓へと還ってきます


  • 寒い冬、身体は外気に触れ、体温が低下します。
    体温が低下すると、免疫力をはじめ、身体に様々なトラブルが生じます
    これを防ぐため、体表の血管はギュッと収縮します。
    すると、体表から逃げる熱の量を減らすことができるのです。

    普段は柔軟に伸び縮みしている血管ですが、ギュッと収縮すると、
    送り込まれてきた血流に対する物理的な抵抗が強くなり、
    心臓はより強い力で血液を送り出さなければならなくなります
    こうして冬は心臓にかかる負担が大きくなっていくのです。


    犬の心臓病の多くは、僧帽弁閉鎖不全症という疾患です。
    今回は、特にこの僧帽弁閉鎖不全症についてお話したいと思います。


    1.弁とは

    弁とは逆流を防ぐためのものです。
    血流がしっかりとある動脈には弁がありませんが、静脈や心臓の中にあります
    静脈弁は、特に四肢の静脈で発達しています。心臓の中の弁は特に重要な働きをしており、
    この弁のおかげで心臓は単純な収縮拡張運動でも、肺や全身へと複雑な血流を送ることができています



  • 2.僧帽弁の位置

    僧帽弁とは、その字があらわすとおり、
    僧侶の帽子のような形をした弁です。
    ここでいう僧侶とは、キリスト教の司教さんを指します。
    この帽子のような形をした弁は、心臓の中にあります。

    心臓は弁によって4つの部屋に分けられています。
    全身から還ってきた血液を受け入れる右心房。
    右心房へ還ってきた血液を肺へと送り出す右心室。
    肺から還ってきた血液を受け入れる左心房。
    左心房へ還ってきた血液を全身へと送り出す左心室。
    ポンプの構造上、受け入れる部屋と送り出す部屋は別部屋なのです。

    この4つの部屋のうち、左側の2部屋、
    左心房と左心室を隔てているのが僧帽弁です。



    3.僧帽弁のはたらき

    僧帽弁は、心臓の左側の2部屋の間の逆流を防いでいます。
    正常では、血流が左心房から左心室への一方通行となるようにはたらいています。
    しかし、加齢性の変化などで弁の構造が変化すると、弁はうまく閉じきらなくなります。
    弁のはたらきが弱くなると、左心室から左心房への血液の逆流が生じます。



    4.僧帽弁逆流がもたらすもの

    僧帽弁がゆるくなり、左心室から左心房への逆流が生じるようになってしまいました。

    ・左心室の気持ち
    全身に血液を送るため、左心室が大動脈に向かって一生懸命収縮運動をしても、
    血液の一部は僧帽弁の穴から左心房へと逃げてしまいます。
    さらに、左心房へ逃げた血液は、次の拡張期にまた左心室へ入ってきます。

    この逃げた血液が加わった分、次の拡張期に左心室に入ってくる血液の総量は多くなります。
    その結果、左心室が一度に扱う血液の量が多くなり、左心室は徐々に大きくなります
    これを、容量負荷による左心室の遠心性肥大といいます。


    ・左心房の気持ち
    左心房は肺から還ってくる血液を受け止めるはたらきをしています。
    僧帽弁に逆流が生じると、これに加えて、
    左心室から逆流してきた血液も受け止めなくてはなりません

    全ての出入り口から血液が入ってくる、 挟み撃ち状態となった左心房の内圧は上昇していきます。
    左心房は、肺から静かに還ってきた血液を受け入れる部屋なので、
    血液を送り出す心室の強靭な壁と比べると、極端に薄く弱い壁をしています。
    この薄い壁の左心房の内圧が上がると、壁は圧力に負け、大きく膨らんでいきます
    左心房が大きくなると、レントゲン検査でも心陰影の拡大としてしっかり診断されます。

    心臓のすぐ背中側には、吸い込んだ空気の通り道、気管があります。
    大きくなった左心房は、この気管(左側気管支)を圧迫します
    気管が圧迫されると、喉を絞められるのと同然のため、咳をするようになります


    ・肺の気持ち
    肺と心臓は、肺静脈と左心房でつながっています
    この肺静脈には、弁がありません。
    そのため、左心房の内圧が上昇すると、ただちに肺静脈の内圧も上昇します。
    肺静脈の内圧が大きく上昇し、肺への負担が大きくなると、
    血管から肺の中に血液の液体成分が漏れ出します
    この状態を肺水腫と呼びます。
    肺水腫となると、明らかに呼吸が苦しくなり、鼻が異様に濡れたり、液体を吐き戻したりします。
    肺水腫は緊急疾患で、命に関わる状態です。早急に動物病院を受診しましょう。


    僧帽弁閉鎖不全症は、残念ながら完治を望むことが出来ない疾患です。(外科を除く)
    薬で心臓を助け、病気の進行を遅らせながら生活していく治療が一般的です。
    そのためには、的確なタイミングで治療を始める必要があります。
    ここ数年でも、新しい心臓薬が開発されており、
    また治療を開始すべきタイミングについても循環器学会を中心にいろんな意見が交換されています。
    ただし、いずれにせよ病気を早期発見できなければ治療を開始することは出来ません
    では、どういったことに注意すればよいのでしょうか。

    1. 定期健診

    僧帽弁閉鎖不全症が悪化すると、いくつかの症状があらわれます。
    しかし、症状があらわれる頃には、病気はある程度進行してしまっています
    そこで、もっとも早期に診断できる方法のひとつとして、聴診があります。
    聴診は、聴診器を使って心臓の音を聞く検査方法です。
    僧帽弁閉鎖不全症になると、心臓の拍動の音に雑音が混ざるようになります。
    雑音の種類、強さ、聴取できる場所から、病気の種類、進行度を検討します。
    雑音の強さと病気の進行度は、必ずしも比例するわけではありません。

    しかし、病気の発見、進行度の指標には、大変有用な検査方法です
    症状が出る前、なるべく早く病気を発見するためには、
    動物病院での定期健診を受けることが最も有用と言えるでしょう。

    若齢の犬であれば一年に一回の定期健診で充分ですが、
    高齢の犬、もしくは僧帽弁閉鎖不全症の進行するスピードが比較的速いと言われている犬種
    (チワワ、キャバリアなど)では、年に数回の健康診断が勧められます。
  • 2.咳
    先述したとおり、僧帽弁閉鎖不全症が進行すると、
    心臓が大きくなります。(心拡大)
    心臓が大きくなると、
    心臓のすぐ背中側を通っている気管を圧迫します。
    心臓に圧迫された気管は潰され、乾いた咳が出ます
    また、心臓病がさらに進行し、肺水腫まで起こすと、
    湿った咳が出ます
    この咳が起こるようになると、早急な治療が必要です。
  • 3.運動不耐
    僧帽弁閉鎖不全症が進行すると、全身の血液循環が悪くなります
    血液は酸素と栄養分を全身に運ぶはたらきがあるため、
    血液循環が悪くなるとはげしい運動ができなくなります
    散歩をあまりしたがらない、家でもずっと寝ている。 年をとったからだろうと見過ごされがちな症状ですが、
    心臓の病気が原因となっている場合もあります。
    動物病院で一度聴診してもらいましょう。





  • 冬と心臓病についてご紹介しましたが、
    飼い主のみなさんがすべきことは限られています。
    寒い環境に犬をおかないこと
    散歩に行くときには玄関などで寒さに徐々に慣らしてから行くこと
    そして、定期健診を受けること咳に敏感になることです。
    心臓病はほとんどの場合、突然なるものではありません。
    しかし、犬種によっては発症してから数ヶ月で
    想像以上に病気が進行することもあります。
    心臓病は適切なタイミングで治療を開始することが大切です。
    些細なことでも動物病院に相談できるようにしておきましょう。